「先生、質問してよろしいでしょうか?」
「もちろん結構です。今日は『整体術』を学ぶにあたっての説明会ですので、疑問をすべて解消し、お家に帰ってゆっくり家族の方ともご相談してください。もちろん、家に帰って疑問が湧いた時にこちらにお電話されても結構ですので、何でも聞いてください」
伊達は笑みを浮かべながら優しく答えた。
「私は雨宮と言いますが、こちらの卒業生の奥田先生のところで施術を受け、きちんと体調の変化を感じたし、昨今の社会情勢から健康関連の仕事に関心を持ち、お伺いしました。今、居酒屋を2店舗経営していますが、『整体術』の仕事に気持ちが傾いています。もし、私が整体院を開くようなことになれば、今の店はスタッフに譲るつもりですが、それだけに仕事として成功しなければならない、という強い思いがあります。お世話になっている奥田先生の様子を見て、きちんとやれば生業として成り立つということは分かっていますが、先生はいろいろなケースをご存じだと思いますので、仕事に関するお話を聞かせていただきますか?」
私が今回の説明会に参加したのはしっかり生業として成立させるためであり、この点をはっきりさせることが決心する場合に大きく関係すると考えている。
私も商売をやっている関係で、いろいろなケースがあることは知っている。業界は違っているが、こういうところについてどういう回答が返ってくるか、大いに興味があった。
「大変的を射た良い質問だと思います。そういった本気の質問は私としても大変歓迎することですのできちんとお答えします。入学をお考えの方が集まる説明会では美味しそうな話をするのが一般的だと思いますが、私は実際のことをお話しします。卒業生の方の中にもうまく行かなかったケースがあります。ただ、その理由を考えると、それはそうなるでしょうね、というケースが大半でした。経営的なところで問題があるのです。他には開業地域のマーケティングが不十分でそれが原因で閉めざるを得なくなったケースもあります。卒業生のすべてが成功しているということをお話すれば逆に嘘っぽくなるでしょうし、特に既に御商売をされている方の場合、こういう話のおかしさはすぐにお分かりになると思います。だからこそウチの講座では失敗例を交えた開業のための細かなアドバイスをしているつもりです。それは今お話しした失敗した事例を分析し、成功したケースの学ぶべき点を明確にし、そのようなことをベースに構成してあります。ですから、自分でできるマーケティングの方法も含めて説明します。リサーチ会社に依頼する場合、それだけでもかなりの出費になりますが、個人の整体院の売り上げというのは施術単価の積み重ねであり、大きな数字が動くような仕事ではありません。もちろん、整体院の運営に自信がつき、チェーン店を増やしていく場合はその限りではありません。でも、まずは自分で運営するお店ということになるでしょうし、そこに複数のスタッフを置く場合もあるかもしれませんが、そのようなケースではまたその時のためのアドバイスがあります。他には店内のレイアウトや内装、チラシ作りやホームページの作り方といった広告の方法、接客術や次回の予約につなげるための会話法など実際にお店を持った時のことを想定した内容になっています。卒業生の方の中には、それだけでも有料の講座にしては、ということをおっしゃる方もいましたが、私としては卒業生の方が自分の信じた道をきちんと歩いて行けるよう、できる限りのアドバイスをさせていただいているつもりです。雨宮さんの場合、すでに御商売をされているわけですから、今お話ししたような内容についてはご存じのこともあるかもしれませんが、業態が変われば細かなところでは違ってきます。これまでのご経験に加え、この業界の独特のポイントを知ることでより良い展開が期待できるかもしれませんね」
講座の終わりに開業のためのプログラムがあるとは知らなかったが、技術だけでなくそこまで教えてくれるというところに好感を持った。周りの人の口元が少し緩んでいるように見えるが、伊達の回答に納得しているのだろう。私もここまできちんと答えてもらえば、今日参加したことに間違いはなかったという思いになっていた。
伊達は再度質問を求めだが、何もなかったのでこの日はここで終了した。