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第十三話

 別に私は前世の記憶を思い出しただけで、間違いなくピチピチの十七歳なんだから別に十六歳の男の子と恋に落ちようがチューしちゃおうが別に問題はないんだけど。

 同時に三十歳のまあまあなおねえさんでもある私は、なんか私の中にある倫理観というか良識を破って悪いことをしている気になる。なんか騙している気になる。

 法的にも状況的にも事実として何一つ悪いことはしていないのに、体感三十の女が十六歳の男の子に手を出すってモラル的にどうよって話。


 これ他のかつて居たっていう異世界転生者はどう折り合いを付けたんだろ……、いや別に転生してきたのが大人とは限らないだろうし前世の記憶が戻るタイミングも大人になってからってこともあるのか……。


「………………あー…………煙草行こ」


 私はベッドから身体を起こして、上着を羽織って台所に向かう。


 煙草は外か窓を開けるか換気の出来る台所のみとアキ先生と決めている。夜だし寒いし外には出たくないし自室の暖かい空気を外に出したくもないので台所一択だ。


 暗い廊下と階段をオイルライターで照らしながら通って、台所の扉を開けたところで。


「…………――――ヒッ、…………ハッ、ハァ――――――……ハッ、ハッ、ハァ……ッ、ハッ」


 と、苦しそうな呼吸が聞こえる。


 すぐに台所を照らす。


 そこには胸を抑えてうずくまって汗だくで過呼吸に耐える、ネモの姿があった。


「ちょ……っ、どうしたの⁉ なんで……、落ち着いて、えーっと袋は――――」


「――――すま、すまっハッ、すまな、い。みずっ、水をハッ、飲めば……っハッ、おち、つくと、おもっ、おもっ……ハッ、ハァ――――、ハッ」


 私が慌てて駆け寄ると、彼は真っ青な顔で笑顔を作って私を安心させるように言う。


 ……これ、


 毎晩ではないにしろ、夜一人になってから一人で考え込んで考え過ぎて発作が起こることもあるだろう。

 夜に発作が起こったらベルを鳴らして私と先生を呼んでって言ったし、最初の方は呼んでたけど……。


 確かに良くなり過ぎていた。

 デートするようになって、色々と見て回るようになって成功体験を増えてや常識のズレがなくなってどんどん心が楽になって……かなり快方に向かっているのだと思っていた。


 でもそんなわけがない。

 人と話すことすら出来ず薬を飲み続けないと発作を抑えられないほどの心因性疾患が、こんな簡単に良くなるわけがない。

 早く王都に戻りたい焦りから私たちに良くなったと思わせたかった……? いや多分違う、そんな本質的に意味がないことを彼はやらない。


 かっこつけてたんだ。弱いところ見せたくなくなったんだ。男の子なんだ。


「ちょっと待ってて袋とアキ先生を――――」


「ヒッ待っ、ヒ――――ッ……ハ、待っ……て」


 私が彼から離れようとしたところで彼は私の上着のすそつかんで。


 さみしそうな顔で私を止める。


 ああ、どうしようもない。

 これはもう、駄目だ。


 私はティーンエイジャーではあるけど同時に私の中には三十くらいのまあまあなおねえさん。


 前世でノンプリをやり込んで、全キャラに対して攻略やら考察やらを巡らして自作フィギュアを原価回収くらいの値段で販売して語りたいタイプの、でも一般良識やモラルのあるオタク女だった。


 でもこれはもう攻略でもないし正しくなくてもいい。


 

 


 私は崩れるように、床に座り込む彼を抱き寄せる。

 そのまま彼の頭を私の胸に埋めるように抱く。


 メリィベルはまあまあ胸が大きい、前世がHカップだった私としてはもっと小さくて良かったんだけどまさかここで役に立つとは思わなかった。


 彼の呼吸を落ち着かせるために、ぎゅっと抱きしめる。


 しばらくそのままで、彼を抱きしめて。

 少し呼吸が落ち着いたところで彼は顔を上げた。


 目が合う、見つめ合う。


 優しい眼差しで、言葉がなくてもありがとうと伝わってくる。


 私はそんな彼の瞳に吸い込まれるように。

 唇を重ねる。


 どのルートにも行かなかったから。

 この世界における私のファーストキスだ。


 この時のためにとっておいた……なんてロマンチックなものじゃなくて袋を取りに行けないから暫定的な措置。

 人工呼吸の要領で、私の吐いた二酸化炭素で取り込みすぎて上がった酸素濃度を下げつつ正しい呼吸のリズムに戻していく。つまり袋の代わり。


 いや、これも違う。


 こらえられなかった、私は彼にキスをしたかっただけだ。


「――――――落ち着いた……?」


 何度か息継ぎをして何度も唇を重ねて、しばらくして私は彼に問う。


 急激に顔が熱くなる。

 やっべえ、ここにきてイッキに恥ずかしくなってきた。


「…………いや」


 彼は落ち着いた声で。


「足りない」


 そう言って、再び唇を重ねた。


 うん、そうだよね。あんな医療行為っぽいのはノーカンだ。


 私は目を閉じて、普通のキスを受け入れた。


 この日から私たちは完全にお互いを恋人と認識して、隙あらばイチャイチャするようになった。

 まあ今までもイチャイチャはしてたけど、なんというかイチャイチャしちゃってるんじゃなくてイチャイチャしたくてイチャイチャするようになった。


 昼間は病室だったり診療所の裏だったり夜はこっそり私の部屋だったりでイチャイチャした。要するにお互いに我慢していたところが決壊して、歯止めが効かなくなった。


 そんな日々を一週間も続けていれば――――。


「――――まあ、わけで……」


 私は隣で眠る彼の髪をでながら呟く。


 もう少し寝顔を見てたいけど、今のうちにパンツだけでも履いておこ……。


 思ったより罪悪感はなかった。

 結局のところ私はどこまでいっても乙女で、恋をしたら何も関係がなかった。

 もちろん関係ないとはいえど妊娠や衛生面にも気をつけてたし、なるだけ音とか声とかにも気をつけてたけどね。そういう配慮はある。


 ベッドの端の方にあった冷たいパンツを足先で捕まえて毛布の中で腰を浮かして履いてから、改めて彼の寝顔を眺める。


 可愛い。

 こう見るとちゃんとティーンエイジャーだ。


 これも成功体験の一つになってくれたらいいな……。

 なんて考えながら、彼の髪を撫でる。


 朝方には自分の部屋に戻らなきゃだから、それまでこの寝顔を堪能させてもらおう。

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