美津子の説明で矢島と中村は顔を見合わせたまま固まった。その様子を見て私が話し始めた。
「いきなりこんな話をして申し訳なかった。でも立ち話で話すようなことでもないので、改まった形できちんと説明したかったんだ。今日のミーティング、居酒屋としての新しい企画といった話と思っていたかもしれないけれど、そうじゃなく、俺と美津子、そして君たちで盛り上げてきたこの店の次のステージと、俺の我儘のところも大きいけれど、そういうことを合わせた話になる。だからその話をきちんと聞いてもらい、その上で判断してほしい。俺が言うのも何だが、もし君たちがこの仕事に愛着を持っているなら決して損するようなことではないと思っている。俺たちだけにプラスになるようなことならこんな場は設けない」
私は2人に視線を合わせ、静かに話した。先ほどと違って矢島と中村も穏やかに聞いているように見える。
「それで店長、具体的にはどうしたいということですか? 俺には何を言っているのかよく分からないんですが・・・」
矢島が言った。中村も頷いている。気持ちを落ち着かせるためか、私の第一声の後、2人ともテーブルに置いてあるウーロン茶で喉を潤している。この日は話の性格上、最初はノンアルコールの飲み物を用意するということで予め伝えてあったが、私が最初に話した後は一口飲んだまま2人ともコップを握った状態になっていた。気持ちと共に身体も固まっていたのだろう。美津子はそういった雰囲気を少しでも和らげようと、また口を開いた。
「さっき社長が最近の自分のことを話したわね。そのことを踏まえ、休みをもらった時、いろいろ一人で考えみたいなの。私も先日、これから話すことを聞いた時、何言っているの、と思ったわ。これまで居酒屋が天職のようなことを言っていた人が、全然違う仕事の話をした時、おかしいと思った。でも、話を聞いていると少しずつ言っていることは理解できるようになった。それでも現状を考えると、こういう時によく分からない世界に飛び込むなんて信じられない、という気持ちだった。ただ、それが自分の経験から出た結果であり、万人が意識する健康に関係する仕事なら、ということで少しずつ考えるようになった。・・・具体的には整体の仕事ね。私たちが奥田先生のところに通っているのは知っているわね。あなたたちも行ったわけだけど、施術を受けた後はリフレッシュしたと思う。簡単に言うとそれを仕事にしたい、ということなのよ」
美津子は私が整体師としての仕事をしたいということを考えた経緯を簡単に話してくれた。それでも2人の表情を見ていると納得したとは思えない。
「まだ分かったような分からないようなところですが、さっき見えなかった居酒屋の次にやりたい仕事が整体というわけですね。確かに自分も施術を受け、心身もすっきりした経験がありますので、それはそれでやりがいもあるでしょうが、今の仕事を辞めてまでやろうとする気持ちは分かりません。今、俺たちはここで一生懸命頑張っていて、コロナという中を切り抜け、収束後にはまた以前のような活況を期待していたんです。その時のリーダーがいなくなる、というのはとても心配です」
矢島は自分の杞憂について話した。