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店の未来を託し、転職を決意 7

「矢島君、その心配はよく分かる。もし俺が君の立場なら、多分同じことを言うと思う。一緒にやってきた仲間だし、俺も最近の体調不良が続かなければこんなことは考えなかったと思う。でも、自分が体調を壊した時、改めて仕事に対するやりがいというところを再度考えた。もちろん、居酒屋という仕事にやりがいを感じなくなったということじゃなく、今でもこの仕事についてのやりがいは感じているし、何よりもお客様の笑顔を見ることは大好きだ。でも今回、今度は違う立場で自分の笑顔を体験した。そして、そういう笑顔を見ることができる仕事を意識するようになった。一口に体調と言ってもいろいろあるし、コロナのことなどは今、最たる問題だ。整体師は医者ではないのでコロナには関係ないが、誰でも身体で実感する腰や肩のトラブルを解消する時の笑顔を見たくなったんだ。もちろん、これは俺の我儘だ。俺がただの一スタッフであれば自分で店を辞め、転職すれば良い。でも君たちを雇用する立場としての責任がある。だからこそ悩んだけれど、自分の気持ちを確認し、美津子ともきちんと話し合ったつもりだ。一応の結論が出たので今日、こういう場を設けさせてもらった。寝耳に水という状態だろうから今話していることをすぐに理解してほしいとは思わないし、よく考えて返事を聞かせてもらえればと思っている」

 まだ十分説明したわけではないが、みんなにも言いたいことがあると思うので、とりあえずここで話を止めた。そのタイミングで今度は中村が質問した。

「今、社長が話されたことはご自分のお考えだと思うのですが、自分たちはどうなるんですか? この店はなくなるんですか?」

 心配そうな表情で尋ねた。

「中村君、そうじゃないのよ。話の初めのほうでこの店の経営を2人に譲るという話、覚えている? これは私たちの願いでもあるんだけれど、みんなで作り上げてきた店はこのまま残し、さらに発展させていってもらいたい。これが私たちの願いなの。話の流れからこの点があまり印象に残らなかったかもしれないけれど、店も存続させたいの。私たちもコロナの問題がなかったら3号店のことを考えていたけれど、その時は私と社長の2人だけでは運営できないので、順序としてはまず矢島君に3号店を任せ、4号店を開く時は中村君をと考えていたの。今は時期的にそういった拡大はできないけれど、1号店と2号店には常連のお客様もいらっしゃるし、最近の新企画もそれなりにうまく行っていると思うわ。周りの様子が変わればまた以前の活況は取り戻せると思う。私も仕事のこと、数字のことだけを考えるならば、これまでやってきた居酒屋から身を引くという選択は無いかもしれないけれど、家の主人でもある社長との関係や、彼がやりがいとして考えたなら、それを応援したいと思ったの。でも、私もあなたたちのことがいつも頭にあって、そのことをどう考えるか、ということはきちんと問い質したわ。そして出てきた話が2人に店を譲る、ということだったの」

 私が話すよりも、もう少し客観的な気持ちで聞くことができる美津子の説明のほうが理解しやすかったのか、2人とも最初の頃よりも柔和な表情になっていた。


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