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第8話 ショッピングモール①

 高嶺さんのバイトも決まり、学校が終わったら忙しくなる日々が続いた。

 学生だし和音ちゃんのこともあるので、夜は基本19時まで。

 俺が一緒に入る日もあれば、入らないで高嶺さん一人の日もある。


 しょっちゅう遊びにくる和音ちゃんは、店の名物幼女となりつつある。

 和音ちゃんに癒される為に通う客も出てくるくらいの人気であり、和音ちゃん喫茶という風情さえ漂っている昨今だ。


 そんな状況に時子さんはご満悦。

 売り上げが増えたと、目を細めて笑っている毎日だった。


 高嶺さんは、変わらずの人見知り。

 学校とはまた違った空気の空間だからだろうか、和音ちゃんが一緒に居るにも関わらず緊張した動きが抜けない。愛想が、ちょっとない。

 笑わない氷の姫君は、ここでも健在だった。


 それでも仕事はできる。

 特に調理関係は、時子さんが自分の代わりに頼むこともあるくらい。

 これまで時子さんが他の人に調理場を任せたことはないのに、だ(放棄して調理拒否をすることは、ままある。そういうときはメニューが簡単なツマミだけになる)。


 問題ないと言えば問題ないのだが、高嶺さんは少し落ち込み気味だった。


「ごめんなさい天堂くん、せっかく紹介して貰ったアルバイトなのに私、うまく応対することができなくて……」

「すぐどうこうなる事でもないだろうしね。少しづつ慣れていこう」


 ある日のバイト帰り道、俺たちは和音ちゃんを挟んで話をしていた。


「高嶺さん、人混みとかも緊張しちゃうほう?」

「人混みっていうだけなら、そんなに緊張してないかも」

「ふーん、やっぱり人と対峙するのが苦手なんだね」

「うん。人混みは平気だけど、お店で買い物するときの店員さんとかには緊張しちゃうし」


 そっかぁ、と頷いて、俺はちょっと思いついた。


「じゃあさ、今度和音ちゃんも含めた三人で、ショッピンググモールのミオンに買い物でも行ってみない?」

「え?」

「色々な店員さんの話を聞いたりしてさ、人見知り克服のために」

「わーちゃんミオンすき」


 手を繋いでいる和音ちゃんが俺を見上げて言った。


「和音ちゃんミオン好きかぁ。ミオンのどこが好き?」

「ごはん食べるトコと、おようふくいっぱいのところー」


 服屋か。やっぱり和音ちゃんも女の子なんだな。

 和音ちゃんならなに着てもカワイイだろうけど……なんて言ったらむしろ怒られてしまうかもしれない。


「ね、どうだろう高嶺さん? 和音ちゃんも行きたいみたいだし」

「……そう、ですね。行ってみようかな」

「よし決まり。次の日曜日はミオンだ!」


 こうして、人見知り克服の修業を兼ねたミオンツアーが決まったのだった。



 ◇◆◇◆



「着きました、ミオンです!」

「わーちゃん、走っちゃダメよ」

「ごめんなさい!」


 最寄り駅からの専用バスを使い、やってきたのは郊外型の大型ショッピングモール『ミオンモール』だ。大きな建物の中には優に200を超えるテナントが入っており、休日ともなれば車やバスでやってきた家族連れで混雑する。


 いち早くバスから飛び降りた和音ちゃんを追い掛けるように、俺たちもバスから降車した。

 まだ午前中。朝の空気が微妙に残っていて、天気の良さも相まり絶妙に気持ちがいい。

 俺は思わず伸びをした。


「あー気持ちいい、晴れて良かったなぁ」

「そうですね。ここにくるのは久しぶりですけど、来てよかったかも」

「そんな久しぶりなんだ? 珍しいね、俺ら近隣学生の遊び場でもあるのに」


 俺が不思議がると、高嶺さんはニッコリ笑った。

 その顔が、なんとも言えない寂しそうな哀しそうな笑顔だったので、俺は理由もわからず目を逸らしてしまった。


「あ、……ほら急ごう高嶺さん。和音ちゃんがもうあんなところに」

「ほんとだ、もーわーちゃん! 一人で歩くと迷子になるよー?」

「はーやーくー、お姉ちゃんたちおそーい」


 俺たちは顔を合わせて、仕方ないな、という顔で笑った。

 和音ちゃんの後を小走りで追い、建物の中に急いだのであった。


 それにしても、と俺は思う。

 周囲の視線が気になる。

 俺たちが歩いていると、皆一様に振り返るのだ。俺たち、というのは語弊があるか、振り返られているのは高嶺さんなのだから。


「おい、めっちゃ美人じゃね?」「どこかのタレント?」「なっがい髪、綺麗ねぇ」


 老若男女問わずに振り返って小声で喋る。

 こういう場だと高嶺さんはひと際目立つのだろう、横にいるのが俺でいいのか? という気持ちになってくる。


「横の男、なに?」「まさか彼とかじゃないよな?」


 当然耳に入ってくるひそひそ声。

 わかるよ、俺も同じ気持ちだから。だから責める気にもならない。

 俺がそうやって世を儚んでいると。


「はやくいきましょ? 天堂くん」


 高嶺さんが俺の服の袖を、ツイと握ってくる。

 気を遣ってくれているのかな? ちょっと気恥しいが、その気持ちが嬉しい。って、よく見ると高嶺さんの顔も真っ赤じゃん。


 そうだ高嶺さんは人見知りなんだ、俺がフォローすべきなのにな。

 俺は高嶺さんの顔を見た。


「そうだね。おーい和音ちゃーん、まってくれー」

「おー、そー、いー」


 俺たちは和音ちゃんに追いついた。

 高嶺さんと俺が二人だと、カップルの出来損ないのように見られてしまうようだが、和音ちゃんを加えた三人組だと周囲にどう映るのだろうか。

 そんなことを考えながら、和音ちゃんと手を繋ぐ。


 俺たちは和音ちゃんを挟み込むいつものポジションに収まり、ミオン内を歩き出したのであった。


 ◇◆◇◆


 和音ちゃんは小物屋さんが好きらしい。

 ビーズのお店やパワーストーンを売っている店を見つけては、そこに寄っていく。

 見ていると店員さんがやってくることがあるので、そういうときは高嶺さんが応じる形だ。高嶺さんは緊張気味に喋っていた。


 できれば今日は一人で会話をしてみたいと高嶺さんが言っていたので、俺は彼女の様子を横で見守っていた。

 店員さんと喋っているとき、高嶺さんはたまに俺の服の袖をギュッと握ってくる。

 顔を赤くするわけでもなく、だけどギュッと。


 無意識なのかもしれない。たぶん彼女は頑張っているのだ。

 頑張れ高嶺さん、俺は心の中で応援する。


 こんな緊張しいの彼女が、俺にはなんで最初から柔らかく接してくれていたのか。

 思うにそれは、俺を最初は不審者と誤解していたからだ。

 和音ちゃんを助けようとして必死だったのと、その後に誤解だと知ったときの緊張緩和。その落差が激しすぎて、俺には人見知りを発揮する間がなかったんじゃないか。

 そう思う。


 もちろん和音ちゃんがそこに居て、高嶺さんの気持ちを和らげてくれていたからというのも大きいと思うんだけどね。


「おようふくみるー」


 何軒目のテナントだったろう。和音ちゃんが次に飛び込んでいったのは「しまうま」というブランドの服屋だった。

 女性向けの衣服をメインに、子供向けの物も多い大衆的な店。他の服屋よりも子供向けの衣服に力を入れている印象がある。

 そこで和音ちゃんと高嶺さんは、新しい服を買うことになったのだった。


「わーちゃん、これ似合うんじゃないかなー」

「にあいそうー?」

「うん。――ね、天堂くん、似合うと思いません?」


 高嶺さんが手にしていたのは水色基調の格子縞シャツドレスだった。

 腰上の辺りについた大きなリボンが可愛いパステル調。

 ドレス作りの可愛さと落ち着いた青系色の合わせ技、うん、活発で賢い和音ちゃんに合ってそうだと俺も思う。


「良いと思うよ、似合ってそう。大きなリボンが可愛いね」

「ホント!? カズオミお兄ちゃん!」

「ほんとほんと。色も良いしね、俺は好きだな」


 にんまり嬉しそうな和音ちゃん。

 こういう反応をされると答えた甲斐があるというものだ。


「お姉ちゃんのもえらぶー」


 そう言った和音ちゃんに連れられて、高嶺さんが目の前から消えていった。

 俺もちょっと洋服を見ながら店内を歩いてみる。

 そういや新しい下着が欲しいと思っていたんだけど、なんというか今日買うのは恥ずかしい気がしたのでやめておこう。トランクスを買うのはまた今度。


「カズオミお兄ちゃーん」


 和音ちゃんが走ってきた。


「どちらがお姉ちゃんに合うと思いますか?」

「ん、どれどれ……って! うあっ!?」


 俺はビックリして思わず声を上げてしまった。

 和音ちゃんが持ってきたのは、女性用下着の上下セット二つ。

 つまりブラとパンツのセットだ。ダークカラーのセットと淡いパステル調のセット、え、これを……高嶺さんが着用するの?


「どちらですか!?」

「えっと、その。うーんと」


 俺はその女性用下着を見たり目を離したり。

 ダークカラーよりは明るい色の方が高嶺さんには似合うよなぁ、とか思っちゃったりしてる。見れば水色基調のブラとパンツだ。氷の姫君の異名を取る高嶺さんは、異名に違わずクールな綺麗さを持っている。うん、こっちのが似合うと思う。


「えっと、俺が思うにね……」


 しどろもどろになりながら、和音ちゃんに答えようとする俺。

 でもたぶん、俺はそのときかつてない真剣な目で下着を見ていたと思う。


「天堂くん、私の服なんだけどこれとこれの、どちらが――って、わーちゃん!?」

「……こっちの水色の方が似合うと思うなぁ」

「おめがたかいです、カズオミお兄ちゃん!」

「ちょ、ちょっとわーちゃん、なにを天堂くんに見せてるのーっ!?」


 高嶺さんが焦った声と共に駆けてきた。


「ほらお姉ちゃん! カズオミお兄ちゃんも、こっちのパンツの方がお姉ちゃんに似合うって言ってます!」

「もー、やだーぁ」


 顔を真っ赤にした高嶺さんに、和音ちゃんがズルズル引っ張られていく。「だってお姉ちゃんなやんでたからー」とかなんとか、和音ちゃんの声が小さくなっていったのだった。


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