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第九話

 そうだよね。

 わかるよ。王家とかそういうのは全然わからないけど。


 私にはわかる。

 何も出来ずにただ生きていくことを強制させられる怖さは、嫌というほどに私は病院のベッドの中で思い知らされている。


 私がそこから立ち上がったのは、イザベラ……いやノンプリのおかげ。


 ノンプリ的な悩みが相手だったら、ノンプリ的な解決策を提示するまでの話だ。



 私はあっけらかんと、彼に返す。


 はノンプリという作品における回答だ。

 究極、全てのルートはに帰結する。


 もちろん様々な紆余曲折があって、どのタイミングでこの結論にいたるのも様々だし一つとして同じ答えではないけれど要約すればこうなる。


 つーかまあ、元も子もない話だけど。

 ティーンエイジャーが何者でもないなんてのは当然で必然だからね。


 なんか将棋だとかゴルフだとかの競技で若くして常軌をいっした成績を収める天才なんてひと握りどころかひとつまみも居やしない。


 十代まで準備して、二十代にがむしゃらにもがいて、三十代でやっと着地をどうするかが見えてくるかどうかってくらい。

 もしかすると四十代でもまだまだ色々あるだろうし、五十代でもそうかもしれない。


 ティーンエイジャーの段階で、何者になれないなんてことが決まることはない。

 そりゃあスポーツ選手とか年齢制限や活動時期に制限があるものにはなれないかもしれないけど、それ以外のものになればいいだけだ。


 つまり、彼は心因性の呼吸器疾患さえ克服出来てしまえば何にでもなれる。気合い次第で王様にもなれる。

 その資格は既に有している。

 彼が十二年間も絶えずに耐えて、守り抜いたものだ。


「……簡単に言うなよ、そんな簡単に人は――」


「――簡単には言ったけど簡単だとは言ってない、人生舐めるんじゃあないわよ。何をしようと何になろうと簡単なことなんかない。誰だって必死こいて何とかしようと生きてるんだからさ」


 私は彼の言葉へ被せるように、完全に大人の道理を突きつける。


 厳しく……いや厳しくもないか。

 これは単なる現実であり、ただの事実だ。


「ネモさんの場合はまず心因性の呼吸器疾患を治すこと。その根本にある自身は無力であるという勘違いを解くことを、これからやればいいだけよ」


 私は驚く彼に、難しいことを簡単に言ってのける。


 


 人は子供の頃に複数の人から褒められたことを得意だと思い込んで好きになる。

 好きなことは継続しやすくなるし追究して探究したくなり、結果として本当に得意となる。


 多くの貴族子息令嬢は、家によって特筆する何かがある。


 例えばローゼンバーグ公爵家は医者の家系で医療福祉関連の統括や国内にいくつもある病院の経営や新薬研究などを行なっている。

 ローゼンバーグ公爵家嫡男であるロートも、幼少の頃から医学や経営学を教えられたことにより同年代の子を圧倒する医学的な知識や割合やグラフ計算などの数学的な思考力を持っていた。


 恐らくifアダムスキールートのヒロインである法曹界を統べるローグ候爵家のミランダも、幼少の頃から法律の成り立ちや意味と様々な判例から裁量を学んで他の子供を圧倒する法知識を有していただろう。


 私、メリィベルのサンブライト伯爵家ですら商業や物流に関して幼少の頃から学んで四則演算やら地理や特産品の知識は他の子供と比べてそれなりに優れていた。


 これが貴族家における英才教育。

 成功体験と血統が持つノウハウによって完成していく。

 単純な話、自分しか学んでないようなことを持つ子供たちが互いを見合って「これは私の方が凄い!」と思って得意を伸ばす方向に進むよう調整されている。


 恐らくカラリア王家の場合も、王家だからこその知識や思想などフルカラ王国を統治するに当たって必要な精神を育んでいく。


 貴族家を束ね、民を導く、自信というか確信……いや覚悟を育てる。


 でも、隔離されて育った彼には比較がない。

 評価をされたことがない。

 成功体験が極端に足りていない。


 世間とのズレや常識の差異なんてものは賢い彼ならすぐに修正出来るだろう。こんなものはフィールドワークとコミュニケーションの回数と時間の問題でしかない。


「――さて」


 私は芝生からお尻を浮かせて立ち上がりながら。


「じゃあとりあえずデートに行きましょうか」


 笑顔で芝生に座って困惑の表情を浮かべるネモに、手を差し伸べながら言った。


 私はメリィベル・サンブライト。

 青春恋愛シミュレーションゲームであるノンプリにおけるメインヒロイン、私が他人の人生に干渉するのならこれが一番だ。


 アキ先生に許可を貰って、彼を連れ回すことにした。


 森に入って樹木を見たり鳥を見たり。

 牧場に行って動物を見たり馬に乗ったり。

 田畑での大根と白菜の収穫を手伝ったり。

 商店を回って買い物したり。

 近くの町にも行って色々見て触って体験した。


 彼は一つ一つ、食い入るように観察して咀嚼して吸収していったというか学んできた知識と実施が噛み合って理解が少しずつ自信に変わってきているようだった。


 さらに合気道の道場では。


「ッ! ……………凄まじいな、まるで敵わない」


 ネモは投げられて腕をめられたところで畳を叩いてかれ、立ち上がって頭を下げながら相手をたたえる。


「こちらも、君が受け身を取れるから安心して投げている。まさかほんの数時間である程度の体得に至るとは驚いた」


 はかまを直しながら、道場の師範がネモに返す。


 確かにネモの習得速度は凄まじかった。

 アキ先生に道場を紹介してもらって、ネモと一緒に合気道を体験しに来たんだけど。

 最初の一時間はみっちりとストレッチをして、そこからひたすら受け身の練習だった。


 私は正直格闘技のようなものに全く明るくない、伯爵令嬢メリィベルの人生にはもちろんのこと前世でも空手の人と柔道の人が着ている服が違うものってのを大人になって知ったくらいにうとい。


 だからなんかこう……もっと体育会系というか「押忍!」とか「アチョー!」みたいなものを想像していたけど、子供たちに混ざってストレッチと倒れ込むような受け身の繰り返したりどちらかというとヨガとかピラティスみたいなノリに近い感じだった。


 でもネモがあまりにも早く受け身を習得したので師範が特別に色々見せていたら出来てしまい、さらに色々と技やら動きやらを教え込まれて私は子供たちと一緒に師範とネモの取り合い? 組手? みたいなのをずっとながめている状態だ。


 実際、ネモの学習スピードは異常だ。

 ここ数日デートに行きまくって思ったけど彼はハイスペックが過ぎる。


 ちょっと面倒な距離や時間や割合や確率の計算を瞬時に導き出したり。

 牧場での乗馬もあっという間に習得してしまったり。

 地理的な名産物や人口などの知識も凄まじいので店や田畑を見て回っただけで国内の物流を把握してしまう。


 さらに、このフルカラ王国の法律も網羅しているのだという。


 これに関しては常軌を逸しているとしか言いようがない。

 計算能力とか運動神経とか地理知識とか王家が求められる教養って高いんだなーとか、そんな教養を十二年間もみっちり高めて来たんだなーとか、そんなことを思ったけれど法律はそういう問題じゃあない。

 もちろん次期国王として法の知識に明るくないとならないとは思うけど、そもそも王家が全ての法律を網羅できるのなら法曹界の中心であるローグ候爵家は必要ない。


 貴族はそもそも王国がになう業務を細分化して、王家以外の家に任せるところから始まっている。

 だから王家はローグ候爵家があるので、全ての法律を網羅するようなことはする必要がないし出来なくてしかりだ。


 それが出来てしまうのが彼である。


 彼は多分天才のたぐいだ。

 ジョーヌとかイザベラとかと同じタイプ。


「まだこの村にはいるのだろう? 気が向いたら顔を出すといい、君はもう少し合気に触れてみた方が良い」


 体験……いや稽古を終えた合気道の師範がネモにそう言って見送った。


「で、楽しかった?」


「ああ、とても楽しかったね。脱力に重心移動と身体を通る力の流れを柔らかく攻守一体に使う。さらには意識や精神や心……気という概念。筋力以外に出力するっていうのは知らない身体操作で――――」


 診療所への帰り道に私が尋ねると、ネモは嬉々として体験の感想を語る。


 格闘技どころか運動もからっきしな私には、その魅力はいまいちわからなかったけど彼は大変お気に召したようだ。


 知らないことを何でもかんでも吸収して、歪に出来上がっていた教養の穴や隙間を埋めていくのが楽しくて仕方がないらしい。


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