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第一話

「んー……、いい天気ねー。はー……良い日だね、ホント」


 私、メリィベル・サンブライトは青空に溶ける煙草の煙をながめながら、心地よい気候に思わず感想をべる。


 秋もそろそろ終わり、冬が来る手前におとずれた気まぐれのような小春日和。

 そんな日に芝生で寝転び、煙草をくゆらせていれば気分も良くなる。


 いや、どうでも良くなる。


 私は半年前、貴族令嬢への殺人未遂容疑で王都からこの辺境の地へと追放された。


 まあ待って、私はやってない。

 大丈夫だからちゃんと冤罪だから、そこは安心して欲しい。


 私がやるならもっと上手くやれるからね。


 この世界のこの時期における私は全能ではないにしろ全知とは言える。やろうと思えばもっと悪いことも出来るし、もっと私の利益になるような立ち回りも出来るというか。


 ほっとけばそうなる。

 なんせ私はメリィベルなのだから。


 だから私はほっとかなかった、全力で全ての知識を用いてあらがった。


 だから私はここに辿たどり着けたのよね。


「メリィベェ――――――――ルっ、患者だよ。戻りな!」


 青空に煙草をくゆらせる私を、診療所の窓から辺境の医師であるアキ先生が呼びつける。


「はいはい、今行きますよ~!」


 携帯灰皿に火種を押し付けて、立ち上がりつつ背中に着いた草を払いながら私は返して診療所へと向かう。


 改めて。

 私はメリィベル・サンブライト。


 サンブライト伯爵家のいわゆる伯爵令嬢だったけど、ほぼ勘当状態で追放された追放令嬢。

 辺境の地の診療所で掃除やら買い物やらの簡単な雑用とか、アキ先生の助手みたいなことをしている。


 そして、である。


 ありふれた設定過ぎてもはや説明の必要もないような……、未だに擦ってるのが恥ずかしくなるような設定というか……。


 茨城生まれの千葉育ち。

 高校は浦安市だったのにギリギリ実家が市川市だった為に成人式は夢の国で行えなかったなんてごく普通のエピソードを持っていて。

 神奈川の大学に進んで、卒業後は川崎にある大手通信会社の故障受付窓口で派遣社員の方々を監督していた。

 恋人は二年くらい居ないけど、特に求めてもなくて結婚願望もあまりない。


 みたいな、そんな普通の人だった。


 コンプラもしっかりした会社で、大きな災害で通信障害とかが起こらない限りは無茶をするようなこともない。

 残業も規定内に収めるし、しっかりと残業代も支払われるし、セクハラやパワハラなんかもおじさんたちが少し可哀想になるくらいに気をつけましょうという空気が浸透している。


 だから過労死したとかもないし、モテないからストーカーに刺されたわけでも、子供を助けようとしてトラックにねられたわけでも、駅のホームから落ちて電車にかれたわけでも、不思議な扉を開いたら異世界に通じていたとかでもなく。


 


 首の後ろが痛んで、なんだろって思っていたら視界が突然真っ暗になった。


 確かに母方の祖母や母の兄も、そうやって亡くなったのでそういう遺伝とまでは言わないけどそういうのが多い家系だったということなんだろう。


 でもまあ正確にいうと私はそれでは死ななかったんだけどね。


 後遺症で運動障害が残って、二年間のリハビリ虚しく右手の握力が極端に下がって足腰も踏ん張りが効かなくなった。


 だから、どうしようもなかった。

 階段に落ちていたバナナの皮に、あらがう術はなかったのよね。


 まあそんな馬鹿みたいなことで私は死んで、この世界にそんな記憶を持ったままメリィベルとして生まれ変わった。


 まさか本当にこんなことが起こるなんて……。

 私はどちらかといえばそういうカルチャーに触れてきた人間だから異世界転生モノもわりと目にしてきた。世代と言えば世代だしね。

 でも仏教的な輪廻転生をベースとしてパラレルワールドファンタジーモノを掛け合わせた空想で現象としての説得力皆無なご都合主義の成れの果てみたいな設定だと思っていたのに……。

 実際に体験すると本当に不思議というか、不気味というか……。非常に気持ちが悪かった。


 私が私と認識……というか前世を思い出したのは五年前、十二歳の時。


 感覚としては階段から落ちて、命が潰れる音が身体中に響いたのと同時にメリィベルになっていた。

 でも元々私はメリィベルで、前世の記憶を思い出した感覚もある。


 ほら。

 ばっちり金髪にしたり、がっつりパーマをかけたり、ばっさりショートにした次の日の朝に鏡を見た時の「うわぁ誰だコイツ、ああそっか私か」感をめちゃくちゃ強くしたみたいな感覚。

 まあ私の前世がどうとかは正直そこまで関係は……ないこたないけど最重要ってわけでもない。


 最重要なのは、この世界で私があのメリィベルであることだ。そうはいっても、やれることはもうやってきたからそれもあまり関係はない。


 私の物語はエンディングを迎えているのだから。

 これはエピローグですらない、語られる必要のない、語るべきことがなくなった後の何もない時間なのよね。


「――――はい! おしまい! あとは経過を見て、骨が繋がったらギプスを外すからなるべく安静にして痛みが出たら鎮痛剤を飲んでね。お大事に~」


 私は処置を終えて、腕を吊った患者さんにそう告げて送り出す。


「丁寧にやるね、それだけやれるなら王都でも良い医者になれたろうに。もったいないね……」


 窓際で煙草を吹かしながらアキ先生は私に言う。


「勉強しただけですよ。それに、王都はこれからローゼンバーグ公爵家がさらに医療水準を上げてくれるはずだから私なんかじゃ良い医者にはなれません」


 ギプスに使った石膏を片付けながら、アキ先生へと返す。


「ローゼンバーグねえ……、まあでも医者ってのはいつだって必要なのは今この瞬間なんだ。未来を語るのも大事ではあるが、たった今この瞬間に良い医者が居た方がいいに決まってるのさ」


 アキ先生は灰皿で火種をすり潰しながら、そう言って立てかけていたつえを握り。


「ああそうだ。明日、入院患者がやってくる。まあそんなに重病患者じゃあないはずだが……おまえと同じくワケありだ。関わり過ぎない程度に目を離すなよ」


 そう言って、効かない右足を杖でかばいながらひょこひょことアキ先生は診察室へと戻って行った。


 ワケありの入院患者……、まあこんな辺境の地にわざわざ療養りょうように来るんなら何かあるんだろう。私のような殺人未遂犯も受け入れるふところの深さがこの辺境の地における最大の特徴なのだから。


 次の日。


「……さっむ」


 私は煙草をくわえて、両手を上着のポケットに入れていつもの場所で思わずつぶやく。


 昨日とは打って変わって曇り空、日は見えずに薄暗くて寒い。一雨来るかもね。

 なんて考えながら、煙草をくゆらせていると近くに馬車が止まり。


「そこの煙草の君、アキ・フォルトナー医師の診療所の場所を知らんかね」


 馬車から降りてきた、いかにも紳士な初老の男性にやぶから棒に声をかけられる。


「…………」


 私は無言で、頭と目線だけで診療所を指す。


 かなり失礼な態度だけど、煙草咥えてるし手はポケットだし寒いし手出したくないから仕方ない。


「あ、ああ……そうか。助かったよ」


 私の態度にやや引きつった顔でそう言って、紳士風の男は馬車の中に戻っていった。


 ……あからさまに貴族階級の人間だね。


 装いとか馬車の装飾や馬のつやのクオリティが段違いだし、立ち振る舞いがナチュラルに「下の者に話しかけてやった」感を出していた。


 今日来る入院患者関係の人なんだろうけど、ワケありで正体を隠す気なんだったら貴族風吹かすのは馬鹿でしょ。

 こっちも気づかないフリをする為に貴族扱いは出来ないんだから、貴族扱いしてもらおうとしてくるんじゃないわよ……。


 もちろん私も伯爵令嬢としてそれなりに礼儀作法を身につけているけれど、そんな対応をしたら私がちまたを騒がせた毒殺令嬢だとバレてしまうことになる。


 お互いに良いことはないからね、だから私はおよそ伯爵令嬢とは思えないほど無礼に対応させてもらった。

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