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第八話

「でも、絵画コンクールには応募できなかった。まあ僕が描けたのは城の内装だけだったからね、窓の位置とか私室とか廊下の長さとか……もれなく国家機密に触れるものしか描けなかったから当然、側仕えや護衛の者たちによる検閲で却下された」


 笑い話のような空気で笑えない話を続ける。


 これはうっかり話なんかじゃなくて、自分の住んでいる場所を絵に描くことすら出来ないほどに徹底して外界から隔絶されているということだ。


 恐ろしい、これは怖い話だ。


「これは仕方ないことだし、その年のコンクールは僕らとそれほど年頃の変わらない天才芸術家の少年が国王陛下賞を賜ったらしいし、応募できていたところで僕のような素人じゃどっちにしろ入選も出来なかっただろう」


 穏やかな声で語りは続く。


 これはジョーヌルートの話だ。

 ジョーヌはこの後、王都で一番の画家として様々な作品を発表して富や名声を得るのだが。

 事故で利き手を負傷して絵が描けなくなってしまい、今までの貯えで荒れた生活をしていたところにメリィベルと出会う……。まあこの世界では私は会ってないんだけど、メリィベルと出会わなかった世界線のifノベライズでは攻略キャラ全員なんだかんだで達者に生きているので別に救済がないわけではない。念の為。


「そこから僕は時々、目眩や息切れを起こすようになって食事も戻してしまうようになって、過呼吸で動けなくなり二度ほど気を失った」


 さらに彼は症状について語る。


 …………ね。

 今は少し違うんだろうけど、彼は自身のストレスを自覚すら出来ていなかったんだ。


 王家だろうと子供は子供、物心ついたころからの隔離生活が彼にとっての通常で常識で世界だったとしても少しずつ異常さや異質さを理解してしまう。

 特に彼は弟や妹の生活を聞かされている、大義によって隔絶を矯正されていてもストレスは溜まるし精神的に疲弊もする。


 それらはやがて顕著に、身体に表れる。


「城の中の医師だけではどうしようもなくなり、急遽この国で最先端医療を研究しているローゼンバーグ公爵を専属医として迎えた」


 彼の語りは続く。


 ローゼンバーグ公爵……ああそっか、ロートルートで最近父親が忙しくて話すことが出来ていないってのはここから来ていたのか。思わぬ繋がりをみせるのね。


 それは公爵様も息子を蔑ろにもする……、相手は王家どころか第一王子だ。仕方ない。


「でも、僕は良くならなかった。ローゼンバーグ公爵は原因を特定出来てはいたらしいけど、公爵では手の施しようがなかったんだ」


 語りは続く。


 まあ……、そりゃあ公爵じゃあどうしようも出来ない。

 心因性の呼吸器疾患…………、治すなら精神的な不安と向き合わなくてはならないが。


 その原因は、王家の思惑による隔離の他にない。

 五爵最高位の公爵とはいえ、原因を取り除くことは不可能だ。


「焦りはどんどん強くなった、朝起きて同じ景色を見るだけで息が出来なくなった。投薬で発作を抑えていたけど、限界は近かった」


 続けてさらに症状について語る。


 投薬による抑制、恐らく呼吸器に対するものではなくて精神安定剤のようなものだと思う。


 でもこの世界の薬学だと、その手の薬は極端に眠くなったり虚脱感を伴うものが多い。

 ローゼンバーグ公爵は名医だから副作用はかなり抑えて、用法用量は抜かりないとは思うけど……彼にとって何も出来ない時間がさらに増えるというのは……症状の悪化に繋がる。


「そんな中、ついに終わったんだ。一人の軍人によって国を仇なす貴族の掃討が」


 彼は少し震える声で、そう言った。


 アダムスキーによる粛清の終わりは、時系列的にいえばロートルートの毒殺冤罪裁判より後だ。


 ifノベライズでは最後の戦いで大怪我を負って、そのままローグ侯爵家によって身柄を保護される。そのままローグ侯爵令嬢と恋仲になるみたいな……時系列的に多分私はもうこの辺境の地に追放されている時だ。


「それは僕の隔離の終わりを意味していた。故にトントン拍子で僕の復帰式典の話が進んだ…………でも、僕はその時にはもう薬を飲まなくてはまともに人と話すことすら出来なくなっていた」


 少し低い声で語りは続く。


 そんな状態で復帰式典……、プレッシャーが強すぎる。無茶だ。


「そこでローゼンバーグ公爵が無理を通して、僕の療養を提案した。、提案したんだ」


 彼は語りの締めくくりに、柔らかな口調でそう言った。


 なるほどね。


 公爵とはいえ王家相手にそんな提案をねじ込むなんてローゼンバーグ公爵はなかなか頑張ったんだと思う。


 彼の症状を考えたら、今の環境から一回離れた方が良い。

 医療従事者として、福祉関連や教育などに力を入れるローゼンバーグ公爵じゃあなきゃ通そうと思えない無茶だ。


 それ療養先にこの辺境の地にある村を選んだのにも、ローゼンバーグ公爵が絡んでいるのなら納得が出来た。

 辺境の医師、アキ・フォルトナー先生はローゼンバーグ公爵の医学の師匠にあたる。これは設定資料集やロートのifノベライズにも出てくる情報なので私は知っていた。


 それにこの辺境の地にある村は、治安がすこぶる良い。下手したらこのフルカラ王国で最も安全な場所といえる。

 ちょっと本筋からズレるからあんまり触れている場合じゃあないけど、この村には何百年か前に私のような異世界転生者が現れていたようだ。

 その異世界転生者は私のようなノンプリオタクではなく、どうにも合気道……? か何かの達人で、当時隣国のセピアラとの争いで治安が悪かったころに外敵から村を守るために村人たちに護身の為の合気道を教えたとかで村の防衛率が凄まじく上がったとか。

 それで村には幾つも合気道の道場が出来て、ここの村人たちは老若男女もれなく合気道を使えて悪さをしたらぶん投げられるらしい。

 この村出身のアキ先生から聞いた、もちろんアキ先生も合気道を使える。前に杖が折れて転びそうになったのを華麗な前受け身によって無傷で立ち上がった。


 まあとにかく。

 ローゼンバーグ公爵が信頼する師匠が居て、王都から離れていて、安全性が確保出来る場所としてここを選んだ。


 でも妙……いや、やっぱりそういうことなのかな。


 確かに安全だけど、今ここには私がいる。

 社交界を恐怖のどん底に突き落とした、毒殺令嬢メリィベルがいる。


 そんな凶悪犯の追放先に、第一王子を送り込むなんて有り得ない…………でも。


 多分、ローゼンバーグ公爵は私の冤罪を信じている。

 少なくとも第一王子に害をなす存在ではないと認められていることになる。


 確かにロートとの親子仲をイザベラと共になんとか取り持ったり、医療に対して真面目に取り組んだ姿勢は評価されていた。

 そもそも私の追放先として辺境の村に指定したのは誰だ……? もしそれもローゼンバーグ公爵なのだとしたら、公爵はメリィベルの解決力というかメインヒロインの力を信じたのか……?


 私が投獄されている間に追放先は決まっていたし、彼の療養先が決まったのは私の追放後というかそもそも極秘事項だからどちらも知るよしもないんだけど。

 ローゼンバーグ公爵はメリィベルと彼を邂逅させることによって、快方へと……解放へと向かうことを期待しているのか?


 どうして私をそこまで信頼してくれたのかはわからないけれど、何かが好転することを願った。


「…………だから、あなたはここにいるってわけね」


 私は彼の語りをゆっくりと咀嚼して飲み込んで返す。


「ああ、その通りだ。だから僕はここに来た」


 寂しそうな笑顔で、彼は言った。


「公爵の仰られた通り、城から出た僕はみるみる回復していった。初めて見る景色に心が踊った」


 辺りの景色を見渡しながら彼は、少し嬉しそうに言う。


「馬を初めて直接見た。初めて馬車に乗った。土の道を初めて歩いた。城の外の空気を吸った。城の人間以外と話した。小さいベッドで寝た。植物に触った。同年代の人と話した。人形作りを見た。煙草を吸う人を見た。芝生に座った。自分のことを話した」


 一つ一つ楽しそうに、思い出しながら初めてを語って。


「…………でも、発作は起こった。これは多分きっと、わからないけど、不安なんだ。僕はこのまま何者にもなれないんじゃないかと」


 眉をひそめて、悲しそうに笑いながら胸を抑えて彼はらす。


 ここまで他ルートにニアミスして、ここに帰結されるとノンプリ脳な私は攻略や考察がはかどってしまうけれど一旦それは置いといて。


 まあ非常にノンプリ的な悩みだ。


 家族から見限られ、諦められ。

 なかったことのように扱われ。

 隔絶されて過ごした日々によって生まれた、自身と世界のズレに苦悩し。

 焦燥で空回りして、さらに不安で落ちていく。


 このままでは何も知らない何も出来ないまま、きっと王位継承権も弟や妹に移る。


 王になれないというより、このまま何も出来ずにただ生きていくことに恐れを感じている。


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