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第十四話

 そして翌朝。


 私は何事もなかったかのように朝食を作り、彼も何事もなかったかのように朝食をとって、私たちは何事もなかったかのように久しぶりの道場へと行こうとしたところで。


「メリィベルは残りな。ちょいと頼みたい仕事があるんだ、道場には終わって時間があったら行きゃあいい」


 私はアキ先生に呼び止められる。


「…………わかりました。じゃあネモ、後で」


 一瞬で悟り、私は彼を見送って促されるままにダイニングの椅子に座らされた。


 昨日の今日だ。心当たりは一つしかない……。


 気まずそうに座っているとアキ先生は口を開く。


「…………はあ……、まあ年頃の男女が一緒に暮らしてるんならそういうこともある。別に私は妊娠や病気に気をつけてるんなら基本的にいうことはないし、おまえはその辺抜かりないだろうし生娘と生息子なら病気の心配もないが…………強いて言うんなら次からは自分の部屋にしな。病室はベルや呼び声が聞こえるように壁が薄めなんだ、盛り上がるのは構わないがわりと音が漏れる」


 呆れるように、アキ先生は単刀直入に心当たりの話を語る。


 あれ、てっきりがっつり叱られるのかと思っていたけど思ったより強くは言われない……? っていうか音漏れてたの⁉ 声出してないつもりだったけど…………次からは私の部屋にしよう。


「だけどわかってんのかい? 気付いているんだろう、彼は第一王子だ。そんでおまえは追放令嬢……、側室どころかめかけにもなれない。ステルラ様がネモと名乗っている間しか本来話すことすら出来ないんだよ」


 アキ先生は少し声を低く、現実的な道理を語る。


「私もローゼンバーグの小僧もおまえが冤罪だって信じているし、優秀な医者だってこともわかっている。でもこの国における公式見解として、現状おまえは殺人未遂犯で毒殺令嬢だ」


 真摯に私の目を真っ直ぐ見ながら、私の現状を述べる。


 ……やはりローゼンバーグ公爵も私を信じていたのか、だから追放先はここになったんだ。


「私はこれでもフォルトナー辺境伯家の人間だ。この国の公式見解に従う義務もあるし王家を守る義務もある」


 さらに、やや力強くアキ先生は自身の義務を口にする。


 フォルトナー辺境伯家。

 フルカラ王国の辺境の地を統治して自然保護や災害対策なんかを軍と協力して行っていて、災害救護の為に緊急医療などにも力を入れている。

 そんな家の令嬢としてアキ先生は育った。


 元々アキ先生はローゼンバーグ公爵の叔父……前ローゼンバーグ公爵の弟の婚約者だった。

 しかし、二人での辺境視察中に地すべりに巻き込まれて婚約者を失ってアキ先生は足を悪くした。


 アキ先生はそこから誰とも結婚せず独身を貫いた。曰く、傷物の令嬢を貰うような物好きが居なかったというが……婚約者へのみさおを立てた結果だ。


 その繋がりで前ローゼンバーグ公爵の子である、現ローゼンバーグ公爵に医療の基礎を叩き込んだという流れだ。


 文字通りの独身貴族、アキ先生はこの辺境の地で医者である人生を選んだ。


 設定資料集の簡単な説明以上に、行間にはかなり深くアキ先生の人生が刻まれているってことだ。


「……別にいっときの遊びならいいんだ。おまえとちちくりあってステルラ様の気晴らしになるんなら、それこそ私が関与するところじゃあない」


 椅子から立ち上がり、ダイニングの窓を開きながらアキ先生は言う。


。私も木の股から産まれたわけじゃないからな、流石に本気かどうかくらい見てればわかる」


 煙草に火をつけながら、乾いた笑みを見せて続く。


「ステルラ様はかなり快方に向かっている。これはおまえの功績で、おまえのおかげと言って全くもって過言じゃあない。おまえがいたからステルラ様は良くなっている、ローゼンバーグの小僧が想定していた以上に……おまえは力になりすぎた。あいつはモテるタイプじゃなかったし、女心……いやなんてものを勘定に入れられるような色男でもない」


 ゆったりと煙草をくゆらせながら、語りは続き。


「おまえがそばに居なきゃ成り立たない快方は意味を持たない。ステルラ様は快方次第絶対に王都に帰らなくてはならない、対しておまえは絶対に王都には帰れない……おまえがステルラ様と結ばれることはないのだから」


 アキ先生は私を見ずに、私へと現実を突きつける。


 少し辛そうに、貴族としての義務……いや大人としての責務を果たす。


「……本当はもっと早くに釘を刺すつもりだったんだが、思った以上におまえが自制して一歩引いていたからな。タイミングを見誤った」


 長く伸びた煙草を灰皿に落としながら、少し眉をひそめて言う。


 確かに私は自制して一歩引いていた。

 それに、アキ先生は最初から言っていた「関わり過ぎないように目を離すな」って。


 関わりすぎた上に、目を離したところで倒れられた私は…………本当に何も出来ていない。


 でも言っていることはわかる。

 これはごもっともなことで、私自身わかっていたことだ。


 まあ遊びってわけでもないけど、ずっと一緒に居られるとも思ってはなかった。

 恋はいつでも今この瞬間を求め合うものだと、私は前世の記憶で実体験や様々な創作物から得た結論だ。


 別れも経験はしている。

 私は決してこの瞬間の恋が自分の全てではないことを、知っている。

 いつだって人を好きになると、私にはこの人しかいない私の人生はこの人と共に……なんて乙女チックなことを思わないわけじゃあないけど。


 でも現実問題そうでもない、恋をしない楽さや面白さというのも存在するしなきゃないで生きてはいける。煙草と変わらない、なくなったらしばらくキツいだけ。


 前世の私はそういう生き方を知っているし、そういう生き方をしてきた。


 だから私は期限があるこの恋を、彼との日々を今だけでも全力で――――――。


「っ、……メリィベル」


 アキ先生が話を聞いていた私を見て、辛い顔で私を呼ぶ。


 え? 何……、私なんかやった――――あ。


 ここで私は、自分の両目から涙があふれていることに気づいた。


 慌てて私はそでで涙をぬぐう。

 え、なに……? 全然ドライアイとかじゃ……。


 ああ、そっか。


 こんなのはただの大人の道理で、理屈で、理性で、理想で、現実なんだ。


 メリィベルには一つも理解できない。

 ティーンエイジャーでメインヒロインで乙女でいつだって奇跡を信じてきた女の子である。


 毛の一本の先まで、私はそれで出来ている。


 彼が好き、一緒にいたい、離れたくない。

 それだけなのにどうして。


 そんな女学生が思いつきでSNSに載っけて黒歴史になりそうなチープな思いと想いが重く、心を潰す。


 ああ、駄目だ涙が止まらない。

 潰れた心からみ出して、そのまま涙から溢れ出て。


「――――…………っ、…………、…………」


 ついに耐え切れずに、言葉として口からも溢れ出す。


 もう理性じゃどうにもならない、私の中の乙女が溢れ出す。

 封じ込めていた感情が溢れ出す。


 イザベラの裏切り。

 冤罪による糾弾と追放。

 家族と別れたこと。

 くも膜下出血で倒れたこと。

 半身麻痺で恋人と別れたこと。

 恋人に別れを告げるために動かない体で四十分かけて打ったメッセージが一分で返信されたこと。

 辛いリハビリ。

 辛い入院生活。

 やっと立ち上がって色んな福祉制度とかを使ってなんとか資格勉強を始めて。

 何とかやっていこうと思った矢先にバナナの皮で死去。

 色んな未来の中から誰とも恋に落ちない選択。

 やっと出会えた彼との別れ。


 どうしようもないから理性で大人として割り切ってきたメリィベルとしては理不尽な事柄の全てが。


 今、私の中で暴れ出す。


 机に水溜まりができるくらいに、言葉が出てこないほどに私は泣きじゃくる。子供のように……いや十七歳は子供か。


 でも、


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