「――というわけで、クマーヤの生配信をやってみたいんだけど、どう思う?」
翌日、ログインしてみんなが俺の店に集まったところで、俺は生配信をしたいという想いをみんなに伝えた。
ギルドメンバーのみんなには普段から気軽に相談などしていたが、さすかに今回ばかりは緊張する。生配信するとなれば、準備もさることながら、メンバーの意見が何より大事だ。店内の個室部屋は、会話が外に漏れることがないため、こういった話をするにはうってけつだった。
「生配信とは、ずいぶん思い切ったことを考えたものだな」
「私はクマーヤが生で動いて喋るところ見てみたいです!」
メイは賛否を明らかにしなかったが表情は満更でもなさそうで、ミコトさんは全面的に賛同してくれた。
俺は今回の企画における最重要人物であるクマサンの反応を横目で窺う。
生配信をする際に、一番大切な役割を担うのは、どうしても声をあてているクマサンになってくる。言い出した俺が替われるのなら喜んで替わるのだが、こればかりはそういうわけにはいかない。クマーヤは外見的に可愛いが、同じように可愛いVチューバーはこの世界にはいくらでもいる。だけど、クマサン――熊野彩さんの声は唯一無二のものだ。
もしクマサンが生配信をやりたくないと言うなら、残念だがこの企画は諦めるしかない。
そう思ってクマサンの様子を探るのだが、獣人であるクマサンの表情はわかりにくく、どう感じているのかイマイチ読めない。
クマサンは俺の視線に気づいたのか、少し間を置いて口を開いた。
「俺もやってみたい」
その一言に、俺は心の中でガッツポーズを決めた。
クマサンがその気になってくれるのなら、もう決まったも同然だ。
クマサンの言葉を聞いて、メイも納得した様子で頷いている。
「へぇ、クマサンもやる気なんだ。普段のクマサンからすると意外な感じだけど、やっぱりクマサンも表現者なんだな。わかった、クマサンも賛成なら私も異論はない」
メイの賛同も得て、これでギルドメンバー全員一致でクマーヤの生配信が決定した。
ただ、メイの「クマサン『も』表現者」という言葉がちょっと気にはなった。クマサンが元声優なのはもう全員が知っていることだ。だとすると、メイも似たような仕事をしているのだろうか? それとも、音楽を作ったりしているみたいだから、趣味の活動のことを言っているのだろうか?
気にはなったが、プライベートなことに突っ込みのは野暮なことなので、自重する。
ネットゲームをする人間は、大きく分けると二つのタイプに分けられる。
一つは、ネットゲームを現実の延長として扱う「リアルタイプ」の人間だ。彼らは、ネットゲームの世界でも気軽に現実の話題を出し、ゲームのキャラクターとして楽しむよりも、実際の自分としてゲームの世界に参加している。彼らはとって、ゲームのキャラクターは、現実の自分が操作するキャラクターに過ぎない。
一方、もう一つは、ネットゲームを現実から切り離し、ゲームの世界に溶け込むことを楽しむ「ロールプレイタイプ」だ。彼らはゲームの世界に現実の話を持ち込まず、ゲームの世界のキャラクターになり切ることを楽しむ。そんな彼らにとって、現実の話題は禁忌に近い。
この二つのタイプは、10-0で一方に振り切っている者同士が出会おうものなら、大変なことになる。リアルタイプから見れば、ロールプレイタイプは、ゲームキャラになり切っている変な奴でしかないし、逆に、ロールプレイタイプから見れば、リアルタイプは、神聖なゲームの世界に現実を持ち込んで汚す異端者でしかない。こんな両者が仲良くできるはずがない。
とはいえ、10-0でどっちかに振り切っている人なんて一部で、たいていの人は、割合は違えどどちらの性質も持ちながら、折り合いをつけてゲームを楽しんでいる。
このギルドのメンバーは、明らかにロールプレイタイプの比率が高いプレイヤーが揃っていた。
俺とクマサンとは諸事情で現実でも出会ってしまい、互いのことを知っているが、ミコトさんとメイについては年齢も性別も知らない。それでも俺達は、お互いに信頼し合い、助け合ってこの世界を生きている。互いのリアルの素性なんて気にもしないこのギルドの空気感が、俺は好きなんだ。
だから、ちょっと気になったくらいで、メイのリアルについて聞くようなことは、俺は間違ってもやりはしない。
「クマサンもメイさんもオッケーなら、これで決まりですね! 生で喋るクマーヤ、今からもう楽しみです!」
ミコトさんは早くもノリノリだった。
だが、そんなミコトさんの隣で、賛同してくれたはずのクマサンが少々難しい顔をしていた。
「ただ、生配信をするなら、クマーヤの設定について決めておいてもらいたい。クマーヤには何か原作があるわけじゃないから、俺自身クマーヤがどんなキャラクターなのか正確にはわかっていない。クマーヤを演じるには、もっとクマーヤの細かい情報が必要だ。クマーヤはみんなのものだから、俺が勝手にクマーヤの人格を決めるわけにはいかないだろ?」
なるほど。
確かに、クマサンの言う通りだった。
一人でやってるVチューバーなら、自分の思い通りの発言や受け答えをしても、何ら問題はない。でも、クマーヤは俺達みんなで作った存在だ。クマーヤがどんなキャラクターなのか、それぞれ考えていることに違いがあるだろう。
今までの動画では、クマーヤはゲームの実況や解説をしているだけだったから大きな問題になっていなかったが、生配信で視聴者とやりとりをするなら、クマーヤの個性がそこに大きく出てきてしまうことになる。
あとから「私のクマーヤはそんなこと言わない!」なんて言い出して喧嘩になり、ギルドに溝が生まれることは避けなければならない。
「じゃあ、生配信の前に、クマーヤの性格や設定について、みんなですり合わせをしよう。全員の希望をすべて入れ込むことはできないだろうけど、どうしても譲れない部分などはできるだけ反映するようにして、クマーヤの内面の部分を形にしていこう」
「そうだな。そうしてくれれば、俺もクマーヤというキャラクターが自分の中に落とし込める」
クマサンはプロの声優として活躍していた人だ。彼女の中でクマーヤがしっかり形作られれば、その瞬間からクマーヤそものものとして振るまえるだろう。
俺はその点について全く心配していなかった。タンクとしてと同じくらい、俺はクマサンの演技力を信じているからだ。
「じゃあ、せっかくみんな集まっていることだし、今ここで詰められるところまで話し合ってみようか」
俺としては当然の提案だった。みんなもきっと賛同してくれるものだと思っていた。
だが、意外なところから反対の声が上がった。
「待ってくださいショウさん」
「ん? ミコトさん、どうしたの?」
「こういう大事なことは、ちゃんとお互いの顔をしっかり見て、目と目を合わせて話合って決めないといけないと思います。私は吟遊詩人クエストで、ショウさんにそのことを教えられました」
ミコトさんの言っているのが、ミコトさんとカレンが喧嘩した時のことだということはすぐにピンときた。だが、それと今の状況とがどうもリンクしない。
「でも、ミコトさん。俺達は今こうしてちゃんと顔を合わせているけど?」
「違います! そうじゃないです! クマーヤがこのアナザーワールドの世界のVチューバーなら、私も何も言いません。でも、クマーヤはリアルの世界のVチューバーです」
リアルの世界のVチューバー、その表現って正しいのかと一瞬考えてしまう。ネットの世界のキャラクターもリアルなのか?
だが、本質的な問題はそこではない。
ミコトさんが何を言いたいのか、いまだ俺は理解できず、彼女の言葉に注意深く耳を傾ける。
「ですから、私達もリアルで会って、お互いの顔と顔、目と目を合わせて話をするべきだと思うんです。つまり、オフ会です!」
「――――!?」
思いがけないミコトさんの言葉に、俺は心底驚き、思わず飛び上がりそうになる。
見れば、クマサンとメイもびっくりしたように目を見開いていた。
オフ会、それはロールプレイタイプの者の間では都市伝説として語られているものだ。リアルタイプの人達の間では、実際に行われているなどという話も聞くが、俺は信じてはいない。
ロールプレイタイプが集まったこのギルドでは、話題に上ることなどないと思っていたのだが、まさかこの俺が実際にオフ会を提案される日がくるとは……。
俺は隣のクマサンと互いに目を見合わせた。
クマサンの顔には困惑の色が浮かんでいたが、きっと俺も同じ顔をしているのだろう。