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第七話

 正直、興味がないと言えば嘘にはなる。

 私の知らないノンプリ的なエピソードや設定が知りたいという思いはあるっちゃある。


 でも好奇心や興味本位のようなものではなくて、これは診察というかカウンセリングの一環だ。

 心療内科を専攻していたわけではなくイザベラが私に毒殺未遂による冤罪を掛けやすくする為に薬学を専攻してきたんだけど。


 私はティーンエイジャーのメリィベルであるのと同時に、三十歳のまあまあなおねえさんとしての人生を宿している。


 それなりに、色々とあった人生を生きて死んだ。

 身体障害者等級はともかく、死まで経験した人間はそうそういないだろう。


 多少なりと相談に乗れるかもしれない。

 時に人は、重い思いや想いを誰かに吐き出すだけで心を軽くすることが出来たりする。


 なんて、まあ私が語りたいタイプのオタクだったってだけなんだけどね。


「……まあ、そうだな。共感と理解は試したことがない、良いだろう。ここだけの話……というか国家機密だぞ?」


 にこりと優しく笑って、芝生に座り込んで彼は笑い事じゃあないジョークを交えて語り出す。


「僕は四つの頃、暗殺されかけたんだ。犯人は国家転覆を目論む反体制派の貴族家に買収された使用人だった」


 さらりと、彼は十二年前の事件を明かす。


 だ、……?


 この国を揺るがすビッグニュースが過ぎる。

 確かにこんな事件を表沙汰にしたら王宮の警備体制に穴があることや、この国には王家暗殺を企てるほどに現体制へ強い不満を持つ者たちがいることを周知することになる。


 そりゃあ秘匿される……。不満を持つ者の実力行使が効果を生んでしまった事実が拡散されれば、影響される人々や真似をする人間が現れることがある。


「まあ僕は無事だったし、その時のことを全然覚えてもないんだけどね。だが問題はあった」


 眉をひそめる私に心配をさせないような素振りであっけらかんと言って。


「当時、護衛にあたっていた正規騎士が犯人をその場で処刑してしまったことにより僕の命を狙った反体制派の貴族家を特定することが出来なかったんだ」


 問題について、続けて語り出した。


 というか、正規騎士か……。

 このワードはノンプリ本編には出てこない。外伝ノベライズや設定資料集には出てくる、国家防衛を行う特殊部隊的な人たち……なんだけど。


 この設定が本格的に使われるのはノンプリⅡでのことなので、話に出てきて少しドキッとしてしまった。


「そこから正規騎士団による極秘捜査が行われた。脅威が排除されて安全を確保できるまで僕は城の中で保護するために隔離されることになった」


 彼の語りは続く。


 安全が確保できるまで…………、多分当初はほんの数ヶ月になる予定だったんだろう。


「でも想像以上に捜査は難航して、三年が経った頃に隣国のセピアラの政権が代わったことで今までの条約や輸出入などに関する取り決めに対して武力行使をチラつかせてきたことで軍事勢力をそちらに向ける必要が出てきた」


 淡々と平らな声で語りは続く。


 セピアラ……ね。

 ノンプリの中ではフレーバー的な設定しか出てこなかったけど、この国で生きる私は一般教養的には把握している。


「そこで、国家を脅かす貴族の粛清という極秘任務をたった一人の軍人に任せることになった」


 語りは続く。


 これは私も知っている。

 ノンプリのアダムスキールートだ。


 ここからベルデ・アダムスキーはたった一人で、軍の仲間たちにも共有されていない極秘任務を九年間も続けることになる。

 連続殺人犯として追われながら、ボロボロで精神的にも追い詰められて、それでも正義を信じて王家への忠義で人を殺し続けた。

 そんな日々に終わりが見えてきた頃にアダムスキーはメリィベルと出会うことになる……、それがアダムスキールートだ。


「セピアラとの交渉が終わり次第、正規騎士団は軍人から極秘任務を引き継ぐつもりだったらしいが……交渉が長引いたのと軍人が優秀過ぎて他の追随を許さず連携が取れなかったことと想像以上に腐敗した貴族家が多かったことが重なって僕の隔離は続いた」


 語りは続く。


 これもおおよそ知っているし、考察をしたこともある。


 アダムスキーは優秀過ぎた。強すぎた。超人だった。成果を出しすぎた。

 だから王家や貴族たちは多分、アダムスキーに任せ続けることしか出来なかったという考察は当たっていたようだ。


「毎日決まった範囲内で同じ人間とだけ話して狙撃されることを考慮して窓から外を覗き込むこともせずに勉強や運動をしていた。それ以外に出来ることもなかったので、それだけをしていた」


 簡単に城での日々を語り。



 平らな声で引っかかりの多いことを、さらりと語り出す。


「だんだんと父と母が会いに来る頻度が減った」


 流暢に、いや無意識に早口に語りは続く。


「誕生日だけは父と母に会えた。弟と妹の話を聞かせてくれた。馬に乗れるようになったとか、社交界でしっかりと挨拶をしたとか、ピアノの演奏会をしたとか」


 色んな感情が乗った声で、つらつらと語り。


「ずっと、弟と妹の話を聞かせてくれた」


 恐らくこの話の、根幹である部分に触れた。


「一度だけ、たった一度だけ言ってみたんだ。私も外に出てみたい、と……でも父と母の答えは想像通りのものだった」


 そのまま矢継ぎ早に、やや感情の乗った声で語りは続く。


「おまえは次期国王、おまえを守ることがこの国の未来に繋がる。だからもう少し辛抱してくれ――――と、父と母を困らせただけだった」


 国王陛下の声真似という第一王子じゃなきゃ不敬すぎる一芸を見せながら、絶望を語る。


 これは…………、そういうことなんだろう。


 中々会えない子よりも、手のかかる身近な子の方が愛されるのは残酷だけれども当然ではある。

 もちろん彼を見捨てたり諦めたりしたわけではないのだろうけど、それでも愛には出力の差が生まれてしまう。

 しかもこれはただの家族じゃあなくて、一国をべる王家の話。

 天秤に置かれるのは兄弟だけではなくて、国民……いや国家の存亡だ。


 反体制派の狙いは、あくまでも王位継承権第一位である第一王子。故に弟や妹は狙われる優先度は低い。


 万が一、第一王子である彼に何かあった時には第二王子や王女様に王位継承権が移る。

 そうなると、次に標的となるのは順調に健全に育っている第二王子と王女様だ。


 だから、彼は狙われ続けなくてはならない。

 囮として、替えのきく第一王子として隔離され続けなくてはならない。

 親としては残酷な決定だ。我が子を天秤にかけて、優劣をつけて、損得を考える。


 もし私が真っ当なティーンエイジャーなら国王や王妃にストレートな怒りの感情を向けたんだろう。

 でも……。


 国を統べるとは、個人的な愛や道徳だけでは行えない。

 もし王家が途絶えれば、この国の政治的なバランスは崩れる。


 冷静に冷酷に冷徹に、物事の解決には時に家族ですら歯車として使わなくてはならない。


 私の中にはそれなりに社会や人間関係を理解した、まあまあのおねえさんの人生が詰まっている。


 これは悲劇ではあるけれど、仕方ないことでもある。


 誰の責任とか原因とか言い出しても、極論この国で起こる全ての出来事は王家に起因して帰結する。

 それが王家であり彼もそんなことは他の誰よりも少なくとも私のような、たかが異世界転生者でメインヒロインなだけの小娘ごときよりも理解している。


 だが理解しているということと、それが大丈夫だということは全く違うという話なんだ。


「その頃から漠然と焦りを感じるようになった、何かしなくちゃならないけど何も出来なかった」


 私の思考をよそに、彼の語りは続く。


。…………ああ、やはりズレているかい? でも僕は本気だったんだ」


 彼は私の表情から察して、にこりと笑いながら続けて。


「父……国王陛下から賞をたまわれる、絵画コンクールがあるんだ。そこで入賞すれば僕がまだ何か出来ると伝えられると思ったんだ」


 そんな健気でズレたことを言う。


 絵画コンクール……いやもちろん知っている。

 悲劇の芸術家、ジョーヌ・フェスタルートで出てくるものだ。


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