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第86話 オフ会 する? しない?

 オフ会――それは、ネットゲームなどオンライン上で知り合った者同士が、現実で顔を合わせて交流するイベントのことだ。

 都市伝説だと思っていたくらいなので、アナザーワールド・オンラインに限らず、今までやってきたネットゲームを含めても、俺にオフ会の経験はない。


「ショウさんとクマサンは何度も会っているのに、私は一回も会ったことがありません。ずるいです!」

「あー、確かにそれはそうかもな」


 ミコトさんの悔しそうな声に、メイまで乗ってきてしまう。

 確かに俺はクマサンと会っているが、それはあの事件がきっかけだし、ミコトさんが言うように何度も会っているわけではない。クマーヤの動画に必要な時に会っているだけだから、用もないのに二人で会っているような言い方は誤解を招きそうなのでやめてもらいたいところだ。

 だけど、考えてみれば、ミコトさんはクマサンが声優の熊野彩さんだと知ったときに驚くと同時に感激していた。つまり、少なからず熊野彩さんのファンだということだ。そんな彼女に俺だけが会っていることに関して、ミコトさんがずるいと思うのはある意味当然のことかもしれない。


「リアルのクマサンに会いたいというミコトさんの気持ち、俺だってわからなくはないよ」

「え? クマサンにだけ会いたいというわけでは……」

「でも、みんなの住んでいるところがバラバラだと、オフ会もそう簡単にはいかないだろ? ミコトさんがいくら望んでも、物理的な壁があるんだよ」


 大丈夫、俺は冷静だった。

 ミコトさんが何か言いかけたような気もするが、彼女が言い切る前に正論をぶつけた。

 たとえば、ミコトさんとメイが沖縄と北海道に住んでいるとしたら、交通費に宿泊費、それに移動時間、それらを費やしてまでオフ会を開くなんて現実的じゃない。

 ネットゲームの良さは、物理的な距離を超えて、こうして会って話せることにある。わざわざオフ会なんてする必要があるとは俺には思えなかった。


「それはそうですけど……」


 そう、ミコトさんは決しておバカさんではない。感情にまかせて、理性をすっとばしてしまうような人ではないので、こうやってちゃんと説明すればわかってくれるのだ。


「じゃあ、それぞれ住んでいるところを言っていきましょうよ。それでどうにもならないようなら、私も諦めますから」


 これまで俺は、アナザーワールドでリアルの情報は極力出さないようにしてきた。だが、こういう状況になっては多少は仕方ないだろう。それでミコトさんが納得してくれるのなら安いものだ。確率的には、全員が同じ都道府県に住んでいるなんてことはまずあり得ない。


「わかった。それでミコトさんの気が済むのなら構わないよ」


 だから、俺はそう言ってミコトさんの提案を受け入れた。

 彼女自身が言い出したことなら、オフ会がダメになってミコトさんに恨まれないですむ。


「はい。では、言い出した私から始めますね。私が住んでいるのは――」


 ミコトさんの言葉に心臓に跳ね上がる。

 彼女が言った場所は、俺が住んでいるところの隣の都道府県だった。電車でなら余裕で移動可能な範囲になってくる。

 しかし、まだ慌てるには早い。メイもまたそんな近くだとは限らない。どこか遠くに住んでいれば、それを理由にオフ会を中止できる。

 俺は息を呑み、視線をメイに向けた。


「ショウ、なんだか私を見る目が怖いぞ。次は私に言えということか?」


 俺が小さく頷くと、メイは少し困ったように肩をすくめた。


「まぁ、いいけど。私が住んでるとこは――」


 メイが告げた場所は、ミコトさんのところとは反対側になる隣の都道府県だった。

 四人が同じ都道府県なんていう漫画みたいな展開ではなかったが、それでも四人ともが近い! 近すぎる!


「で、ショウさんはどこ住みなんですか?」


 ミコトさんの追い詰めるような視線に、俺は思わずたじろぐ。

 嘘を言ってもクマサンにはバレる。それに、この状況でギルドメンバーに嘘はつけない。


「俺は――」


 観念した俺は正直に自分の住んでいるところを告げた。クマサンも同じ地域に住んでいるので、当然同じ都道府県名を言うことになり――


「すごい偶然ですね! 四人ともが会えるくらい近くにいるなんて! きっと私達が同じギルドに集まったのって運命なんですよ!」


 ミコトさんは運命の王子に出会った乙女のように歓喜していた。

 俺も四人の出会いに運命を感じたいが、期待していたのはこういう形ではない。


「これはミコトの勝ちだね。私もオフ会みたいなノリは好きじゃないんだけど、ショウ、もうミコトの望み通りにするしかなさそうだな」


 メイが目を細めて俺の方を見てきた。言葉だけならメイ自身はオフ会に乗り気ではなさそうに聞こえるが、表情を見るとおもしろがっている様子だった。

 くそっ! みんなロールプレイタイプだと思ってたのに、実はそうでもなかったのか!?

 俺は最後の頼み綱とばかりに、助けを求めるようにクマサンの方に目を向ける。


「オフ会か……初めてだ」


 だめだ……。クマサンもその気になってて、むしろ楽しみにしているようにさえ見える。

 俺は賭けに負けたことを認めるしかなかった。


「……わかった。オフ会をしよう」

「やったぁ!」


 ミコトさんが嬉しそうに手を叩いた。


 こうして、俺は過去最難関クエスト――オフ会に挑むことになってしまった。


 ……オフ会に着ていく服なんてあっただろうか?


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