話し合いは盛り上がり、気づけば二度目の注文をするくらいの時間にまで達していた。
最初はクマーヤの設定を詰めていたはずが、いつの間にか雑談がメインになり、クマーヤのキャラについての話は、次回オンラインで続きをということになった。
こうして、俺達のオフ会は、終わりの時間を迎えた。
駅での別れ際、ミコトさんがふと思いついたように言った。
「今度はみんなでどこかに遊びに行きませんか?」
少し寂しそうだった三人の顔が明るくなり、自然と笑顔がこぼれるのが見えた。
今日の話し合いを通じて、彼女達は価値観の違うところも含めて互いの個性を受け入れ、遠慮なく自分の意見を出し合ったからこそ、すっかり仲良くなっていたようだ。一人だけ異性の俺は、その関係に少し嫉妬を覚えるほどだ。
この三人が今度は女子会を開くとしたらそれもいいだろう。ギルドマスターとしては、メンバーがリアルでも仲良くしてくれるのは喜ぶべきことだ――たとえそこに、一人だけ疎外感を感じるとしても。
「おお、いいな。前もって言ってくれれば日を空けられるぞ」
「私はたいていいつでも大丈夫だよ」
うんうん。そうやって三人で連絡を取り合ってくれればいいよ。
大丈夫、俺は寂しくなんてないんだから!
そう自分に言い聞かせていると、不意にミコトさんの声が飛び込んできた。
「ショウさんは?」
はっとして見ると、ミコトさんが少し下がりぎみのの大きな瞳をクリクリさせながら、俺の方を見ていた。同じように、二重の大きなクマサンの瞳、緑の神秘的なメイの瞳も、答えを待つかのように、俺を見つめている。
「え? 俺も入ってるの?」
「当たり前じゃないですか!」
「なんで他人事になってるんだ?」
「ギルマスなんだから当然だよ」
そんなふうにお叱りを受けるとは思わず、少し驚きながらも、心の中に温かいものが広がっていくのを感じた。
「俺もいつでも全然オッケーだよ!」
「できればギルドマスターとして、ショウさんの方から誘ってもらえると嬉しいですけどね」
確かにおっしゃる通りだ。
一番年下のミコトさんにこんなことを言われていては、世話はない。
「……善処します」
そう言って頭を下げる。
ここでこんな答えしかできないところが、俺らしいというか、情けないというか……。
そんなこんなで、ギルド「三つ星食堂」の初めてのオフ会は無事に終わった。
ゲームの中ではなかなか見えない、みんなの素の部分や日常の表情に触れられたのは、自分にとって思った以上に貴重な経験だった。なにしろ仕事をやめてから、リアルで人と接する機会がめっきり減ってしまっていた。ゲームの中で会って話すのもいいが、ああやって生の人間の表情の変化や、生の息づかいまでもを感じながら会話するのも、悪くないなとしみじみ思った。
雑談で盛り上がりすぎて決められなかったクマーヤの設定は、その後オンラインで何回か話し合い、ついに完成を見た。全員が共有するクマーヤのイメージが、しっかりと一つの形になったのだ。特にクマサンは、設定がばっちり固まった瞬間、「もういつでもクマーヤになれる!」と自信たっぷりに言ってくれて、頼もしさを感じたものだ。
その後、俺達は生配信の日時を決め、クマーヤとしてのアカウントで作ったSNSなどで宣伝を行った。新たに吟遊詩人総選挙のゲーム動画もまとめてネットにアップしたが、そこにも生配信の告知をしっかりと入れておいた。
そして、いよいよ生配信の日がやってきた。狙いは夜のゴールデンタイムだ。
配信が夜ということに加え、今後継続的な配信も考え、クマサンの部屋に機材を整備することも考えたが、彼女は「パソコンとか苦手だから」と譲らず、今回も俺の部屋で配信を行うことになった。
夜に異性である俺の部屋に一人でいるのはあまりよくないのではと思ったが、クマサンはそのあたりの警戒心が薄いのかもしれない。元声優という特殊な環境にいたことも、そのあたりに関係しているのだろうか? 相手が俺だからいいものの、今後のことを考えるとクマサンのことか心配になる。実際、彼女は危ない目にも遭っているわけだし。
「もうすぐ予告していた開始時間だね」
俺の心配など知らないといったふうに、楽しげにパソコンの前で座り直したクマサンが、期待に満ちた笑顔でこちらを見つめてきた。
楽しみにしているのは俺も同じだ。だけど、クマサンが過度な期待をしているんじゃないかと、少し不安になる。
Vチューバーで多くの同時接続者数――いわゆる同接があるのは、大手の企業系Vチューバーくらいで、個人のVチューバーなんて、同接5人以下が当たり前、10人いったらテンション爆上がり、50人いったら泣くってレベルの世界だ。
俺としては、今回の生配信中、どこかで10人に達すれば成功だと思っている。たとえ数人でも、クマーヤのことをよく知ってもらって本当のファンになってもらえるのなら、配信の第一歩としては十分だ。
だけど、クマサンは実際に声優をやっていた元とはいえプロ。そんな人が10人にも満たない同接にショックを受けやしないかと心配になる。
「クマサン、大手みたいにはいかないから、今回見に来てくれる人はきっと少ないはず。最初は0人からのスタートだってありえるけど、クマサンがめげずに話してくれれば、少しずつ見てくれる人が増えていくから!」
「心配しなくても大丈夫だよ。今の私は声優熊野彩じゃない、名前も知られていないただのVチューバーだってわかってるから。……でも、画面の向こうにいるのがたった一人だとしても、こうやって誰かに自分の声を届けられる――それが嬉しいんだよ」
クマサンの清々しいほどの顔をみればわかる。決して強がりを言っているわけではないことが。それは彼女の本心なのだろう。
そうだ。吟遊詩人総選挙の際、俺と違い打算抜きに、ただ目の前にいた子供達に歌を届けていたのは、クマサンとウェンディだ。そんな彼女達の真摯な姿を見て、俺はクマーヤの生配信を決断したんだった。
そんな彼女に対して、俺は何を心配していたのだろうか。
俺は大きく息を吐き、彼女に向かって微笑む。
「さぁ、開始の時間だ。楽しんでいこう」
「うん!」
時間は20時。予告していた時間になった。
開始ボタンをクリックし、クマーヤの生配信が始まった。
「こんばんは! クマーヤだよ!」
クマサンのハツラツとした声が響き、それに合わせるように画面上のクマーヤが微笑む。
その顔はとても生き生きとしていた。クマーヤの表情はクマサンと連動している。それはつまり、今のクマサンがそんな顔をしているということだ。
俺はそんな彼女を心強く感じながら、手を伸ばしてマウスを動かしていく。
俺達が使っている生配信用のソフトは、多少カスタマイズを加え、同接人数が俺達にはリアルタイムでわかるようにしてある。とはいえ、少ない人数が見えたままではモチベーションが下がる危険性があるため、表示と非表示を自由に切り替えられるようにもしておいた。
クマサンと相談し、生配信が始まるまでは、非表示状態にしておき、配信開始と同時に表示に切り替えると決めていた。
俺は震えそうになる指で、非表示から表示へと設定を切り替える。
「――――!」
危うく出そうになった声を、俺はなんとかこらえた。
同時接続人数103人。
予想を遥かに超えた人数だった。
今、この瞬間、想像以上の人がクマーヤの配信に集まり、彼女の声に耳を傾けてくれている。その事実に胸が熱くなってきた。