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店の未来を託し、転職を決意 11

 3日後、店に行くと矢島がすでにいた。

「おはよう、今日は早いね」

 私が言った。矢島も朝の挨拶をすると、続けて言った。

「店長、先日のお話ですが、本当に私で良いんですか?」

 矢島は真剣な顔を尋ねてきた。私は一瞬、その雰囲気に圧倒されたような感じだったが、それだけこの質問には本気度が存在していることになる。ただ、私の答えは一つしかない。

「もちろんだよ。みんなの前でしっかり話したんだ。君たち以外に任せようという人はいない」

「ありがとうございます。そんなに私を評価していただいて感謝します。もう一つお尋ねしたいんですが。もし私たちがお断りしたらどうされます?」

 こういう質問も予期していないわけではなかったが、実際に聞かれると結構心が重くなる。自分としてはある程度の覚悟を持ち、そのつもりでいたから気持ちのベクトルはそちらに向いているからだ。

 今回のような話の場合、思った通り進む場合もあれば、そうでない場合もある。もし後者の場合、自分の思いを断念することも考えなければならない。それが私にとって今の矢島の質問を重く感じる理由になるわけだが、聞かれた以上きちんと答えなければならない。

「もしNOだったら、前日の話は無しということになり、今まで通り居酒屋を続けていく。みんなの仕事のこともあるし、居酒屋という商売が嫌になったわけじゃないから・・・。その場合はみんなの気持ちをかき回したようなことになって申し訳ないと思う」

 私の返事を聞いて矢島は少し考えていた。数分経った時、再び口を開いた。

「実はお話をいただいた次の日の夜、中村君が私のアパートに顔を出したんです。そして先日の話について2人で話し合いました。結論からお話ししますが、中村君も俺と同じように将来、居酒屋をやりたいと思っていたようです。この点は俺と同じであり、そういうところからはチャンスが巡ってきた、と思ったそうです。それは俺も同じでした。でも、ここから考えが分かれたんですが、中村君は自分のキャリア不足を感じているし、責任という意識も経営者としてまで高まっていないということでした。例えば2号店の店長ということならば大丈夫と思いますが、ということでした。まだ、自分が経営の全責任を持ってやっていくというところまでは高まっていないようです。その上で言っていましたが、先日の話は俺を中心に話をされたのではないか、ということも言っていました。その点はどうですか?」

 この質問に対して私もすぐに返事ができなかったが、はっきり言わなければならない、ということできちんと答えた。

「その通りだよ。ただ、2人揃っているところで矢島君をはっきり指名したら中村君が傷つくのではと思い、曖昧にしていたところがある。でも、キャリアや年齢的なところでは矢島君が社長という責任者としては適任だと思っている。だから2人の考えは当たっているよ」

 私は矢島からの視線を逸らさないようにして、はっきり答えた。矢島もその様子を理解したように見えた。


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