「メイらしき人はいるかなぁ」
ゲーム内でのやり取りから、メイのリアルは俺に似た陰キャだと想像していた。社交的とは程遠く、初対面の相手には取っつきにくいが、いざ仲良くなると腹を割って話し、時にズケズケと鋭いことを言ってくる。そのあたり、同じ種類の人間の匂いを感じる。陰キャ男子ならリアルでも意気投合できそうな気がするし、陰キャ女子だとしても、恋愛感情なしの異性の友達として、それなりにやっていけそうな気がしていた。
しかし、辺りを見回しても、俺が想像するような陰キャ男子も陰キャ女子も見当たらない。次の電車で来るのかと駅の方へ視線を向けながら、徐々に心配が募る。
俺はともかく、クマサンはかつて声優をしていたような可愛い女性だし、ミコトさんはリアル高校生で、明るい性格の美少女。どう見てもカースト上位の風格がある。もしメイが俺と同じ陰キャなら、こんな二人を目したら気後れして帰ってしまうかもしれない。
ちゃんと来てくれるといいんだが……。
――などと心配していると、何やら俺達を睨むような視線を感じる。
見れば、金髪の女がこちらに向かってゆっくりと近づいてくる。
俺がクマサン達を待っているときから、俺を見ていたあの女だ。
俺達が騒いでいたことが気に障ったのだろうか?
とはいえ、限度を超えるほどのことをしていたわけじゃなく、文句を言われる筋合いはない。
俺はクマサンとミコトさんをかばうように前に立ち、接近してくる彼女と対峙した。
「何か用ですか?」
俺がそう問うと、女は鋭い視線を俺へと向けてきた。
俺の身長から考えて、彼女の身長は165センチほどか。クマサンが155センチくらいで、ミコトさんがそれよりも高くて160センチあるかどうかといったところなので、二人と違って目の前にするとなかなかの圧を感じてしまう。
とはいえ、男の俺がこうやって対応すれば、きっと引き下がるはずだ――と思っていた。
「用があるから来たんだけど?」
残念ながら引き下がってはくれなかった。
ハスキーな声で、俺の言葉に真正面から対抗してくる。
ガチで因縁をつけてくる気か?
女一人なのにずいぶんと強気なのが気になる。彼女もずっとここで人を待っている風だった。そのうち仲間が来るのかもしれない。
俺の中の焦りの気持ちが大きくなってくる。
とはいえ、クマサンとミコトさんの前で格好悪いところは見せられない。
「用ってなんですか? 話なら俺が聞きますよ」
正直、内心はかなりびびっている。でも、アナザーワールドのショウなら、仲間を背にした状況では絶対に退かないはずだ。
俺は負けじと彼女の目を見返した。
切れ長の鋭い目がこちらを見据えているが、よく見ると純粋な黒ではなく深い緑色が混じっていて、その奥に吸い込まれるような独特の深さがあった。
「用って、オフ会に決まってるだろ?」
「……え?」
身構えていただけに、彼女に言葉に混乱する。
オフ会とは、新たな因縁の付け方だろうか?
「ショウだろ? ゲームのイメージ通りだったから、すぐにわかったぞ」
「えっ? ええっ?」
ゲームのイメージ通り? ミコトさんといい、今の俺とゲームの俺のどこに共通点があるというんだ?
だが、今はそんなことどうでもいい。
彼女は俺のことを「ショウ」と呼んだ。その言葉に、こんがらがっていた俺の頭が一つの答えを導き出す。
目の前の彼女が、まかさもう一人のギルドメンバー、メイってことなのか!?
俺は改めて、頭から足先まで彼女を見つめ直す。
見た目は二十代前半。肩まで伸びた金髪を陽光に輝き、耳に揺れる十字架のピアスがキラリと光る。黒のパーカーは彼女の体に程よくフィットし、袖のほころびは長年の愛着を物語っているかのようだ。インナーには派手な英字ロゴがプリントされたTシャツが覗き、下はダメージジーンズ。ラフにこなれており、太ももにある深めの裂け目からは白い肌が露出し、ラフな中にもどこかセクシーな雰囲気を醸し出していた。足もとはショートブーツで、自然に擦れた風合いから愛用していることがうかがい知れる。首にはチェーン付きのチョーカー、腕にはチェーンのブレスレッドが巻かれ、俺の周りではあまり見ない個性的なファッションだ。
「……メイなのか?」
「ほかの誰に見えるんだよ」
いや、少なくとも俺が描いていたメイのイメージとは全然違うよ……。
「私はここでショウを見かけて、すぐにわかったぞ。ショウに気づいてもらおうと離れたところから視線を送ってたのに、全然気づいてなかっただろ」
あれは俺を睨んでいたわけじゃなかったのか……。てっきりガンを飛ばされているのかと思っていたが、彼女の言葉通りなら、俺に気づいてもらおうとアピールしていたことになる。
「気づいていたのなら声をかけてくれよ」
「……いや、だって、気づいて声かけてもらった方が……嬉しいだろ」
さっきまで強気そうな顔をしていたメイが、急に照れたように視線を逸らした。
うーむ、見かけはこんなだけど、中身はやっぱり俺と同じで引っ込み思案なのだろうか? 自分から声かけるのには、確かに勇気いるもんな。
「気持ちはわかる。声かけて間違っていたら恥ずかしいもんな」
「……はぁ。ゲームの中では気が回るのにのに……」
なぜかメイはため息をつき、がっかりしたような顔をしていた。
なんだ? 俺は何か間違ったことを言ったのだろうか?
首を傾げる俺をよそに、メイはミコトさん達に向き直った。
「そっちはミコトだな? ゲームのキャラのイメージ通りだよ」
「そうですか? 私、あんなに可愛くはないですけどね」
いやいや、ミコトさん。あなたは十分に可愛いって。
「クマサンは……聞いてはいたけど、実際に会うとゲームとの違い驚くな」
「そういうメイだって、ゲームとは随分印象が違うけどね」
「そうか?」
クマサンとメイは、互いにギャップに感じているようだが、その違いを楽しむように笑っている。
高校生のミコトさんは当然として、クマサンも飾り気のない服装で、アクセサリーなどは一切つけていない。ピアス穴も見当たらないし、そういった装飾品には本当に興味がないのだろう。
しかし、素材の良さを生かした可愛さのクマサンとミコトさんの二人と、色々と派手なメイが並ぶのは、妙にアンバランスな感じがする。周りから見れば、どういう関係なのかと不思議に思われるかもしれない。
だが、場違い度で言えば、一番は俺かもしれない。それぞれ違う個性で目を引く三人に対して、俺はただの陰キャ。格差がありすぎるって!