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第十一話

 この好意は私がメリィベルだから生まれているものなら、それが彼の王家……次期国王としての判断能力を損なわせている可能性もある。


 恋は人を救う、恋は人を成長させる。

 ノンプリ的にはそうだけど現実として、恋は人を駄目にすることの方が多い。


 ここはメリィベルだろうがなんだろうが、れたれたで正常な判断や危機感が出来なくなるのは良くない。しかもこれは単なるティーンエイジャーの話じゃなくてこの国の未来に直結するような話だ。

 せっかく原作改変をして二十年後に起こるノンプリⅡの悪夢を遠ざけることが出来たかもしれないのに、ここで私が甘やかして彼を駄目にしてしまうのは絶対に駄目。


 私のような謎の追放令嬢は、ちゃんと怪しまなきゃ駄目なのよ。


「…………いや、ないだろう。親友の話をしていたのは私が身分を明かす前だ。ある程度私の身分を推測出来ていたとしても、わざわざ人形まで作るようなことをする必要ない。それに現状の私にそんな発言権はない、私のような病んだ若造の言葉より法曹界を統べるローグ候爵の裁量の方がこの国において真っ当で重い。そのくらいのことは賢い君なら十二分に理解をしているはずだ」


 彼は私の言葉を冷静に考え直して、理路整然と否定する。


 ぐ……、いや確かに。

 やや自分を卑下しすぎなところはあるけど、フルカラ王国の法を遵守して常に公平を目指すローグ候爵の決定を王家が感情的に否定するのは王国の法自体を否定するのと同じだ。


 例え彼を懐柔したとして、主張してもらったとして第一王子だろうと国王だろうとくつがえすには至らない。

 ここまで貴族社会に詳しくて、国政を理解している私がそんな浅はかな策略を巡らせることはないし。

 確かに親友想いアピをするにしても、石粉粘土でフィギュアをフルスクラッチしてみせるのはコスパが悪すぎるし気持ちも悪い。


 ちゃんと冷静で賢い……、流石第一王子それはそれこれはこれとして考えている。

 なんて私が感心していると。


「いや……すまない。何者でもない僕が、君の無実を証明することも保証することも出来ない者に信じられたところで何の力にもならないな……」


 彼は落ち着いた様子というか、意気消沈した様子で私に言う。


 一人称も僕に戻している、冷静にはなれたようだ。

 でもまだ自信はないみたいね……。

 発作を抑えられるくらいの感情抑制は出来るようにはなったみたいだけど、根本的なところはもう少し時間がかかるか。


「ううん、ありがとね。私こそごめんね、確かに私はやってないよ。でも悲観的にもなってないし怒ってもない、イザベラは無事だったしここでの暮らしも気に入ってるしね」


 私は素直な感謝を伝える。


 これは真実を隠しているという点に目をつむればおおよそ本音である。

 ご飯も美味しいし、風邪薬作ったり鎮痛剤を作ったり骨折を固めたり、芝生の上で煙草を吸ったり、源泉かけ流しの温泉入り放題だったり。


 何より望んだ結果、私はここに居るんだから。


「だが犯人の目的はなんだ……? ローゼンバーグ公爵家に嫁ぐ可能性のある令嬢の排除…………、その為にイザベラ嬢に毒を盛った……空席になった次期公爵夫人の座を狙った……? なら犯人はその座を狙える位置の貴族家というのであれば伯爵位以上の貴族が関わっている……、だが何故ローゼンバーグなんだ? 狙うなら工業発展推進派のアランドル公爵家に嫁いだ方がこれからの国政には影響力も大きいはず…………いや工業発展推進派がローゼンバーグの動きを握るために行った……? いやしかしそんな危ない橋を渡るようなことをする必要性も……――――」


「まあ考えても仕方ないわよ。安楽椅子探偵でもあるまいし優秀な捜査機関が王都で血眼になっても見つからなかったんだから、辺境の地でティーンエイジャーが考えたってわからないものはわからないよ」


 彼が下を向いてがっつり推理を始めたので、私は彼を止める。


 このまま推理が伸びて、現状誰が一番得をしたかって角度で思考されてしまうとイザベラの犯行に辿り着いてしまうかもしれない。


 彼は勘が良い。

 万が一にもイザベラの犯行だと知られてはならない。

 そんなことになればやっとこさ辿り着いたこのバッドエンディングが無駄になってしまう。


 彼女には最大限に公爵夫人として才覚を大いに奮って、幸せになってもらわなくてはならないのだから。


 とりあえずは最初に辿り着くであろう『そんな悪事を働く貴族は既にアダムスキーによって粛清されていて立証しようがない』という結論で納得してほしいところだ。


「………………それもそうか……、捜査機関の優秀さを信じて朗報を待とう」


 彼はそれ以上考えるのを止めて、優しく微笑みながら言った。


 そこから。

 彼は私への好意を向けるようになった。


「メリィベルは医療に従事する者なのに、煙草を好むのは何かあってのことなのか? 身体に悪いものなのだろう」


 少し離れた風上の位置からネモは私に問いかける。


 なんか受動喫煙的な観点から喫煙中は私だけって感じだったけど……煙来ないように対策してきやがった……。

 めっきり冬めいてめちゃくちゃ寒いし曲がりなりにも患者なんだから病室にいて欲しいんだけど……。


 まあ……、いいか。


「あー、アキ先生が吸ってたから興味本位で一本貰って吸ってみて…………そっからかな」


 私は風下に煙を吐きながら、彼に答える。


「これはアキ先生の持論なんだけど。人の健康に重要なのは食生活と睡眠時間と適度な運動とそもそもの体質、それにストレスの散らし方。これらがしっかり出来ているのなら、身体は煙草程度に負けない。百まで生きていられるってね」


 そのまま煙草というものついての見解を語る。


 この辺の倫理観は、前世の私が暮らした現代日本的なものってよりこの世界に寄ったものの考え方かもしれない。


 多分アキ先生の言ってることも間違ってはないんだろうけど「だとしても身体に悪いんだから吸うなよ」ってのが現代日本っぽい考え方なのかな……? まあそれもそれでその通りすぎる、実際私も前世では煙草は吸わなかったし。


「私はそれらを守った上で煙草をたしなんでいる。まあ身体には悪いのは間違いないんだけどね、他がおろそかになってたり体質的に合わないんならやめた方がいいけど」


 さらに私は医療従事者として、最低限ちゃんとしてることを伝える。


 まあでも。

 煙草を吸っていても健康的に長生きすることもできれば、煙草を吸ってなくても突然脳の血管が弾けることもある。


 前世の私は家系に死因がくも膜下出血の人間が多かったので、煙草はもちろんお酒も年に数回程度しか飲まないような生活を徹底していた。

 こればっかりは子供の頃から両親から口すっぱく言われていたし、私も怖かったから気をつけた。

 でも結局くも膜下出血で倒れて、半身麻痺の影響もあってバナナの皮で死んだ。だから私自身あんまり煙草だとかお酒だとかじゃなくて、体質による影響の方が人の生命には深く関わっていると思っている。


 だから今世では煙草を吸ってみた。

 サンブライト伯爵家は、くも膜下出血になりやすかったり癌の出やすい家系でもないしね。

 関係ないなら前世では出来なかったことをしてみたくもなる。

 今現在フルカラ王国では喫煙に関する年齢制限はないしね。もちろん子供や妊婦には絶対に吸わせないものとされてるけど、大昔の日本と似たような感じ。

 きっとそのうちちゃんと年齢制限とか禁煙区域とか整備されるんだろう。


 ああそれと、私は喫煙を推奨することはないよ。モグりだけど医療に従事する者、煙草は身体には悪いから基本的にやめといた方がいい。私は健康に自信があって自己責任で嗜んでるだけだからね。念の為。


「ふむ……、僕も一本試してみたいのだが――」


「駄目です。最低でも呼吸器疾患が治って、数年は経過を見てからだし男性は成長期も長いから…………二十歳を過ぎた段階で健康的な生活を送れていたらその時に試してください」


 私は彼の要求をかなり事務的に拒否する。


 これは駄目、これを良しと出来ないほどに今や私はどっぷり医療従事者なのだ。モグリだけど。


「そうか…………では、もう少し近くに寄っても良いか? 君の近くに居たい」


 さらりと、彼はそんな素直な甘え方を見せる。


 ぐ、ぐぬうぅぅぅぅぅ…………。


 何よこれ……、結局この話もまるっと煙草吸ってる時も一緒に居たいからってことだったの……?

 可愛げがありすぎる…………っ、何これ……もし私が中身までティーンエイジャーで、一つ年下の美少年にこんな甘え方されていたら鼻血をいていたところだ。

 でも落ち着け……、私はまあまあなおねえさんの記憶と精神性を有する見た目以上に大人だ。


 ここは動じず冷静に余裕もって。


「…………少しだけね、もう一歩……二歩ならいいよ」


 かろうじてにやけ顔を噛み殺し、私は許容をする。


 だってそりゃ、まんざらじゃないに決まってるじゃない……私の前世は乙女ゲーをやり込む青春を送るような女子だった。


 この手のシチュはめっちゃツボなのだ。

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