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第4話 三人一緒

「美味しい! このハンバーグ美味しいよ高嶺さん!」

「ありがとうございます天堂くん、お粗末さまです」


 ハンバークに野菜のソテーが添えられた夕飯だった。

 これがまた、驚くほど美味い。厚めに整えられた挽肉に箸を通せばジュワッと肉汁が染み出す。ソースは市販のケチャップとソースを混ぜたものに、たぶん味噌と醤油が少し。わからないほど絶妙に和テイスト。

 ご飯をいくらかき込んでも足りないくらい食欲が刺激された。


「わーちゃんもおいしい!」

「お粗末さまです、わーちゃん。あ、ほら、ほっぺにご飯粒ついてるよ」


 和音ちゃんは箸でなくフォークを使い、ご飯とハンバーグを美味しそうに食べている。

 でも……、あれ? 野菜に手を付けてない。

 人参とピーマン、そういえば子供が苦手そうな野菜ばかりだ。


「わーちゃーん、ちゃんとお野菜も食べなきゃダメだよー?」

「でもわーちゃん、これきらい」

「ほら、お兄ちゃんを見てごらん? 美味しそうにお野菜も食べてる」


 もぐもぐ。

 人参を食べてたら、二人の視線を一身に受けることになってしまった。

 うううー、と俯いて人参を睨みつける和音ちゃん。

 フォークで、ちょん、と刺す。なんだこのカワイイ生き物。


「カズオミお兄ちゃん、美味しい?」

「えっ!? うん、美味しいよ? 人参は甘いからね」

「ほら、お兄ちゃんも大好きなんだよ? わーちゃんは、好きかなー?」


 俺は二つ目の人参ソテーを箸で摘まみ、口の中に入れた。

 その様子をじっと見ている和音ちゃん。


「わーちゃんも、すきですから!」


 そういうと人参を一つ、パクッと口に入れた。少しだけ噛み、お水で流し込むようにして食べる和音ちゃん。高嶺さんが小さく拍手をする。


「凄いすごーい、わーちゃん、お兄ちゃんと一緒だねー!」

「うん! わーちゃん、カズオミお兄ちゃんといっしょ!」


 俺の方を見てにっこり笑う和音ちゃん。

 なんか気恥ずかしくなってくるけど、ここはなにか言わなくちゃいけないトコロだ。


「一緒だね和音ちゃん。じゃあ今度は一緒にハンバーグ食べよっか!」

「たべます!」


 俺たちはタイミングを合わせて一緒にハンバーグを口に入れた。

 ああ、やっぱり格別に美味しい。

 男子高校生の身体はだいたい肉で構成されている、摂取率が高い。その中でも今日のお肉は格別に思えた。高嶺さんの手料理は控えめに言っても最高だった。


「おいしいねー!」

「美味しいねぇ」


 和音ちゃんと俺は二人で笑いあいながら、ハンバーグに舌鼓を打ったのだった。


 ◇◆◇◆


 夕飯を終えた途端、和音ちゃんはコテン、と横になってしまった。

 食べてすぐ寝たらダメよ、と言う高嶺さんの言葉も耳に入っていないのだろう、すぐに寝息を立て始めた。俺も小さい頃はこんなだったのかな?

 俺たちは和音ちゃんを別室に運んで布団の中に潜らせると、リビングに戻って食後のお茶をすることにした。


「今日は本当にありがとうございます、天堂くん」

「いや、気にしないで。俺が好きでやったことだから」

「うん。そういってくれるんですね、ふふ」


 優しく、楽しげに笑う高嶺さん。

 改めてお礼を言われてしまうと、俺もテレくさい。今日のことは俺が勝手にやっただけ、それでいい。


「なんとなく今日だけで、天堂くんがどういう人か、わかった気がします」

「そう? 俺には高嶺さんは謎だらけだけど」

「私は……天堂くんと違ってクラスにも馴染めてませんから」

「え、そんなことないだろう?」


 高嶺さんはどこに居ても注目の的。

 馴染めてないなんてとんでもない、皆が高嶺さんの視界に入っていこうとしている。

 クールで口数少ないけど、誰にでも隔てなく接してくれる人でもある。

 俺のような冴えない一男子生徒とは違って、世界の中心に居る存在なのに。


「違うの。単に誰とも仲良くできない人見知りなんです。体面を気にしているだけ」


 高嶺さんは自分のことをそんな風に思っていたのか。

 クールで孤高、というのは高嶺さんの特徴でもある個性なのだが、どうも当人はそれを快く思っていなかったらしい。


「でも、今日は本当によく笑いました。わーちゃんも、あんなに楽しそうだったのは久しぶり。これも全部天堂くんのおかげ」

「それはよかった」

「お野菜も全部食べてたし。これね、本当に凄いことなんですよ? わーちゃんがお野菜ちゃんと食べるなんて。わーちゃん、天堂くんのことが大好きなのね」

「やめてくれ、なんかテレてしまう」

「うふふ」


 高嶺さんが悪戯っぽく笑うので、俺はドキッとした。


「ね、天堂くん。これからもたまに、お夕飯を作りにきてもいいですか?」

「え? なんで? いや嬉しいけど」

「わーちゃんがね、喜ぶと思うんです。最近ずっと寂しそうだったから」

「そういうことか……」


 俺は頷いた。和音ちゃんは、俺も気に入っている。

 彼女には明るい笑顔が似合うと思う。


「それにね、私自身も楽しかった。人前でこんなに笑ったの、久しぶり。だからね、天堂くんと、また一緒にご飯を食べたいな、って……」


 頬を染めながら、俺の方をチラ見して笑う高嶺さん。

 そんな顔をされると、俺もなんか意識してしまう。

 たぶん、高嶺さんがこんな顔で笑うことを知っているのは、クラスで俺だけだ。

 秘密を知ったみたいで、なんか胸が高鳴る。


 そんな思いを悟られるのが恥ずかしくて、俺は努めて冷静な調子を装った。


「もちろん歓迎だよ。俺もさ、正直一人暮らしで寂しかったから、こんな風に高嶺さんたちとご飯を食べれて楽しかった」

「天堂くん、ご両親は?」

「海外に長期出張でね、高嶺さんのご両親は?」

「去年、事故でね」

「あ、……ごめん」

「いいの。私はもう整理できてるから。でも、わーちゃんはまだ……」

「そっか。あの家は、昔ご両親と住んでた家?」

「そう」


 色々なことが理解できた気がした。

 俺はわおんちゃんが愛おしくなった。


「俺、わおんちゃんのお兄ちゃんになれるかな?」

「もう既にお兄ちゃんですから」


 高嶺さんがクスクス笑う。その反応に、俺もつられて笑ってしまった。

 しばらく俺たちは笑っていたのだが、やがてなにかを思い立ったように、高嶺さんは口を開いた。


「天堂くん、よかったら聞いて欲しい話があるんです」

「え? あ。うん、もちろん。俺でよかったら」

「ありがとう天堂くん」


 こうして俺は、高嶺さんから家庭の事情を聞くことになったのだった。


 ◇◆◇◆


 昨年、高嶺さんは両親を事故で失った。

 いまは叔母が高嶺姉妹の財産管理人になっているのだが、二人には必要最低限のお金しか渡さないのだという。

 姉妹を家に引き取ることもせず、ただ金の管理だけをする姿勢。


「そのことには不満はないんです。私もわーちゃんも叔母は苦手ですし、放っておかれた方が気楽なので。ですが……」


 問題は、このままだと来年には高嶺さんと和音ちゃんが離れ離れにさせられてしまうかもしれないということだという。

 和音ちゃんを施設に入れよう、という話があるらしい。


 それを阻止する為には、生活費を自力で稼ぐ必要があるとのことだった。おばさんに振込は必要ないと宣言できるほどお金を稼いで、金がかからないと認めさせる必要があるのだと高嶺さんは言う。


「お金を稼げるところを叔母さんに見せないと、和音ちゃんと離れ離れにされちゃうのか」

「だからバイトを始めようと思っているんですけど、人見知りで緊張しすぎて勇気が出せなくて……」

「そっかぁ、うーん」


 俺みたいな普通の高校生には正直ちょっと重い話だった。

 俺もこのマンションで一人暮らしをしているが、両親は海外出張しているだけだし近くに保護者代わりの知人も居る。その知人とは俺のバイト先のオーナーでもあって……。


 ああそうだ、その手がなくもないか。


「アルバイトなら、いいところがあるかもなんだけど」


 俺は高嶺さんに提案した。


「知人が経営している喫茶店があるんだよ。俺もそこでバイトしているし、よかったらどう? 紹介するけど」

「で、でも……」


 高嶺さんはどうやら尻込みしているようだ。


「私じゃ、迷惑お掛けしてしまうかもしれませんので……」

「平気平気、オーナーの時子さんは大らかだからね。なんなら迷惑掛けて少し困らせてやって欲しいくらいだ。大らか飛び越していい加減でもあるから」

「だけど……」

「大丈夫、俺もフォローするから」


 俺は笑いながら自分の胸を叩いた。

 大船に乗った気持ちで、とは言えない。だけどできる限りのことはするつもりだった。

 この二人には笑っていて欲しい。そのための力に、俺もなりたい。


「……私、天堂くんにどうお礼をしたらいいのか」

「俺に食事を作ってくれるって言ったじゃないか。それで十分すぎるよ」

「ありがとう、私、頑張ってみます!」

「その意気!」


 夜が更けていく。

 俺たち二人、いや、三人の新しい生活が、これから始まろうとしていたのだった。



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