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第十五話

「…………メリィベル、もしおまえたちが本当に――――」


「ズゥ――――――! …………いえ、大丈夫です……。ちゃんとその時が来たら、お別れをします」


 優しそうな声でアキ先生は泣きじゃくる私に何かを言おうとしたところで、私は鼻水をすすってそでで涙を拭いさり顔を上げて言う。


 それでも私は、理性で抑え込む。


 無理なものは無理なんだ、駄々をこねても泣いてわめいても彼は第一王子で私が毒殺令嬢なのは変わらない。

 これはルートシナリオじゃあない、ご都合主義の奇跡はない。


 別れは来る。

 必要なのは覚悟だ。


 私は確かに紛れもなくメインヒロインだ。

 でも、なるべきはプレイヤーの満足度の高いハッピーエンドを共有させるヒロインではなく。


 彼にとって、人生の転機……再起のきっかけになるようなヒロイン。いわゆる青春の幻影ってやつになるんだ。


 彼はきっと良い国王になる、例えなれなくてもこの国にとってきっと何か重要な存在になる。

 何者でもないのなんて今だけだ。あっという間に何者にでもなってしまう。


 私の目的はノンプリⅡへ至ることの回避。

 原作改変をしたのもその為だ。

 ここから二十年後に内戦が起こり、国民の半数が死ぬ未来を変えたいと思ったんだ。


 彼が王都に戻れば、きっとそれは起こらない。

 そう、これは大事なことなんだ。


 私はそうやって理屈に落とし込む。

 正しさにすり替える。


「…………そうか、わかった。なら私が何かいうことはない……、とりあえず顔を洗ってしばらく目元を冷やすといい」


 アキ先生は煙草の火種を灰皿にすり潰しながら、優しく私にそう言った。


 私はダイニングの食器棚のガラス戸に映る私の顔を見る。

 ……確かに、いくら美少女とはいえこんな顔を彼には見せられないや。


 その後、目を冷やしてから何事もなかったかのように道場から帰った彼を調剤しながら迎えた。


 そこからしばらくは何も考えずに……いや、何も考えないようにとにかく愛し合った。


 堂々と手を継いで歩いて。

 当たり前のように寄りって。

 こそこそとチューして。

 夜は私の部屋で過ごした。


 まあ流石に毎日ってわけではないけどね、私も仕事があるし彼も彼で色んな勉強を頑張っている。


 今日は一人の日…………ってことで考えをまとめる日にしよう。


 というか、どう考えても考えるまでもなく。

 彼と少し別れについて話した方が良いだけなんだ。


 まず彼がこの関係についてどう考えているのか。

 ちゃんと終わりがあって、必ず別れが来るものだと理解して私と付き合っているのだろうか…………。


 いやなんかそれはそれでちょっと寂しいというか悲しいな…………くそ、こんなことで傷ついてる場合じゃないのに。

 むしろ彼がちゃんと終わりを見据えているのなら、それに越したことはない。


 でも……、これを切り出すのは非常に難しい。


 彼は他人の心の機微に敏感……空気を読み取り過ぎる。

 私が下手に終わりについて語り出したら自身の思いとは関係なく別れについて受け入れて、私に心配させないように振舞ってしまう。


 彼はが出来ない。

 治らないフリをして一緒に居続けるとか、治っていないのに治ったフリをしたりとか。

 そういうことが出来ない、育ちが良すぎる結果だ。


 だが全てがその限りというわけでもなく、誰かを悲しませたり傷つけることを避けるためには無理をしてしまう。

 だから辛いのに大丈夫なように振舞ったり、かっこつけてしまう。


 私が関係の終わりをほのめかせば、彼は自分が傷ついてないように見せるために笑顔で受け入れるだろう。

 私が関係の終わりを悲しめば、彼は私を悲しませないようにここに残る方法を考えてしまうかもしれない。


 どちらにおいても良い方向にはいかない。

 いや…………、これはもっと単純な話だ。


 別れ話に綺麗な着地点なんてものはない、絶対に誰かが傷つくものってだけの話。


 どちらかがどちらかを嫌いになれば、多分もっと楽なんだろう。

 普通に悪態をついて、物を投げつけて、至らぬところを下品に友達と愚痴って終わり。


 だが彼を嫌う理由が何一つ思いつかないし、単純に嫌われたくもない。


「…………虫が良すぎる……、なんでこうなんだろう、私…………」


 部屋に溶けるような声で呟いて、私はぐちゃぐちゃな思考まま眠りについた。


 八回。

 これまで考えをまとめようとして、こうなった回数である。

 何も進んでいない、メリィベルも前世の私も別れ話を切り出すことに慣れてないからね。


 そして、雪が溶けて。

 まとめようとした回数が二十回を超えた頃。


「メリィ、少しいいかい? 見せたいものがあるんだ」


 ネモは仕事が終わった私に、声をかける。


「いいよ。なに? 打撲とか?」


「いや診せたいのではなくて……、まあ部屋で待っていてくれ」


 そんな返しに彼はにこりと笑って、私はうながされるまま部屋で待った。


「入るよ」


 彼は部屋のドアをノックして、そう言いながら入室をする。


「なに? …………あ! 流石にお風呂入ってからだからね! 今私めちゃくちゃ消毒液臭いから!」


「いや………………いやまあそれは後でというか、別に君は消毒液の匂いはしないぞ? いつも清潔で良い香りがする。まあとにかく今はそっちじゃあない――――」


 なんて彼は私の反応に、気持ち悪さより可愛げが勝ってなきゃ許されないことを言いながら。


を、見せたかったんだ」


 彼は後ろ手に持っていたものを私に見せる。


って……――――」


 私はそれを見て驚く。


 それ。

 つまりメリィベル・サンブライトのフィギュアを見て驚いた。


 凄い……かなりちゃんと作り込まれてる。

 ディテールも塗装もかなり上手い。

 スケールは十二分の一くらいかな、私がよく作るサイズ。


 前世ではメリィベルのフィギュアもいくつか作ったけど、そのどれとも違う看護着のコスチューム……原作にも設定画集にも存在しない姿。


 つまり今の私、彼から見た私の姿だ。

 かなり可愛らしく可憐に愛らしく作られている。

 ちょっと照れるくらいに可愛い。


「これが作りたかったんだ。好きなものを作るのなら、それはメリィだ。僕はずっと君を見ていた。三面図どころか、どんな姿でも思い浮かべることができるからね」


 彼はフィギュアを見せながら、優しく語る。


 そっか、作りたいものってこれだったんだ。


 いやでもあんまり好きな子のフィギュア作るって下手したら気持ち悪さが勝つけど……、まあ私がイザベラのフィギュアを作っていたから親しい人の人間の人形を作るってのは別におかしいことじゃあないと思っているんだろう。


 それに全然気持ち悪さより嬉しさが勝る。

 作りたいものがなかった彼の中で、一番作りたくなったものが私というのは素直に嬉しい。

 確かに彼は私のありとあらゆるところを細部にわたって色んな角度で見られているしね…………ちょっと恥ずかしくなってきた。


「これを…………、うん、良かった。大きさも違和感がない」


 彼はメリィベルフィギュアを机の卓上ラックに飾ってあったイザベラフィギュアの隣に並べて満足げに言って。


「親友一人で飾るより、二人並んでいた方が良いだろう……。良かった君のクオリティに見合う出来にするのは大変だったんだが、うん。大丈夫みたいだ」


 並ぶフィギュアに見蕩れる私に、優しく微笑みながら言う。


 なるほど……、これは良い。

 ポージングも組み合わさるような、互いに笑顔でイザベラとメリィベルと楽しげに並んでいるのは単純に嬉しい。


 メリィベルとイザベラが二人だけで並ぶシチュというのはノンプリ本編でもノベライズの挿絵やコミカライズなどでもあまりない実は珍しいものだったりする。

 大体執事のブラウやキッドマンが居たり、攻略キャラが居たりするからね。

 ノンプリのファンイベでも展示メインは男性キャラで、イザベラやメリィベルはあまり注目されない。


 看護着にカーディガンを羽織る今のメリィベルと、ドレスで優雅に微笑むイザベラが並ぶのは…………本当に私は原作改変が出来たんだと再認識が出来た。


「そう、出来るんだ。――――」


 並んだフィギュアに目を奪われているところに、彼はそう言いながら後ろから私の腰を抱く。


 ちょ、だから消毒液臭いから――――。


「――――メリィ、私はもう大丈夫だ。私はこの国の王になる」


 彼は私の耳元で、優しくささやいた。

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