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店の未来を託し、転職を決意 9

「いずれ店を持ちたいと思っているなら、どこかでハラを決めなければならない。今回の話は自分からということではない分、戸惑いや不安があるだろうけど、俺も譲るとは言ってもきちんと運営してもらわなければこれまでのことが無駄になる。だから譲ったら完全の身を引くなんて無責任なことは言わない。一応この店は会社組織にしてあるので、俺と美津子は代表権が無い会長、副会長という立場になろうと思っている。もちろん次の社長の同意が必要だが、そういう立場から2人がうるさいと思わない範囲で助言というカタチでフォローしていきたいと思っている。そこが居酒屋とは縁が切れないところになるが、もちろん、店にもできるだけ顔を出し、現場の仕事の手伝いもするつもりだ。整体を勉強した後、すぐに開業することは考えていないので、学校に行っている間も含め、できるだけみんなと一緒にいて、店の将来も見ていきたいと思っている。開業した時には2人だけでなくスタッフ全員の健康管理の意味で施術を受けてもらうことも考えている。福利厚生の一環となると思うけれど、他の居酒屋ではできないことだと思うので、求人募集の時の差別化になるかもな」

 このあたりの話になると、全員それなりの笑顔になっている。私がいい加減に転職の話や店の譲渡などの話をしたのではない、ということが分かってもらったようだ。

「それからこれも理解してもらえれば有難いけれど、フルタイムでの仕事はできないだろうが、会長職としての給料は用意してほしい。本音として、開業してもすぐに売り上げが十分ということではないかもしれないからだが、それとは別にこの店に対しても責任という意識をキープしておきたい、という思いがあるからだ」

 私は2人の顔を見ながら話した。この話に対する嫌な反応はなく、その回答はすぐに矢島の口から出てきた。

「今初めて伺った話ですから、お引き受けするかどうかは考えさせていただきたいと思いますが、もし私がやらせていただく時には当然そのことはやらせていだたきます。普通、店を譲渡するという時にはそれなりの金額になると思いますが、もし店長がその給料分を譲渡に必要なお金としてお考えなら、俺にとっても夢が叶う話でもあるので有難いです」

 矢島のこの話について、中村も同意するかのように頷いており、最初の雰囲気と比較すると大きく異なっていた。

 ここまで話すと、後は2人にまずしっかり考えてもらい、後日返事をもらうことにした。2人にとっては大変大きな話になるし、すぐに決心できるようなことではないので、各自できちんと考え、途中で疑問点があれば遠慮なく聞いてほしい、ということを告げた。私の感触としては多分引き受けてくれるのではと思ったが、一人で冷静になったらどうなるか分からない。コロナという状況が無ければ話は違うと思うが、私たちが経営のことで悩んでいる様子は2人とも知っている。しかもこれはウチの店だけのことではなく、ほとんどの業種が経営的に大変なわけで、こういう時に自分の店を持つことのリスクも考えるだろう。

 それは整体院開業を意識する私の場合も同じだが、居酒屋をスタートする時とは社会環境も違う。私としては居酒屋の開業時、それなりの強い意志も持っていたつもりだったし、だからこそここまでやってこれたが、2人の場合は私とは異なる。その違いがどう転ぶかは分からないが、良い返事を期待するということを思いつつ、この話は一応終了した。


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