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店の未来を託し、転職を決意 1

 私は久しぶりに店に出た。気持ち的にはいつも通りの朝になり、何となくホッとしている。少し早めに到着したのでまだ矢島はいない。しばらくいなかったのでこの日のランチのメニューや仕込みの様子は分からない。ちょっと浦島太郎の気分になったが、戦列を離れるということの現実をコロナモドキの後に続いて感じた。

 ということで、私は店内の清掃をすることにした。前回の場合もそうだったが、この椅子にはどういう人が座り、テーブルにはどんな料理に並び、会話が交わされたのかといったことを想像した。2度目のことではあるが、なぜかこの日はそういうことがやたらと気になった。

 社員として居酒屋に勤め、その後独立して店を立ち上げたわけだが、社会人になりずっとこの業界で働いている。他の仕事の経験がない自分が、この年になって別の業界に転職しようという気持ちを持ってこの場にいるからこその感傷なのかもしれない。そう思うと、今テーブルを拭いている自分の手にも何かしらの思いが入っているような気がした。今日迎えるお客様に対して、見えないことだけどそこに心を込め、少しでも気持ちよく時間を過ごしていただければ、という思いだ。

 もちろん、これまでもそういう思いでいたつもりだったが、意識が変化すると同じ行為でも違った感じになる。そして頭の中ではこれまでのことが走馬灯のように蘇ってくる。

 まだ、昨日美津子と話したことは誰にも話していないので、矢島たちは何も知らない。だから今日もいつも通りに接してくるだろう。というより、私の身体のことを心配した言葉をかけてくるのは十分分かっている。そういうことを考えると、この時期に私の勝手な考えで余計な心配をさせることが忍びなくなっていた。

 コロナの問題以前から苦楽を共に頑張ってきた仲間だからこそそのように思ってしまうのだろうが、だからこそきちんと説明し、みんなにとってより良い方向になるよう相談しなければならない。そこには複雑な気持ちがあるが、うまく説明し、理解してもらえるだろうかという思いが店にきて改めて頭の中で巡っていた。

 そうこうしていると、矢島が出勤してきた。私の姿を見るなり、第一声が出た。

「店長、おはようございます。もうすっかり元気になられたようですね。良かった」

 その表情には一点の曇りがなく、本心からの言葉に聞こえた。もともと言葉と気持ちが違うような性格ではないことは分かっているので、このセリフはそのまま私の耳に届いた。

「おはよう。いろいろと済まなかったね。君一人に任せっぱなしになって・・・。本当に感謝している。もし矢島君がいなかったらこの店は回っていなかったし、多分しばらく休業していただろう。時節柄、コロナで閉店したのでは思われてしまうかもしれないので、本当に助かったよ、ありがとう」

 私も満面の笑みを浮かべ、矢島の労苦をねぎらった。

「では店長、今日からまた一緒に元気にやってきましょう」

 このセリフも想像できていたが、返事には少し言葉が詰まった。もちろん、すぐにきちんと返事したつもりだが、自分の心の中では何かが引っかかった感じだった。今はマスクをしているので表情のすべてが現れることが無いので助かったが、もしマスクなしであれば何か不安を与えたかもしれない。そういう思いも、自分の心の中にこれまでとは異なるものが存在しているからだろうが、近日中に全員にきちんと話さなければならない、と改めて思っていた。


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