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第六話

 語られることがないから伏線とかじゃなくてアダムスキーが軍人としての忠義というか、やれと言われたらやる人間であることを表す為のフレーバー的なセリフだと思っていた。

 実際、私がメリィベルとしてここに辿り着くのに一つも関係がなかった。


 しかし物語上あくまでもフレーバー的なもので詳細が語られていないとしても、この世界では実際に起こった事件のはずだ。

 しかも王家を危機にさらしして、最強のアダムスキーに極秘任務を与えなくてはならないような未曾有の大事件。

 でもそんな事件は聞いたことがない……、一般には秘匿された事件だったということだ。


 王家により秘匿された大事件。

 本編には存在しないメインキャラ級の人物。

 ある事情による十二年間の隔絶生活。

 心因性の呼吸器疾患。

 お忍び感満載の辺境の地での入院。


 この【ノンプリンス☆ノンプリンセス~何者でもない私たちは恋をする~】という作品世界における全ての事象。


 私はノートに現時点での疑問や情報を列挙して、考察する。

 ノンプリなら、いやYuKiCo氏ならどう書く? どう繋げる?

 頭の中にみっちりと並んでいるノンプリに関する引き出しを開けて、ノートに推論や想像や妄想を並べては濃そうなラインを追っては否定してを繰り返し。


 やがて、夜が明けた。


「…………寝っむ……、ふあ…………っ、後でちょっとだけ寝ようかな……」


 朝食を済ませて、私はいつもの場所で眠気を噛み殺しながら煙草をくゆらせる。


 まさか考察で徹夜なんてことを、生まれ変わってまでやるとは思わなかった。


 前世の私というか……一番ノンプリ熱が高くて健康で若さが溢れるティーンエイジャーだった頃はキャラの過去やセリフの一つ一つの感情やらを考察してまとめてファンサイトに掲載しては夜通し叩かれたり盛り上がったりしていたけど……。


 流石メリィベルは十七歳、一徹くらいなら全然こたえないわね……三十歳で身体障害者等級持ちの人生を経験していると若さの凄まじさを実感出来る。


 まあ眠いは眠いんだけど。


「やあ、昨日は迷惑をかけたな。助かった」


 私が煙草を吸っているところに、ネモ氏がそう言いながらやってくる。


「…………ふぅ――――――……、全然迷惑なんかじゃあないわよ。ここは診療所よ? あのくらいは迷惑のうちに入らないって」


 煙草を消す前に思いっきりひと吸いしてから携帯灰皿に押し付けて、私はあっけらかんと返す。


 心因性とはいえ呼吸器疾患を抱える患者の前で煙草を吹かすのは、モグリの医療従事者の私でも気が引ける。


「そうか、しかしありがたいことだ。感謝する」


 ネモ氏は優しく微笑みかけながら優雅に感謝を述べる。


 所作の一つ一つに気品がある。

 私も伯爵令嬢のはしくれ、それなりに礼儀作法を仕込まれてきたし品行方正を求められてきた。


 貴族社会はそういうところであり、貴族とはそういう存在だ。

 さらにこれはあくまでも傾向ってだけなんだけど、爵位が上がれば上がるほど要求される品格のレベルが上がる。


 たとえば五爵最高位であるローゼンバーグ公爵家の嫡男で次期公爵のロートは、サンブライト伯爵令嬢の私よりずっと高いレベルでの品格や教養を求められてきた。

 そういう育ちの良さというのは、行動の節々に現れる。


 ネモ氏の所作にも品がある。

 それも私よりずっと、なんならロートよりも気品がただよう。


 やっぱそうか……、それしかない。それしか考えられない。


 徹夜明けの眠気によってやや思考がシンプルなのも相まって、私はその気づきをそのまま率直に。


「ねえ、ネモさん。


 そう、口にした。


 このフルカラ王国は、読んで字のごとく王政の国だ。


 カラリア王家が血を絶やさずに、何代にも渡ってフルカラ王国を統治している。

 王位継承は男系血統継承に限られているのでネモ氏が継承権を持っているとは限らないのだけれど。

 貴族階級とはまた別の括りというか、政治的な最高決定権を持つだけではなくカラリア王国の象徴としての位置づけとされている。

 国王様や王妃様に関しては大きな式典や祭典以外で姿を見ることも出来ないし、謁見できる機会も父のサンブライト伯爵ですら二回程度しかない。

 別世界の住人である。

 この辺りの知識はノンプリでは明かされていない。


 ノンプリにはそのタイトル通り、王子様プリンスお姫様プリンセスも出てこない。


 故に、シナリオ上でメリィベルが王家と関わることは皆無だし。ifや番外編でもアダムスキーの回想シーンくらいにしかまともに出てこない。

 設定資料集や設定画集などの端々にフレーバー程度の設定はあるにはあるけど、公式として正式採用された設定なのかプロットや制作過程で削られたボツ設定なのか曖昧なものしかない。


 でも、王家がいないわけではない。


 王国なんだから当然の話。

 ゲームの中でも確実に存在しているし、現実としてその世界に生きる今なら会うことがないだけでお城の中で王家の方々は同じ時を生きている。


 ましてや今はエンディング後、ノンプリのシナリオ外の時間軸だ。

 しかも本来のシナリオから逸脱したエンディング。ここはもうノンプリの世界ではなくて、かつてノンプリだった世界でしかないのだから。


 閑話休題。


 私の突拍子もない言葉に、ネモ氏は少し眉を上げて驚いてから少し考えて。


「…………いかにも、私はフルカラ王国が


 彼、ステルラ王子は凛々しく堂々とそう名乗った。


 私はその名乗りとほぼ同時に、片膝を地について顔を伏せる。


 まさか……、って。


 この国の国王と王妃の実子であり、嫡男。王位継承権を有するどころか筆頭。つまりだ。

 伯爵令嬢、いや追放令嬢が話すことが出来るような方じゃあない。日本人的な感覚で言うんなら貴族は政治家で、王家は皇族の方なようなものに近い。政治的な決定権を持つ点は大きく違うけど。

 政治家となら街頭演説やら地元の後援会にでも参加したら話すこともあるだろうけど、皇族の方とお話が出来うる機会はぱっと思いつく方法が国民栄誉賞を貰う時くらいしか思いつかないくらいには接することのない存在だ。


 そりゃあかしずく、私は真っ当なフルカラ王国の民なんだから。


 それにしても第一王子って……、王家の方だとは思ったけど流石にびっくりした。私はどこかでやっぱりノンプリに王子様が出てくることがないと思っていた。


 存在していてノンプリのエンディング後なら有り得ないことでもないかもしれないけど、それでも王子様なんて存在と関わることがあるなんて予想だにしなかった。


「面を上げよ……というか僕にかしずかないでくれ。今の僕は単なる入院患者のネモだよ。そのように扱ってほしいからネモとしている。君も貴族令嬢ということを隠していたいのなら、お互いにその方が良い」


 ひざまずく私に向けた第一王子の凛々しい声色から柔らかいネモ氏の声に変わったので、私は顔を上げて立ち上がる。


「うん、そうね。改めて、私はメリィベル・サンブライト伯爵令嬢でございます。でも追放されて今は模型趣味なモグリの医療従事者、あなたほどじゃないけど私もバレるとめんどくさいからね」


 私はあっけらかんと、正体を明かす。


 まあ当然気づかれていたみたいだけど、彼は勘が良いというか他者の機微に敏感なところがある。

 人の感情や思惑に触れてしまうのが早い、だからこその心因性の呼吸器疾患なんてものを発症してしまうのだろう。


 


「でも、よかったら話を聞かせてよ。あなたに何があってここに来たのか、不安なこととか楽しいこととか。言いたくないのなら別にいいしモグリの私を信用も信頼もしなくていいけど、時に共感や理解はとどこおった物事をころんと前に進めることもあるからさ」


 私は彼に、笑顔でそんな提案する。

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