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第93話 配信終了

 わざわざこんな個人Vチューバーの生配信を視聴してくれてる人達は、きっとアナザーワールド・オンライン好きで、クマーヤに親しみを持ってくれるような優しい連中に違いなかった。案の定、彼らのおかげで配信は思っていた以上に盛り上がり、予想以上のコメントが飛び交っている。もっとも、その一番の要因が、クマサンの声と喋りであることは疑いようがないが。


 予定していた配信時間は2時間。終了の時間が迫っているが、いつの間にか俺は同接数を気にするのも忘れ、いち視聴者としてすっかりクマーヤの話に引き込まれていた。

 開始直後は人数が減るのを恐れ、同接数に目を光らせていたが、視聴者は減るどこけか増えていき、驚きながらも数が増すごとに感激したものだった。しかし、その数が300を超えたあたりからは安心感が広がり、同接数のことも忘れて、すっかりクマーヤの方に意識を向けてしまっていた。

 実際、後から同接数の時間ごとの推移は確認できるので、リアルタイムで数を追うことにはあまり意味がない。人数の増減を気にして配信内容がぐだるくらいなら、非表示のまま最後まで配信するほうがいいくらいだ。


 さて、もう放送を終える頃だが、最後まで付き合ってくれている奇特な連中は、何人くらいだろうか?

 俺はいとしささえ感じるそんな連中の数を確認するために、画面端に表示されている同接数へと視線を移した。

 その先頭に「1」の数字を見つけると、がっかりしながらもどこか納得していた。

 新しい配信者に対する視聴者の反応はシビアだ。つまらないと感じれば即座に離れてしまう。視聴者数が一時的に300を超えたとしても、それを維持するのは並大抵ではない。それでも、開始時の103人を上回って終われれば、初回配信としては上々だろう。


 「1」の隣の「0」の数字も見ながら、俺は自分を納得させる。

 「0」の次は「9」だった。

 109人なら、わずかだが開始時を上回ったまま終われる。

 物足りなさを感じながら、俺は「9」の隣にまだ数字があることに気づく。

 「6」、そんな数字が末尾に並んでいた。


 ……ん?


 改めて頭から数字を見直す。

 1096。

 目をこすって確認するも、数字は変わらない。


「――――!?」


 思わず声を上げそうになり、俺は慌てて口を手で押さえた。

 同接数1096人!? 初回なのにまさかの4桁!? 開始時の人数の10倍だぞ!?

 疑う気持ちが湧いてくるが、数字は嘘をつかない。

 どうやら俺達は、初めての生配信にして同接数1000人超えを達成してしまったようだ。


「まだまだ話し足りない感じだけど、予定時間は22時までって言ってたから、今日の配信はそろそろ終わるね。思った以上にたくさんの人が見てくれて、ありがとう! スパチャしてくれたみんなにも改めてお礼を言うね。熱い応援をありがとう♪ 次の配信はSNSでお知らせするから、また会いにきてくれると嬉しいな~。それじゃあ、またクマ~」


 前から考えていたのか、咄嗟に出たのか、「またクマ~」なる最後の締めの言葉を言い、クマサンは配信終了のボタンをクリックした。


「ふぅ~」


 配信終了を示す画面を前に、クマサンが大きく息を吐いた。

 2時間もの間、視聴者を飽きさせることなく一人で話し続けたのだ。声が枯れるようなことはなかったが、さすがに疲れたのだろう。生配信に関しては、クマサン一人に圧倒的に負担をかけてしまうことを、いまさらながらに申し訳なく思ってしまう。


「お疲れ様、クマサン」


 隣から声をかけると、クマサンは笑顔でこちらを見上げた。


「あー、楽しかった!」


 その表情には疲れなど微塵も見えず、むしろ生き生きと輝いている。まだ話し足りないとでも言いたげに、喜びに満ちている姿に心底感服する。


「ケーキとジュースを買っておいたから、食べていってよ」

「わあぁ! ホント! 食べる食べる!」


 疲労と脳の回復には甘いものが一番だ。

 お疲れの彼女にと思って用意したものだが、回復のためではなくご褒美として食べてもらったほうがいいかもしれない。

 冷蔵庫から、駅前のケーキ屋で買っておいた桃を丸ごと使ったスイーツを取り出し、テーブルに並べる。近所のスーパーで買った1.5リットルが198円のりんごジュースをコップへと注ぎ、スイーツの隣に添えた。スイーツにお金をかけた分、ジュースの方はこの程度で勘弁してもらいたい。


「うわぁ~、桃! 桃!」


 さっきまでマイクに向かっていたプロの表情が嘘のように、クマサンは目の前の桃スイーツに目を輝かせていた。このギャップがたまらない。


「いっただきま~す」


 クマサンがフォークを手に取り、スイーツを口に運ぶ瞬間、まるで至福の一口が訪れたかのように、その顔が柔らかくほころんでいく。こんな幸せそうな表情が見られるのなら、少し奮発した甲斐があったというものだ。


「それにしても、凄い人数が見てくれたよね!」


 クマサンは桃スイーツを頬張ったまま、喜びを噛みしめるように言った。


「ああ、本当に驚いたよ。配信終了間際なんか、みんな名残惜しそうだったし、次の配信を待ちきれないってコメントもあったな」

「うん! これはみんなを待たせるわけにはいかないね。少なくとも週一くらいでは生配信やっていかなきゃ!」


 週一は配信の回数としては決して多くない。むしろ少ないくらいだ。トップ配信者たちはほぼ毎日生配信を行っている。俺達はVチューバーを職業にしているわけじゃないから、さすがにそこまではできないとしても、忘れられないように週一の生配信は確かに最低ラインこなしていかなければならないかもしれない。


「そうだね。初回からこれだけの同接があったんだから、確かにそのくらいはしていかないとな……」

「そういうわけで、毎週来るからね! 告知とかよろしくね」

「ああ、そのあたりは俺の仕事だから――」


 一瞬思考が止まる。

 ん? 毎週来る? クマサンが俺の部屋に?

 クマサンの部屋に配信設備がない以上、配信するにはクマサンがここに来るしかない。とはいえ、理由はともかく、毎週クマサンが俺の部屋に来るなんて、そんなのまるで恋人同士みたいじゃないか!?

 そんなことを考えてしまい、さっきまであれほど甘かった桃スイーツの味が急にわからなくなってしまった。


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