四人揃った俺達は近くのファミレスへと場所を移すことにした。
俺達の目的は四人で遊びに行くことではなく、クマーヤのキャラクター設定を固めること。今の時間はご飯を食べるピークとはずれており、ファミレスなら多少長居しても迷惑にはならないだろう。
店に入ると、俺達はすぐに席へと案内され、俺が先頭になって店員さんについていく。
案内された席は、テーブルの片側がソファ席、もう片側が椅子だった。
女の子はソファ席の方が荷物も置きやすいだろうと、自然な流れで俺は奥側の椅子へと座った。
……あ。
四人の先頭を歩いてきたから、そのままの勢いで座ってしまったが、普通に考えて俺の隣なんて誰も座りたくないんじゃなだろうか? 向かいのソファ席がまず埋まり、最後に残った誰かが仕方なく俺の隣の椅子に座る――そんな光景が頭をよぎる。
どっちみち誰かの隣にはなるんだが、それなら最後に座った方がまだ惨めさを感じずに済んで良かったかもしれない。少し焦りを感じつつ、自分の軽率さを呪っていると――
「……え?」
隣にクマサンがすっと腰を下ろしていた。
あれ? ソファ席が空いているのにどうして?
もしかして、向かいの席で俺の顔を見ながら食事するよりも、顔の見えない隣の席の方が気楽ってことだろうか? 確かに陰気な男の顔を見ながら飯を食べても美味しくはないよな……。
しかし、そうだとすると、俺の真正面となるソファ奥の席、そこを譲り合うに違いない。そんな光景は見たくないなと思っていると――
「私、ファミレスって久しぶりなんですよ~」
ミコトさんが嬉しそうに、俺の正面に座った。最後にメイがミコトさんの隣へと腰かける。
…………。
なんだかみんな、全然嫌そうな感じじゃないな。
俺が考え過ぎていただけだろうか?
そんなことを考えながら、隣、斜め、正面と視線を動かし、俺は今の自分の状況を改めて確認する。
隣に可愛い系美女、斜めに見た目は派手だが良く見ればクールな美女、正面に美少女JK……なんだこのハーレムものの漫画みたいな状況は!?
どう考えても俺だけ場違いじゃないか?
「ねぇねぇ、何頼みます?」
ミコトさん、そんな眩しい笑顔向けないでぇ!
思えば高校生の頃に、女子とファミレスに来たことなんて一度もなかった。まさか社会人になってから――いや、今は無職だけど――女子高生と一緒にファミレスに来るとは思わなかったよ!
「アルコールはありか?」
メイがみんなの顔を見回しながら尋ねてきた。
「私は未成年ですので」
「私、お酒はダメなんだよ」
ミコトさんとクマサンが小さく首を振る。
俺もアルコールは体質的に飲めなくはないが、そもそも味が好きじゃないし、判断力が鈍るのも苦手だ。以前、仕事の付き合いで飲んだ後にゲームをプレイしたら散々な結果だったのを今でも覚えている。自分の能力をわざわざ下げるものを飲むなんて、どう考えても合理的じゃないよな。
「俺も普段からお酒は飲まないよ」
「ちぇっ! 誰も付き合ってくれないのか。じゃあ、私もノンアルコールにしておくか」
俺達の答えにメイは唇を尖らせた。
俺としては、クマーヤのことを真面目に考えたいので、メイには悪いが、その英断に感謝する。
それぞれ注文を終えて一息つくと、俺達はゲームでのキャラクターネームと現実での本名を名乗り合った。
「いまさらリアルの名前を聞いても違和感しかないな」
「確かにそうですね」
メイの呟きに、ミコトさんが頷きながら同意する。
正直、俺も同じ気持ちだった。
クマサンとリアルで会う時も、俺はいまだにクマサン呼びを続けている。やっぱり最初にどう呼んだかっていうのは重要だ。余程のきっかけでもない限り、最初の呼び名は簡単には変わらない。
「じゃあ、名乗り合ったことだし、簡単な自己紹介でもしておこうか。まずはギルドマスターの俺から」
ゲームの中でプライベートなことを語らないのは、俺のポリシーだ。
だけど、今は現実世界のオフ会。そのポリシーの範囲外だろう。
「前まではプログラマーとしてサラリーマンをやっていたけど、人間関係とか色々あって、今は無職。社会的に頼りない立場だけど、その分、ゲームにかける時間なら問題なし。クマーヤに関しても、いくらでも時間を割けるから、そこは安心してくれ」
無職に安心してくれと言われても、不安しかないかもしれないが、これが今の俺だから仕方がない。
すでに俺のことを知っているクマサンは気にする素振りを見せないし、ミコトさんやメイも変わらぬ様子で聞いてくれていた。まるで「ありのままでいい」と言ってくれているようで、心が軽くなる。
俺がほっとしていると、次に隣のクマサンが口を開いた。
「もうみんな知っていると思うけど、声優やってました。私も色々あって事務所をやめちゃったので、ショウと同じでニートやってます。でも、声の仕事は好きなので、今はクマーヤをやってるのが結構楽しいです」
クマーヤの声をやっていることについて、クマサンの想いを聞くのは、なにげにこれが初めてだった。無理して付き合ってくれているんじゃないかと不安に思うこともあったので、楽しいと感じてもらえていたことがすごく嬉しい。
ミコトさんとメイは、うんうんと頷きながらクマサンの話を聞いていた。「色々」の部分を無理に聞こうとしないのが、大事なところで気遣いができる二人らしい。
俺は声優を辞めた事情をクマサンから聞かされたが、もちろん勝手に言うつもりはない。
……しかし、よく俺に話してくれたものだ。成り行きもあったかもしれないが、信頼されていると思ってもいいよね?
「順番からすると、次は私かな」
次に口を開いたのはメイだった。俺スタートで半時計周りなら、確かにそうなる。
「私はバンドをやってて、楽器はベース担当。もっとも、売れないバンドだから、バイトしつつバンド活動をしているんだけどな。ちなみに、バンドの曲は私が作ってる。ショウに送った曲はバンドでは使わない曲だから、そのあたりは気にせず使ってくれていいからな」
「ああ、ありがとう」
俺は礼を言いながら、メイの派手な格好に納得する。きっとロックやパンク系の音楽をやっているのだろう。だとすると、深い緑色の瞳も、カラーコンタクトによるものかもしれない。
「その緑の目はカラーコンタクト?」
気になってつい聞くと、メイは少し驚いたように目を丸くし、すぐに薄く笑った。
「よく気づいたな。濃い緑だから初対面ではあんまり気づかれないのに。そんなに私の顔ばかり見てたのか?」
「――――!?」
突然のカウンターに、顔が熱くなる。確かに吸い込まれるように見惚れたいたことを思い出し、返答に詰まってしまう。
「でもこれは、カラーコンタクトじゃなくて、生まれつき。これでもクォーターなんだよ。祖母がアイルランド出身で、そこからの遺伝らしい」
生まれつきのものだったのか……。その言葉に、妙に納得してしまう。カラーコンタクトのような作られたものではなく、生まれ持った自然な美しさだからこそ、一瞬とは言え心を奪われたのかもしれない。
気がつくと、俺だけじゃなく、クマサンとミコトさんも、メイの顔をまじまじと見つめていた。
「わぁ、本当に綺麗な緑なんだね!」
「そうですね、素敵です!」
「おいおい、人の顔をそんなに見つめるなよ。恥ずかしいじゃないか」
メイは少し照れくさそうに笑った。
もしかしたら子供の頃には、その目の色をからかわれたことくらいあったかもしれない。でも、クマサンとミコトさんが見つめ視線は、そういう類のものではなく、純粋な羨望の眼差しだ。照れはしても、不快には感じないだろう。
「じゃあ、もしかして、その金色の髪も生まれつき?」
「いや、これは染めてる。バンドなんて目立つことも重要だからな」
「そっちはそうなんだ」
俺は思わず苦笑いを浮かべた。
そう言えば、瞳と違って髪には特に惹き付けられなかったっけ。