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開店1周年前日 4

 美津子は新しくお茶を入れなおし、私の横に座った。

「ウチも忙しくなってきたら考えなくてはならないだろうけど、その時はまた川合さんに経験談を聞きたいね」

 私は言った。

「そうね、ウチも明日で1周年。こういう節目に将来のことを考えるのは大切よ。そのための条件なんかも少しずつ考えていなくてはいけないだろうけど、これから時々川合さんに連絡して少しずつその時のシミュレーションをしておくと良いわね」

 美津子との話で前向きな気持ちになった私は、次のステップのための具体的な条件と、そういうことを考えている人の心情を知っておくのは良いことだ。

 そういうことを考えながらちょっと目線をずらすと、赤丸が付いたカレンダーが目に入った。

 美津子もそれに気づき、同じ方向を向いた。

「明日の日付に印が付いているね。美津子がそうしたのか?」

 私が聞いた。

「うん、そう。ちょうど節目だし、記念日の一つだからチェックしておいた。今話したことも、明日が新しいスタートと考えれば、また新しく良い感じで次のスタートができると思ったから・・・」

 2人とも同じ方向を見ながらの会話だった。

「そうだね。それだけに今話した川合さんのことは、自分たちの気持ちを奮い立たせてくれるね」

 私も明日の1周年が新たな気持ちで迎えられそうな気になっていた。

 「ところで川合さんと話していた時だけど、村上さんの話が出たよ。村上さん、知っている?」

 私は美津子に尋ねた。しかし、美津子は首を横に振った。

「そうか、知らないか。学校に通っていた時、授業の後に3人で飲んだことあり、やはり将来のことを話していたんだ。ただ、村上さんは故郷に帰って開業したそうだから、俺たちの場合とはちょっと条件が違うよね」

「そうね、でも東京以外で開業するとなると、いろいろと違うことも経験するでしょうね」

 美津子は興味深げに尋ねてきた。同時に、そういう話も将来の自分たちの参考になることもあるかもとその話を聞きたがっている。

「それでその人はどこでやっているの?」

 まず尋ねたのはその地域だった。

 美津子の出身地は東京ではない。そのため、どこで開業し、その様子がどうなのかということについては大きな興味が湧くようだ。

「川合さんによると北海道らしい」

「じゃあ、札幌?」

「いや、そうじゃないらしい。人口が10万人くらいということだった」

 美津子はその話を聞いて、大丈夫かな、という表情をした。東京の場合、人口が多い分、店の数が多くてもやっていけそうなイメージのようだが、少ない人口だと経営的にはどうなのか、ということを心配したのだ。

 というのは、美津子の出身もその県の県庁所在地でなく、人口で言えば4番目くらいの市だったので、商店街の様子についてもイメージ的には知っている。東京での暮らしに慣れた今、そのような街の雰囲気でやっていけないのでは、ということが頭によぎったのだ。

「それで様子はどうなの?」

 自分のイメージと実際との違いを確かめるような感じで尋ねてきた。

「俺もまた聞きだから正確ではないけど、思ったほど大変ではないようだよ」

 私は直接話したわけではないので、その内容に自信はなかったが、川合からの話をできるだけ忠実に伝えようと心掛けた。


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