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学校見学 10

 家に帰ったのは午後8時ごろだった。いつもより早い帰宅で、この日は何か家で作ることは考えておらず、途中で寿司の詰め合わせを康典の分も含めて買い、それを夕食とすることにした。それはこの日のことについてしっかり話し合いたいという思いが強かったからだ。

 ただ、他に何もないと食卓が寂しい。ということで簡単なお吸い物を作ることにした。店で出すメニューではないが、家にもそれなりの調味料は置いてある。中に入れる材料にしてもあり合わせではあるが準備がある。美津子は台所に行き、手早く準備し、私はテーブルの上に買ってきた折詰を並べ、しょうゆを入れる小皿を用意した。康典はまだ帰ってないので、後で食べてもらうことにした。

 私の役目はすぐに終わったので、お茶を入れる準備をした。お吸い物もすぐにできたので、まずは腹ごしらえということで食事にした。もちろん、今日の流れのことが会話として出てくる。

「今日は充実した1日だったね」

 私は説明会からその後の会話までの全体を総括するような感想を言った。美津子もその話に頷いている。

「桜井さんと工藤さん、どうするかな。喫茶店での話から工藤さんは入学しそうだけど、桜井さんのほうは分からない。奥さんとの話がきちんとしなければ難しいだろうな。同じく家庭を持つ立場としてはよく分かる。幸い俺たちは2人できちんと話した上で説明会に参加したので、桜井さんとは違うけれど、夫婦の場合、いくら一方がやりたいことがあっても同意が得られないとうまく行かないからね」

 説明会後の話で他の家庭の様子が少し分かった気がしたが、何かを決断する時にはそれぞれの条件があるということを改めて実感していた。その上で私は続けて言った。

「それで美津子、今日の説明会、どうだった?」

 2人ともまだ食べ終わっていなかったが、この日の感想を尋ねた。でも、美津子はまだ食事中ということでその話はリビングでゆっくり話そうという返事だった。私としてはここで話しても良かったのだが、美津子は一区切りつけてからきちんと話したかったのだろう。ということで食事は早々に済ませ、後片付けをした後、コーヒーを入れてリビングに移動した。

 その上で話を切り出したのは美津子だった。

「さっきの話だけど、正直、説明会に出席し、その後に桜井さんや工藤さんと話すまでは何か引っかかるところがあった」

 美津子は私の方を見ながら言った。概ね理解してくれているだろうと思っていたため、美津子のこの言葉には少し驚いた。私はすかさず聞き返した。

「どこに引っかかっていたの?」

「奥田先生の様子を見て、手技療法の仕事についてはある程度理解していたつもりだったけど、これまで受ける立場としての経験はあっても、今度は施術する立場になるじゃない。私たちはこれまでそういうことを意識したことは無いし、これから勉強しても仕事としてやっていけるかなとか、奥田先生のようになれるかな、といったことを考えていた。でも、伊達先生の話を聞いて入学してくる方の半分以上はこれまでそういった勉強をしたことが無い人ということだったし、工藤さんや桜井さんたちもそうだったでしょう。だから、私たちのような状態でもプロになれるのではということを感じた。もちろん、勉強は大変でしょうが、そこは持ち前の根性で何とかなるのではと思った。それから、講座のカリキュラムのことを聞いたり、その上でプロの方が再入学を決めるというのは、よっぽどの内容なのよ。貴重な時間を無駄遣いしないためにも最初からきちんとしたところで教わることは大切と思った。伊達先生はたくさん本を出しているので信用もできるしね」

 美津子は一気にしゃべった。私が思っていたことも含め、きちんと納得してくれたことがよく理解できた。


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