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第十話

 して、診療所に戻ってからも。


「南の産業はモーフィング子爵家やランドール伯爵家やディアマンテ伯爵家が主に雇用の中心となっていて、それらをバート候爵家がまとめていてさらにそれをアランドル公爵家が統括してる感じ。技術開発を進めてるのもこのあたりかな」


 私は彼の地理的な知識に、より具体的な情報を補足する。


 外伝ノベライズや設定資料集やノンプリⅡまで含めたあらゆる貴族家や情勢の流れを網羅しているからね。

 伯爵令嬢として見しった知識もあるけど、多分私は結構この国について詳しい部類に入る。


「なるほど……、それがアランドル公爵家による南の鉱山採掘権分配をしたことから繋がっているのか。資源を提供する代わりに開発などの方向性や決定権を……ふむふむ」


 彼は私の話を聞きながらノートに自分の知識と噛み合せるようにメモを取っていく。

 知識の穴を埋めて、知識と現実の差異を修正している。


 こういう話だけじゃなくて貴族の性格とか……まあキャラクター設定的な話もしていたりもする。

 伯爵令嬢とはいえメリィベルが知るよしもないことに関しては一応自重はしているけど、まあ追放された私には正直関係のない世界なのでそれほど気を使ってはいない。


「メリィベル、君のサンブライト伯爵家は…………いや遠回りはやめよう――」


 彼はそう前置いて、メモを取るペンを止めて。


「――? どうしても君が犯罪に手を染めたようには思えない」


 真っ直ぐに私を見て、率直にそれを聞いた。


 あー……、まあそりゃあ気になるよね。こんだけ懇切丁寧に貴族界隈の話をしているのが追放令嬢って意味わかんないし。もうとっくに追放令嬢が珍しい存在ってことも理解してるだろうしね。


「まあ冤罪よ。私がイザベラ・ムーンライト伯爵令嬢に毒を盛って命を奪おうとしたってことで、殺人未遂で拘留の後に王都から追放って感じ」


 私は追放の概要をさらっと彼に伝える。


 もちろん私が異世界転生者のノンプリオタクで原作改変を目論んでの行動ってことは言わないけど。


「イザベラ・ムーンライトというと……君の言っていた親友か」


 神妙な面持ちで、彼は返す。


「あ、イザベラは無事……まあ後遺症はあるみたいだけど日常生活に支障がないくらいには回復したみたい」


 私は彼に心配させないようにあっけらかんと返す。


 まあ実は私は殺人未遂容疑で拘留されてから今に至るまでイザベラには会ってないので、イザベラが生きているということ以外は知らないんだけど。

 ノンプリでのイザベラは自身で毒を飲んだ上に後遺症が残ったことで、極刑や禁固刑ではなく裁判長のローグ候爵によって追放刑を言い渡されることになった。既に罰の半分を受けていると判断されたらしい。


 だからイザベラが無事ということだけはわかっている。


「……何故イザベラ嬢が狙われたんだ?」


 真剣な口調で彼はさらに問う。


「……さあね。でも私とイザベラは医学を学んでいてロート……ローゼンバーグ公爵子息と友人だったから、それを快く思わなかった人がいてもおかしくはないんじゃないかしら」


 私はイザベラの次期公爵夫人の座を狙った自作自演による犯行という事実には触れず、メリィベルが劇中でも最初に考えた可能性を答える。


「……だが何故に君が犯人ということになったんだ? 親友なのだろう」


 やや力の籠った声で彼はさらに尋ねる。


「私が振舞った食事をとった直後にイザベラが倒れたの。幸い私やロートもその場に居たしローゼンバーグ公爵邸の近くだったから迅速に処置をすることが出来たんだけど」


 私はあっけらかんと、事件の概要を伝える。


 まあこれも真実抜きの客観的な事実のみでの話だけど。


「私は薬学専攻でイザベラが飲まされた毒は私にも入手が容易だったし、その少し前に私の従兄弟がイザベラとトラブルになっていたりとか、まあその……わりとロートに好意を寄せていたからロートと仲の良いイザベラに嫉妬していたであろうっていう動機も状況証拠も沢山あった」


 取り調べや裁判でさんざっぱら言われたことをそのままつらつらと私は語る。


「でも物的証拠はなかった。捜査機関が血眼になって探したけど見つけられなかったんだけど、私が無実という証拠も見つからなかったの」


 私は新聞記事のような表側からの情報を語り続ける。


「拘留にも限度はあるしまだティーンエイジャーだし物的証拠もないってことで、ローグ候爵は容疑者筆頭位置の私に追放刑を課した。まあ暫定的な処置として私を王都から離すことにしたのよね。もし無実が証明されたら王都に戻して、無実の証明がされなかったらそのまま追放刑を続行して犯行の物的証拠が上がったら改めて刑を定めるみたいなことにしてるんだと思う」


 淡々と私が追放に至る流れを語る。


 まあこれは推測も混じっているけど、おおよそこんな感じで間違いないとは思う。

 というか私は、イザベラと入れ替わるくらいに考えていたので当然原作でイザベラが追放になったように私も追放刑になると想定していた。原作にもここでバッドエンディングがないし、メリィベルがどうにかなる分岐はなかったから。

 だけど土壇場でそういやイザベラと状況が全然違うから普通に禁固刑……最悪極刑まであるぞ? とようやく思い立った。


 結局私は追放刑になったんだけど、これはわりと単なる幸運でしかない。


 これがメインヒロインとしての奇跡補正なのか単純なラッキーなのかはわからないけど、私はなんだかんだ達者に暮らせているので何よりだ。


 なんてしみじみと考えていると。


「何故君は……そんなに落ち着いていられるんだ……っ」


 うつむいて、やや力がこもった声で彼は洩らす。


「……さあ、本当に私がやったからとか?」


 私は彼の力を抜くように、からかうような態度で返す。


 落ち着いている理由としてはもちろん、原作改変が成ったから。まだ完全にノンプリⅡへの繋がりを断つことが出来たのかはわからないし、イザベラがロートとくっついたかどうかもわからないんだけど。


 やれることはやり切った上に私は生きている、文句のつけどころがないのだから。


「っ……そんなわけがないだろっ‼ 君が……! 君がそんなことをする人間ではないことくらいは、私にもわかる……っ」


 私の態度に彼は声を荒げる。


 やっば逆効果だった、想像以上に信用されてしまっていたようだ。

 あんまり興奮すると発作が出てしまうかもしれない、とりあえず一回落ち着かせないと。


「ちょ、ちょっと落ち着い――――」


「君は医療に従事して! 勤勉で、物知りで、優しくて、面白くて…………、親友を想っていた君が! そんなことをするわけがない!」


 私の静止を振り切るように熱く、私についての評価を述べる。


 想像以上の高評価……好印象……いやか?


 確かに彼からしたら私は、隔絶された生活から放たれて最初に出会った同世代の女子であり。

 何より私はメリィベルなのだ。

 私は体質的にメインヒロインというか、イケメンに好意を寄せられやすい。ノンプリはえない女の子が突然モテ期到来パターンじゃなくて、メリィベルが可愛くてかつ健気だからモテるという現実的で硬派な設定を貫いているからね。

 自分で言うのもなんだけど謙遜もおごりも抜きで過不足なくばっちり美少女だし、これだけデートを重ねたら彼が私に多少なりと好意を向けるのは仕方ない。


 


「……信用してくれているのは有難いけど、私がマジに極悪人の毒殺令嬢で第一王子であるあなたの地位を利用して王都に返り咲こうと良い人を演じているだけだったらどうするの?」


 私は好意を受け流して、ちゃんと現実的な危機感を与えるように返す。

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