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店の未来を託し、転職を決意 2

 この日、最初に迎えたのがランチタイムだ。実際に店を休んだのは数日だったが、それでもとても忙しく感じた。前回もそうだったが、ちょっとしたブランクでも仕事の感覚がこんなにも変わるのか、ということを改めて感じていた。もう身体の方は何ともないのだが、思った以上に疲労感がある。

 ランチタイムが終了し、夜の部の仕込みにかからなければならない時間になったが、その間に多少の休憩時間がある。

「矢島君、ランチタイムのお客様、今日は多かった?」

 私は自分の疲れ具合から来店者数について尋ねたが、返ってきた答えはいつも通り、ということだった。やっぱり久しぶりの仕事だったから、変に緊張し、疲れたのだろうと思った。それを察したのか、矢島が私に言った。

「店長、病み上がりだから疲れたんですよ。仕込みは俺がやりますので、ちょっと休んでいてください」

 このセリフも想像通りだが、私も出勤した以上、そういうわけにはいかない。厨房に一緒に立ち、仕込みをしながら口も動かした。

「再度店を任せる感じなったけれど、どうだった」

「店長の体調不良とはいえ、大切な店を任せてもらったのは大変嬉しかったです。なんだか自分の店を持ったような感じで頑張れました。常連の相沢さんは店長の姿が見えないことに心配されていましたが、事情を話すと早く復帰できるといいね、といったことを話されていました。多分今日もお見えになると思いますので、店長の元気な姿に見ると安心されますよ」

「そう、相沢さんも気にかけてくれていたんだ。嬉しいね。今日来店されたらご挨拶しておくよ」

「お願いします。相沢さんにとっては店長とこの店がセットになっているようで、ここで頑張っている姿を見て元気をもらっている、ともおっしゃっていました」

 私はこの言葉を聞き、一瞬転職は自分の我儘なのではと思い、本当にその選択が正しいのかどうか迷った。確かに、今私がいろいろ考え、できるのはたくさんの人の助けがあってのことだ。だから自分の思いだけでその構図を変えてしまうことに、一種の罪悪感のようなものを感じてしまった。

 表情こそ変えなかったが、こういうことを聞くにつれ心にグサッと刺さるものがある。

 人の心は弱いものだと感じる時だが、そうなると自分の決心に揺らぎが出る。でも、人はやりたいことができなかったということが人生の最後で最も後悔する、という話を聞いたことがある。自分の人生が良かったと思うためにも、ここはきちんと考えたことを伝えようと思った。

 その時、矢島やこれまでお世話になったいろいろな人に迷惑を掛けないようにしなければということを再度心に確認し、そのための方策を今晩、美津子と相談することにした。そこでは全てを話すというのではなく、今後のことで相談という建前にし、その上で4人に集まってもらう日程について矢島に考えてもらい、複数の案を出してもらった。2号店の予定と合わせ、そのうちのいずれかで話すことを決めた。矢島としては何の話が出てくるのか分からないわけだが、今後の店の経営方針などについてだろう、という気持ちだった。


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