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銀色の稲妻と呼ばれた落ちこぼれヒロイン、 最推しの上司に見てもらえるように、最強へと至るまで
自転車和尚
現代ファンタジースーパーヒーロー
2024年09月11日
公開日
12,565文字
連載中
——少し違った歴史を辿った過去、そして大きく違った歴史となった現代の日本。

「ヒーロースキル」と呼ばれる現代の異能が目覚めた新人類「ヒーロー」が闊歩し、道を外れた犯罪者「ヴィラン」が夜を支配する魔都と化していた。
夜な夜なヒーローとヴィランの戦いは激しく続き、人々は恐怖に慄いていた……が、案外人間とは慣れるもので、この両勢力の戦いをマスメディアは面白おかしく書き立て、ネットメディアなどでも紹介される人気コンテンツへと変貌していた。

そんな東京二十三区の端っこ、川を渡るとそこはもう別の県へと入ってしまうようなちょっとのどかな街に住む一人の女性が住んでいる。
彼女の名前は市嶋 雷華(いちじま らいか)、都内にあるヒーロー団体の事務所に所属する一九歳の少女だ。
人よりも少し恵まれた容姿と、誰よりも優れた才能を持ちながらも今ひとつ自分の仕事に自信を持てずに悩んでいた。

「シルバーライトニング」

雷華の持つヒーロースキルはたった一秒間だけ稲妻のように超加速できるヒーロースキル……超レアスキルではあるものの、慣れていない雷華からすると地味で使い所に困る微妙な能力。
生来の引っ込み思案な性格な性格もあり、ヒーロー活動でドジを連発……「逃げ足だけは早い女」という不名誉なあだ名までいただいてしまい、毎日が楽しく過ごせない。

ヒーロー活動なんかもう無理だと考え、普通のOLにでも転職してそこで知り合った男性と結婚して幸せな家庭を……と考えていた彼女の前に、指導員役として現れたのは彼女が少女時代に憧れていた先輩ヒーロー「ヘラクレス」だった。

雷華の上司として教育を任されたヘラクレスは彼女のレアスキルに可能性を感じて、自ら教育役を買って出たのだ。
最推しの先輩ヒーローに教えてもらえる喜びと、彼に振り向いてもらいたい一心でそれまでの自分を捨てるように努力を始める雷華。
そしてそんな雷華をみて次第に彼女のひたむきさや、心優しさに惹かれていくヘラクレス……。

これは役立たずだった落ちこぼれヒロインが、推しの後押しを受けて最強へと成長していく過程と、恋を描いた物語である。

第〇〇話 プロローグ

 ——この世界は不条理で、不合理だ。


 子供の頃に見たテレビの中で、ヒーローと言う存在は輝く星のように見えた。

 お星様のようにキラキラ輝く彼らの姿はとても美しくて、頼もしくて……格好良かったんだ。

 自分自身がその憧れのヒーローの姿になれればいいな、と私はずっと思っていたけど……輝くヒーローの姿はテレビの中でしか見られないものだって、自分がそう言う存在になってから初めて知った。

 人よりも努力はしてきたつもり、人よりも頑張れる自信もあった……人よりも優しくなれるかもしれないってずっと思ってた。


 ——でも、この世界は不条理で、不合理だった。


 いくら頑張ってみても自分が憧れの存在になったとしても、輝く星はほんのわずかだけ。

 お星様のようにキラキラ輝く彼らの姿はほんの一握りで、とても遠くて、頼もしくて……私なんかよりずっと格好良かった。

 それを見るたびに自分がそう言う存在ではないと言うことを思い知らされる気がして、私はいつも嫌な気分を味わっている。


 ——本当に、この世界は不条理で、不合理だよね。


 人よりも努力をしてきたのに、人よりも一生懸命に頑張っているのに……頑張る私を応援してくれる人があまりに少ないのには、いつも辛くて泣きそうになる。

 いつの日かテレビを見るのも怖くなってしまった……だってそこには悪意が渦巻いているのだから、結局私はテレビなんか見なくなってしまった。


 ——いつか、この世界は不条理で、不合理ではなくなるのだろうか?


 いつかお星様のようにキラキラ輝く、そんな憧れのヒーローが私の前に現れたとしたら、私はどんな気持ちを抱くのだろうか?


 これはポンコツヒーローと蔑まれた私が一人前のヒーローとして成長していく、そんなお話。




「ひいいっ!」


「逃げんなよ、俺の姿を見たのに無事に帰れるとでも思ったのか?」

 東京都北部の繁華街……ネオンと人々の喧騒、そして時折鳴らされるクラクションの音が遠くに聞こえるとある路地裏。

 人があまり立ち寄らない、据えた匂いのするその場所に、二人の人物がいる……一人は地面に這いつくばり必死に逃げようとしている若い男性。

 そしてもう一人は異様な姿をした不気味な男……髪の毛は緑色に染め上げられ、レザー素材をふんだんに使ったライダースーツに似た黒い服に身を包んだマスク姿の男だ。

 マスクは蛇の鱗を模したようなデザインとなっており、路地裏の薄暗さも相まって不気味さを感じさせる風貌となっている。

 マスク男の手には奇妙な手袋がはめられている……指に当たる部分に注射器が据え付けられており、その全てに不気味に光る緑色の液体が充填されている。

 男性は必死に逃げようと手を伸ばすが、その背中にどかっとマスク男の足が乗せられ、身動きが取れなくなった男性は必死に命乞いを始める。

「……た、助けて......! お、俺お金はあんまりないけど預金集めれたらそれなりに出せるからっ!」


「こんな場所に来てまで命乞いするのか? 安心しろよ俺も鬼じゃねえさ、殺しはしねえよ、それと金なんかいらねえよ」


「……や、やめ……ぎゃあああっ!」

 マスク男は涙を流して這いつくばる男の腕をぐい、と引くと人差し指に据え付けられた注射器を使って軽く採血でもするかのようにトントン、と血管の位置を調べるように叩くと躊躇なく針を突き刺した。

 鋭い痛みと続いて流し込まれる液体の感覚に震えながら悲鳴をあげる若い男性を見ながら、クスクスと引き攣るような笑い声を上げるマスク男。

 注射器に充填された緑色の液体がどんどん少なくなっていく……絶望にも似た表情を浮かべてその様子を見ていた男性は急に心臓がドクン! と跳ね上がったような感覚に襲われ絶句する。

 次第に若い男性の体が痙攣を始める……マスク男が注射した液体の効果なのか、まるで自らの意思に反するかのように若い男性は白目を剥いてびくりびくりとその場で震え始める。


「んー……随分効果が早いな……改良の余地あり、か」

 マスク男は地面で痙攣しながら震える男性を眺め、懐から取り出したスマートフォンを使ってその様子を撮影し始める。

 マスクの口元は覆われていないため彼が笑みを浮かべているのがよくわかる……目の前で人を傷つけてもなんとも思っていないサディスティックな性格なのだ。

 だが……じゃりっ……という硬いものが地面の砂を蹴る音が聞こえたことで、マスク男は咄嗟にその場から大きく飛び退る。

「……誰だ?」


「……しょ、しょの男性に何をしゅ、しましゅたか……!」


「あ?」


「えーと、あなたは指名手配中のヴィラン、パフアダーさんでひゅね! ヴィラン抑止法第二二条に従って私が成敗しまひゅっ!」

 パフアダーと呼ばれたマスク男はいきなり声をかけてきて噛み倒す声の主へと訝しげるような視線を向ける。

 美しい銀髪と赤い眼……人工的ではなく彼女の持つスキルがそれを表現しているのだろう、路地裏に差し込む街の光に照らされて淡く光っているように見える。

 背丈はそれほど高くない……身長一九〇センチメートルあるパフアダーからすると随分小柄だが、それでも一七〇センチを超えていることを考えるとかなりの長身と言える。

 肉付きは悪くない……少し光沢のあるスーツに身を包んでいるが、ピッタリと体のラインに沿ったスーツのおかげで女性らしい体型がより強調されているようにすら思える。

「……ああ、てめえシルバーライトニングとかいうポンコツヒーローだな?」


「ぽ、ポンコツぅ?! し、失礼なことを……!」


「くはッ! 説得力ねえよポンコツ娘!」


「何をっ……! 成敗ッ!」


「おっと……見え見えだぜお嬢ちゃん」


「ふえ? ふえええええっ!?」

 シルバーライトニングと呼ばれた女性ヒーローはまるで瞬間移動のように一瞬でパフアダーの真横に出現する。

 名前の通り稲妻のような速度にギョッとするが、彼女が繰り出す拳を見切ると振り抜かれる寸前でまるで蛇のように体をくねらせながらその剛拳を避けてみせつつシルバーライトニングの足を軽く引っ掛けた。

 不意をついたのにもかかわらずパフアダーが自ら繰り出した拳を回避したことに動揺したのか、拳を振り抜いた勢いと軽く足をかけられたことでシルバーライトニングは体制を崩してよろけ、そのまま足をもつれさせると前転するように転倒してそのままゴミの山の中へとズドオオン! と言う音と共に飛び込んでしまう。

 かなりの勢いで勝手に吹き飛んでいったシルバーライトニングに驚きつつも、パフアダーはすぐに思考を切り替えてその場を離れるために駆け出す。

過去の経験上ヒーローが一人現れたと言うことは、そこに複数のヒーローが増援として現れることを彼はよく知っていた。

「こいつが来たってことは……まずいな」


「ふえええっ、臭い〜……あ、ま、待てッ!」


「待てと言われて待つバカがどこに居るんだよ! バーカバーカ!」

 ゴミの山から這い出すシルバーライトニングを横目にパフアダーは好き放題に彼女を詰めると、暗闇に溶け込むように姿を消していく。

 なんとか立ち上がった彼女は、急いでパフアダーが姿を消していった方向へと駆け出すが、すでにその姿は捉えられない……シルバーライトニングは自分のミスでヴィランを逃してしまったことを悟ると、大きく絶望のため息をついた。

 周りをキョロキョロと伺いながら、震える手で耳に付けられているインカムのボタンを押すと、消え入りそうな声と本当に申し訳なさそうな表情、そして顔色を青く染めながら彼女は囁いた。


「……あの……すいません、ヴィラン逃しちゃいました……どうしましょう? どうしたらいいですか?!」


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