なんて、突然の事態に頭の中がめちゃくちゃになっていると。
「――――お、お嬢様あぁぁぁあっ! た……煙草……? お煙草を
馬車から勢いよく飛び出して私を呼びながらすっ転び、半泣きで近寄ってくるのは。
サンブライト伯爵家、メリィベル付き執事のブラウ・バルトだった。
ぶ、ブラウ……? なんでブラウが……、ブラウは実家の酒造業を継いでいるはずなのに……。
というかやっぱメインキャラはキャラ濃いわね……、登場と同時に転んで半泣きってキャラ立ちしまくってる……。マヌケを愛嬌とたまに起こす大手柄で何とかしているのは今も変わらずなのね。
「――お久しぶりです。メリィベル様、ヴァイオレット・キッドマンでございます」
久しぶりのブラウに驚いているところに馬車の従者席から降りて頭を下げて声をかけてきた筋骨隆々で黒のスーツに髭の大男。
ムーンライト伯爵家、イザベラ付きの超人執事キッドマンだ。
「捜査機関より、
キッドマンは低い声で今の状況について語る。
容疑を否定する証拠…………? 再審……?
どゆこと? 何が起こっているの?
ブラウがうちの馬車を事故らせて壊したことが気にならないくらいには、混迷を
「イザベラ様が無実を証明してくださったんですよ! 真犯人は既に軍によって粛清されていたようですが、イザベラ様の毒殺計画書が残されていたんです」
混迷する私に嬉々としてブラウが私に語り始める。
「それをイザベラ様が粛清された貴族家から怪しい動きをしていた者を奇跡的に導き出して、ロート様と共に捜査機関を動かし見つけ出したんです!」
ブラウは私に具体的な奇跡を語った。
「イザベラが……そっか」
私は驚きながらも納得し呟く。
イザベラはずっと私の無実を主張していたんだ。
もちろん、親友思いの悲劇のヒロインを演出するためだろう。
私に冤罪をふっかけて、それを否定することで世論に優しさや思いやりがあることを印象付けたんだ。
私はイザベラの様子を毒で倒れて病院に運ばれたところまでしか知らない。ノンプリ的にはその後ブラウの直感でロートを動かし裁判にイザベラを引きずり出しての逆転劇があるけれど、今回はブラウ不在な為に裁判にもイザベラは現れなかった。
本当に毒は飲んでいるので大事は取った方がいいからね、来ない方がいい。
まあイザベラならそうするとは思ってはいたけど…………まさか一年近くも私の無実を主張し続けた上に、アダムスキーによって粛清された貴族に罪を被せてロートを抱き込んで捜査機関をも捏造した証拠で騙して。
私に対する冤罪を完全に晴らした。
まあこれ以上なく完全なマッチポンプなわけだけど……。冤罪を冤罪で帳消しにしたって、馬鹿げている。
確かに生きている人間に罪を被せるより、死んだ犯罪者に被せる方がずっと楽だ。
冤罪と偽装と虚偽はイザベラの十八番だ。
信頼と発言権と注目さえ揃えば、彼女たちからしたら造作もないことだ。
でもまさかここまでするとは思わなかった……、彼女の貪欲さを
…………いや、違うか。
だったとしても、私なんて奇跡と幸運の塊みたいな存在を連れ戻すリスクの方が大きい。
つまり。
ちゃんと私たちは親友だったってことだ。
イザベラの心に正当化さえ出来れば助けてあげたいと思わせる程度に、私は彼女の心にあった。
素直に嬉しく思う。
イザベラに前世からずっと憧れてきたから。
私は密かに、心を踊らせた。
そして。
「――――…………そうかい、じゃあさっさとお行きなさいよ」
診察室の窓を開けて煙草を吸いながら、事情を聞いたアキ先生は淡白に返す。
「それでは僕はお嬢様のお荷物をまとめて来ま――」
「いえ……、上着と最低限の荷物だけでいいわ。いいですか、先生」
ブラウが動き出そうとしたのを止めて、アキ先生に聞く。
「はあ…………、また取りにおいで。私はどこにも行かないからね、その時は二人一緒に温泉にでも浸かっていくといい」
アキ先生は私がまたここに来る為の理由を作ったことを察して呆れつつも笑顔で、そう返した。
荷物を置いておけば、また取りに戻らなくちゃならない。
アキ先生は医者だ。
別れには慣れている、慣れすぎている。
それにこれは今生の別れというわけでもないので、アキ先生からしたら生きている別れなんて最早別れのうちには入らない。
だから多分、ちょっと寂しくなるくらいにしか思わないんだと思う。アキ先生は強いからきっと大したことじゃない。
でも私は寂しいから、また会いたいから、会うための理由が必要なんだ。
「…………一年間、本当にお世話になりました。ありがとうございました」
私も笑顔でアキ先生へ感謝を伝えると。
アキ先生は指に煙草を
そうして私たちは、上着を着て簡単な荷物を持って王都へと馬車を走らせた。
「……イザベラは元気にしてる?」
馬車に揺られながら、向かいに座るブラウに尋ねる。
「はい。後遺症はあるようですが日常生活に支障がないほどに回復して意欲的に活動をされています…………が、その…………」
私の問いにブラウは口ごもり。
「お嬢様……、実はロート様はイザベラ様と婚約をいたしました。お嬢様が追放された後に、お二人はお嬢様を救い出す為に常に一緒に――――」
「最高じゃない! イザベラは元気でロートと結婚するなんて、大好きな友達が一緒になる以上に嬉しいことはないわ」
ブラウからの婚約報告に私は真っ直ぐに喜びの声を上げてしまう。
ちゃんとくっついたんだあの二人!
よかった……、私と入れ替わるかたちといってもイザベラがロートと付き合うようになるかまではわからなかった。
まああのイザベラが男の子一人落とすなんて訳ないし、あのイザベラを好きにならない男の子なんていやしない。
あーよかった……、これでまた原作改変がまた一つ
それにイザベラも……、かつて夢見た幸福で優雅な暮らしを手にすることが出来る。
本当によかった……やっぱりイザベラは完璧ね。
「……やざっ、優しすぎますよ。お嬢様……っ」
ブラウは素直に喜ぶ私を号泣して称える。
まあそりゃあブラウから見たら好きだった男の子が追放されてる間に親友に取られてるってことになるから仕方ないのかもだけど……。
「いや泣くことないでしょ……、イザベラみたいな完璧な淑女こそ誰より幸せになるべきなの。イザベラが幸せになれないのなら、それはこの世界の方が間違ってるのよ」
私はハンカチでブラウの涙を拭きながら、呆れるように返すと。
「……その通りでございます」
と、御者席で馬を操るキッドマンが静かに呟いた。
良い話が聞けた。
だんだんと落ち着いてきた。
久しぶりの王都でちょっと緊張してたけど、だいぶ楽になった。
一段落ついて、私は馬車の窓から流れる景色を眺め――――。
「――――……………………え、待って馬車壊したのあなた?」
私は今更になってようやく、ブラウがうちの馬車を壊した件について頭が追いついた。