クエストは翌日へと移り、俺達と六姉妹とは彼女達の屋敷で別れの時を迎えていた。
「みなさんのおかげで、妹のウェンディがディーヴァに選ばれました。姉として礼を言わせてもらいます」
長女のアリシアが深々と頭を下げると、ほかの五人もそれに倣うように揃って頭を垂れた。
「本当にお世話になりました。これからは誇りをもってディーヴァを名乗り、その名に恥じない音楽を多くの人に届けたいと思います」
六人が頭を上げると、勝者であるウェンディが一歩前に出て、胸を張ってそう言い切った。初めて会った時は、六姉妹の中で彼女が一番おとなしそうに見えたが、クマサンと過ごした日々が彼女を大きく成長させたのだろう。
そして、今のウェンディの言葉で、俺の中で疑問に思っていたことが一つ解決した。
それは、プレイヤーによって、このクエストの優勝者が違うという問題だ。今回の俺達のパーティでの勝者はウェンディだが、ほかのプレイヤー達も同じ結果になるとは限らない。そもそもウェンディが最初の選択で、プレイヤーから選ばれないケースだってあり得る。
そうした時、今後の街の中でNPC達が勝者の話題に触れる時、どのプレイヤーの結果を基準にするのか――俺はその問題をどう処理するのだろうと思っていたのだ。
だが、ウェンディという固有名詞を出さず、「ディーヴァ」という呼び方をさせれば、この問題は解決できる。なるほど、うまいやり方かもしれない。
「ウェンディ、これからも頑張ってくれよ」
「はい! マネージャーのことはずっと忘れません!」
ウェンディが見ているのは、俺ではなくクマサンだった。
まぁ、それはそうだろう。
今回のクエストの主人公は、俺ではない。クマサンなんだから。
――そう思っていたのだが、どうやら俺のクエストの主人公は、やっぱり俺だったのかもしれない。
エルシーが俺へと一歩近づき、まっすぐな瞳で見つめてきた。
「ショウさん」
「エルシー……」
「今回はウェンディに及びませんでしたが、必ずウェンディを、そして母をも超える吟遊詩人になってみせます。だから、いつまでも私のことを見守っていてください」
「ああ! 俺はいつだってエルシーのことを応援しているよ! だって俺はプロデューサーである前に、エルシーの一番のファンなんだから!」
「はい!」
ふと見れば、ミコトさんもメイもそれぞれ自分がプロデュースした女の子と最後の別れを交わしていた。
そう、たとえ優勝できなかったとしても、それぞれのプレイヤーが主人公なんだ。
クエスト「吟遊詩人総選挙」をクリアしました
プロデュースした吟遊詩人の順位に応じて報酬とアイテムが
アイテムボックスに加わりました
システムメッセージが告げる。
長かったクエストがついに終わったのだと実感した瞬間、視界が一瞬ブラックアウトし、気づけば俺達は屋敷の外へ戻されていた。
横を見れば、クマサンとミコトさん、そしてメイも同じように立ち尽くしている。
「……終わっちゃったんだな」
「ああ。今回はクマサンにおいしいところを持っていかれていかれたわ」
メイはまだ悔しそうだった。序盤の状況を考えれば、圧倒的有利なのはメイだったのだから、それも当然だろう。
「メイは相当金をつぎ込んだんだろ? 4位の報酬じゃ、全然割に合わないんじゃないか?」
「別に、金のことはいいんだよ。また鍛冶で稼げばいいだけだから。私は金なんかよりも欲しいものが……ん、なんだこれ?」
「どうした?」
「いや、アイテムの中に変わったものが……」
メイに言われて、俺達は自分のアイテムボックスを確認する。
システムメッセージにあったように、金が増えているだけでなく、アイテムもいくつか増えていた。戦闘時に使えるアイテムや素材など、貴重ではあるが見たことのアイテムばかりだったが、その中に、初めて見るアイテムがあった。
「エルシーとの絆?」
似たアイテムとして「キャサリンとの絆」をクエストの中で手に入れていたが、それとは別に「エルシーとの絆」というアイテムが増えていた。
「私は『イングリッドとの絆』だ」
「私は『カレンとの絆』です」
「俺は『ウェンディとの絆』になっている」
それぞれ自分がプロデュースした女の子との絆を象徴するアイテムを手に入れているようだった。
「ちみなに、『キャサリンとの絆』もあったりする?」
「はぁ? なんだそれは?」
「さすがにそれはないですよ~」
「キャサリンはそもそも選べないキャラクターだからな」
俺の問いに、みんなは首を振る。
どうやら「キャサリンとの絆」を持っているのは俺だけのようだ。「キャサリンとの絆」の効果は、結局クエストの最後までよくわからなかった。使おうとしても何も起こらなかったが、俺が理解していないだけで、何か効果が出ていたのだろうか?
しかし、そうすると、この「エルシーとの絆」も使いみちがわからないアイテムってことなのだろうか?
まぁ、クエストクリアの証みたいなアイテムもたまにあるから、そういう類のものかもしれない。
「みなさん! 『カレンとの絆』をアイテムとして使ったら、カレンの歌が流れてきました!」
「――――!」
なんだってぇー!?
俺は慌てて「エルシーとの絆」をアイテムとして使ってみた。
そうすると、それまで流れていたメロディアの街特有のBGMが消え、エルシーの歌声が響いてきた。
「これならいつでもウェンディの曲が聴ける……」
「イングリッドの歌が聴けるなんて……。やっぱり金じゃ手に入らない価値ってのは、こういうものだよな」
クマサンとメイも俺と同じように、それぞれの思い出のある曲を聴いているようだった。
残念ながら俺にはカレンやウェンディ、イングリッドの歌は聞こえてこないが、エルシーの歌ならいつでも聴くことができる。俺にはそれで十分だ。
……ちょっと待てよ。
「エルシーの絆」でエルシーの歌が聴けるってことは――
俺は慌てて「キャサリンの絆」を使ってみた――が、やはり何も起こらなかった。
キャサリンの曲が聴けるんじゃないのかよ!
なんなんだよ、このアイテムは!
期待して損したが、かと言って「キャサリンとの絆」を捨てる気にはなれない。
まぁ、捨てることも売ることもできないアイテム設定になっているから、そもそも捨てようがないんだけどな。
こうして俺達は、それぞれ自分達専用の思い入れのアイテムを手に入れ、今回のクエストを終えた。
ぶっ通しの長時間プレイになっていたため、俺達はこの日のプレイはそれで終え、パーティを解散して全員ログアウトした。
「ふぅー、疲れたけど、いいクエストだったな」
VRヘッドギアを外して、俺はゆっくりと大きく息を吐いた。
今回のクエストは、俺にとって色々と学ぶことが多かった気がする。
人とのかかわり方について、まさかNPCから教えられることになるとは思いもしなかった。
それに、目の前のファンと真摯に向き合うクマサンのあの姿勢、あれは見習わなければならない。
今回のクエストの内容は、またクマーヤ用の動画としてアップするつもりだったが、それだけでは不足だ。一方的な提供では、きっと見てくれる人には届かないだろう。
俺はインフェルノ戦の動画に寄せられたコメントを思い出していた。
数は多くなかったが、そこにはクマーヤの生配信を望む声が確かにあった。
生配信を通じて、クマーヤのファンになってくれた人と直接触れ合う――クマサンとウェンディを見て、俺はそういう活動も必要だと感じていた。
「クマーヤの生配信……見てくれる人なんてわずかだろうけど、やってみるか」
今回の
Vチューバークマーヤが新たな一方を踏み出す必要がある――俺がそう感じたに新たな一方
今回のクエストのおかげで、俺はVチューバークマーヤの新たな一歩を踏み出す勇気を得ていた。