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第四話

 医者の家系であるローゼンバーグ公爵家は国政に対する影響力も大きい。

 それに今のローゼンバーグ公爵はそれほどでもないけれど、次代の公爵であるロートは医療福祉に力を入れて身分関係なく命を天秤にかけることなく国民に適切な医療を届けたいという思想を持っている。

 その思想と熱意を父親に伝えて、認めてもらうっていうのがロートルートの大筋だ。


 ノンプリⅡで起こる内乱の原因には、急速な工業化による公害なども含まれている。

 だとすれば、医療福祉に力を入れることは確実にこの国へ影響を与えることになる。

 さらにメリィベルがロートを支えるよりも、優秀すぎるイザベラがローゼンバーグ公爵家の地位を得て活動した方が医療福祉を発展させることが出来るだろう。


 ノンプリにおけるイザベラは、劇中最高スペックの頭脳と行動力。

 学園での成績は常にトップ、人望もあって奉仕活動などにも意欲的。

 他者から評価を得る為の働きに、抜かりがない。


 そんなイザベラがロートルートで、本来失敗に終わるはずの私への毒殺冤罪を成立させてロートと結ばれることが出来れば。

 間違いなく、この国は医療福祉に力を入れる政策へと移るだろう。


 SF考証的に無理のある技術発展は起こらない。

 つまり、ノンプリⅡの世界観に辿たどり着けないということだ。


 でも。

 そう簡単にイザベラを勝たすことは出来ないというか……、イザベラの不運とメリィベルの幸運の差が凄まじ過ぎる。


 私の執事であるブラウ・バルトの勘が鋭すぎるというか……奇跡的なミスで偶然にイザベラの策略を潰してしまうパターンが多い。

 アダムスキールートも、アダムスキーの超人的な悪への嗅覚と超パワープレイでくつがえされてしまう。


 基本的にノンプリのシナリオには隙がないが、唯一ロートルートには隙がある。

 ロートルートでイザベラが私に殺人未遂冤罪をかける策略は、ブラウを起点に突破することになる。


 だから私はブラウに休暇を与えた。


 ブラウルートで、ブラウの実家の問題が起こる部分を解決させる為にも本来離脱するタイミングよりかも早くブラウを田舎に帰らせた。

 ブラウの居ないロートルートは、完全にイザベラの独壇場だ。


 こうして私はロートに近づく成績優秀な友人に嫉妬して、毒殺を目論んだ殺人未遂犯としてこの辺境の地へと追放されたのだった。


 後は王都でイザベラがローゼンバーグ公爵夫人として、医療福祉を充実させて技術発展推進を抑え込むことが出来れば……ノンプリⅡの悪夢はおとずれない。

 私が前世を思い出してから五年、私がバナナの皮で死んで五年。


 全ての行動はこの為に、負けヒロインとして私は生きてきた。


 そして私は達成した。

 私のノンプリは最高のかたちで完結したんだ。


 なんて。

 物思いにふけっているところで。


「……何を作っているんだ? かなり精巧な作りだが」


 私はネモ氏に声をかけられる。


「え、ああ。人形というか……ちっちゃい石膏像というか。ギプスで使った石膏の余りを接着剤とか薬剤と混ぜて作った石粉粘土で造形してる感じ」


 趣味で作っていたフィギュアを見せながら、私は淡々と説明する。


 作っていたのはイザベラのフィギュア。

 まあだからイザベラのことを考えていたっていうね。


 ノンプリは全四話のOVAにはなってはいるもののTVAにはなっていない為、グッズの幅が広くない。ただでさえ乙女ゲーだしね、店舗くじやらクレーンゲームのプライズにもならない。

 公式からのフィギュアは出てても主要キャラのみでイザベラの立体物は一種類のみだった。

 なので、即売会での組み立て式のレジンキットを自分で組む機会が多くなって最終的にはフルスクラッチで造形するにいたった。

 ちなみに私は自作したキッドマンのレジンキットをシリコン型で複製してノンプリオンリーイベントで販売したこともあるし、それ以外にも色々な作品のキャラクターやロボットアニメの追加武装なんかも造形して販売したこともある。


 まあ、ただの趣味よ。


 今はレジンもシリコンも離型剤も真空脱泡機もないし、針金と石粉粘土で作ったものを筆塗りで仕上げるだけ。

 欲をいえばクリアくらいは吹きたいけど、まあ別にどこかに展示に出したりするわけでもない。軽く遊びで作るくらいならこのくらいが丁度いいボリューム感だ。


「とても面白い。モデルがいるのか? かなりディテールにこだわっているが」


 ネモ氏は私の手元にある作りかけのイザベラフィギュアを興味津々に見ながらたずねねてくる。


 モデル……は、まあイザベラ・ムーンライトなんだけど……。

 これはイザベラがロートルートの舞踏会スチルで着用していたドレスバージョンっていう、もれなくキット化もされてないようなマニアックなあれだから説明が難しい……けど。


だね。一番の友達。一番尊敬していて、憧れで、私の恩人」


 私は、イザベラについての素直な思いをべた。


 このエンディングに辿り着くのにイザベラは絶対に必要な存在だった。

 彼女が優秀で完璧でなければ、成り立たなかった。

 彼女はきっと、私に対して友情なんてものはなくて学園内にいたチャンスをぶら下げて間抜け面で歩く獲物の一人でしかなかったと思う。


 でも私はここに至る五年間、ずっとイザベラのことを考え続けてきた。

 彼女の一挙手一投足、発言やその裏にある策略の進捗を絶えず観察し続けてきた。


 少しでも彼女が幸せになれるように、それだけを思い続けてきた。

 それに対して彼女はこれ以上なく応えてくれた。

 私にとってはかけがえのない親友。


 そして私は、生前とてつもなくイザベラ・ムーンライトという存在に影響を受けていた。


 彼女の劇的な生い立ち。

 ムーライト伯爵家でのしいたげられ続けた日々。

 それでも亡き実母との「幸せになる」という約束を果たすために。

 健気に……いや、虎視眈々と耐え続けた。


 めかけの子だった彼女が超人のなり損ないと呼ばれたキッドマンを味方につけて、継母と義兄弟を事故に見せかけて殺害し。

 父親であるムーライト伯爵の心をへし折って、より幸せを目指すために王都へと旅立った。


 どんな逆境からでも、不遇からでも、理不尽からでも、立ち上がって前に進んだ。

 善悪は置いておいて、私はそんな彼女の姿勢に強く憧れた。

 くも膜下出血の後遺症で半身麻痺になって、顔が引きつってゆがんで、手が曲がって、上手く喋ることも出来なくて、トイレも一人で行けなくて、治る見込みもなくて、仕事にも復帰出来なくて、趣味の模型も出来なくて、恋人とも別れた。


 そんな私が二年に渡る歩行訓練や発声訓練を乗り越えて、再び立ち上がることが出来たのはノンプリの……特にイザベラの存在があったからだ。


 自分の鼻血と吐瀉物を床にいつくばりながら一人で掃除していたところから、王都の学園で誰よりも優雅に紅茶を飲みながら微笑むに至るその活力に。


 どんな逆境からでも立ち上がる彼女を。

 私は尊敬して、憧れた。

 制作陣に感謝の手紙を送り付けるくらいに。

 まあでも、結局私はバナナの皮ですっ転んで立ち上がれずに死んじゃったんだけどね。


 私がイザベラを嫌いになるなんてことはない。

 前世から、ずっと。

 彼女は私の憧れで、今は親友なんだから。


「なんか作ってみる? 三面図とかの資料があれば見た目より簡単だよ」


 私は過去に作ったアダムスキールートに出てくるSD化した少年ダン君や、私の子供の頃もれなく全員グッズを持っていたうさぎのキャラクターのフィギュアを見せてネモ氏を誘う。


「あー……、いや、僕は馬くらいしか作るものがないから遠慮させてもらおう」


 少し残念そうに言いながら、ネモ氏はイザベラフィギュアから離れる。


「好きなの? 馬」


「いや特別好きではないな」


 私が問うと、ネモ氏は即答する。


 はあ……? なに? じゃあ何故に馬くらいしかって……。よくわからないけど何かズレてるのよね、この人。

 ここ数日、何度か話す機会があったけど絶妙に会話が噛み合わないというか……よく分からない時がある。


 医療従事者として心因性の呼吸器疾患を抱えているところもあわせて、精神的な部分にも何か抱えていたり知能指数的な部分での何かを抱えていないかを注意深く観察していたけれど、そういった傾向は見られない。


 好奇心が強く頭も良い、穏やかで気品もある。

 コミュニケーションに難があるようにも思えない。


 ただ違和感というか……なんなんだろう。


「ああ。僕には君のように親しい友人もいないし、動物にも明るくないから三面図をイメージ出来る動物が馬くらいしかいないんだ」


 私の頭に浮かんだ疑問符を感じたのかネモ氏は淡々と答えるが。



 という一言で、私の中に強烈な違和感が駆けめぐり。


 とんでもないひとつの可能性が頭の中で組み上がり。


「……この間ってここに来た時に乗ってきた馬車……え、この間生まれて初めて馬を見たってこと? ……いや、待ってそれより、もしかして――」


 私は動揺しながら、その可能性を口にしながらかたちにして。


「――あなたは馬以外の動物を見た事がない……ってこと?」


 違和感の正体について、触れる。


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