カレンとイングリッドの名前が先に呼ばれた時点で、心のどこかで「勝てる」と思ってしまっていた。ウェンディには最初の予想順位を除けばずっと順位で勝ってきていた。イングリッドのようなスキャンダルも、カレンとミコトさんのような喧嘩トラブルも、俺とエルシーにはなく、ほかに失態を犯したわけでもない。
それでも最後の最後でクマサンのウェンディにまくられ、エルシーは2位どまりで終わってしまった。
「……なぜだ?」
俺は全員の順位が並んでいる、結果を表示したウィンドウを食い入るように見つめた。そこでは、順位だけでなく、各キャラタクーがどういった人達から人気を得ていたのかという詳細結果も確認できた。
俺の読み通り、エルシーの男性人気は高く、特に若い男性人気は突出している。それ以外の層からの支持も決して悪くはない。
一方でウェンディは、エルシーの支持層である若い男性人気は高くないが、一定年齢以上の男女に幅広い人気があった。だが、俺が見ていた限り、ウェンディがそういった層へと特別なアピールをしていた様子はなかったはずだ……。
俺の知らないところで何か秘策を進めていたのだろうか?
俺は首を捻りながら観客席に目をやった。そこには、投票権はないものの、順位発表を期待して見に来ている子供達の姿があった。子供達は、ウェンディが1位になったことに、純粋に喜んでいる。
「――――! そういうことか!」
俺はそこで気づいてしまった。そんな子供達の隣に、嬉しそうにしている子供を楽しそうに見ている父親と母親がいるということに。
確かに、子供達に投票権はない。だが、子供達が「ウェンディがいい!」と喜べば、両親や祖父母もその感情を無視できるわけがない。子供達がウェンディのライブを見たいとせがめば、保護者も一緒に行くことになる。そうして見ていくうちに、親達もウェンディに惹かれていくのだろう。ほかにいいなと思える吟遊詩人がいても、子供達に頼まれれば「自分の一票くらいなら」と投じてしまう親だっているだろう。
ウェンディはそうやって票を重ねていったのか……
俺は勝利を分かち合うクマサンとウェンディのもとへ足を向けた。
「おめでとうクマサン。俺の完敗だよ。……クマサンの戦略を読み切れてなかった」
「ありがとう、ショウ。でも、戦略って何のことだ?」
クマサンにとぼけている様子はなかった。
「子供達にアピールすることによって、両親、さらには祖父母まで取り込もうとする戦略だよ。一人の子供を味方にすれば、両親や場合によっては祖父母まで、実質、数票分を得ることができる。そんな巧妙な作戦だったんだろ?」
俺の言葉にクマサンは戸惑いながら首を振る。
「なんだ、それは? 俺達はただ、公園で出会った子供達が寄ってきてくれたから、喜んでくれるように頑張っただけだ。勝てたのは、ウェンディが目の前に人に常に真摯に向き合ってきたからにほかならない」
「そんなことないですよ。マネージャーがいつもそばにいてくれたからです。だから私は何も迷うことも不安に思うこともなく、ただ心を込めて歌うことができたんです」
「…………」
互いに相手のおかげだと言い合う二人を、俺は無言で見つめた。
クマサンは本当に子供の親まで取り込もうなんて考えてなかったんだ。ただ、目の前にいる人と、ウェンディのことだけを考えていたんだ。
情報収集に励み、作戦を練り上げた俺は、そんな無策の二人に敗北したのか……。
もし、これが計算され尽くされた戦略であったなら、俺はもっと納得できたのかもしれない。だけど、この負けは……正直、悔しい。
「ショウ!」
肩を落とす俺の背中に、叱責するような鋭い声が飛んできた。
その声はキャサリンのものだった。
振り返ると、目を吊り上げた彼女が俺を睨んでいる。
俺がエルシーを優勝させられなかったことを怒っているのだろうか?
でも、同じ六姉妹のウェンディが優勝したなら、彼女の目的は果たされているはず。何をそんなに怒っているのだろうか?
「エルシーを優勝させられなかったことを怒っているのか? でも、ウェンディが優勝なら、君も文句はないはずだろ?」
「誰が優勝とか、今はそんなことはどうでもいいのよ!」
いやいや、それが一番重要だろ?
俺は語気を荒立てるキャサリンに戸惑うしかない。
「何をそんなに怒ってるんだ?」
「そんなこともわからないの!? ちゃんとその目で今のエルシーを見なさいよ!」
「え?」
キャサリンの言葉に促され、俺は慌ててエルシーへと視線を向けた。
いつの間に繋いでいた手を離し、クマサン達の方へ来ていた俺は、元の場所に一人エルシーを残していた。今、彼女はそこで悔しさそうに、そして寂しそうに、肩を震わせている。
「優勝できなかった悔しさを一緒に分かち合ってもいい、2位になったことを褒めてあげてもいい――でも、あなたは一体何をしているの!?」
「――――!!」
キャサリンの言葉が、俺の胸に鋭く突き刺さった。
イングリッドが4位になった時、メイは彼女の頭を撫で、カレンが3位になった時、ミコトさんは彼女とすぐに抱き合った。
30日もの間、一緒に頑張ってきたんだ、それは当然の行動だ。
……なのに俺は何をしている?
結果が出た瞬間、エルシーの手を離し、最初にしたのは順位の分析だった。そして、彼女に声をかけることもなく、クマサン達のもとへと向かっていた。
ああ、敗因は俺だ。
情報収集や敵情視察と理由をつけて、俺は何度もエルシーを一人にしてきた。
何より、頑張った結果2位だった彼女を、たった一人にさせてしまった。
クマサンと俺、勝った者と勝てなかった者、その決定的な差がなんだったのか、今さらながら俺は気づいた。
「エルシー!」
俺はエルシーへと走り寄り、彼女を思い切り抱きしめた。
ごめん――そんな謝罪の言葉が出そうになったが、それをとどめる。
それは彼女に最初に言うべき言葉じゃない。
「よくやった! 君のパフォーマンスは誰よりも輝いていた! ほかの人がどんな順位をつけようとも、俺の中ではエルシーが1番だ」
「ショウさん……」
「そして、ごめん! 君を一人にして」
それは、これまでのクエストの中で何度も一人にしてきたことに対してか、今一人にしてしまったことに対してか、自分でもよくわからない。
「いえ、ショウさんだったからこそ、私はここまで来られたんです」
「エルシー……ありがとう!」
ああ、ようやく俺は今エルシーの心と繋がれた。
これなら俺達はもう誰にも負けない。
――――だけど、このクエストはもうすぐ終わる。次の戦いはない。
インフェルノ戦のように勝てるまで何度も挑戦できるクエストもあるが、今回の吟遊詩人総選挙はそういうクエストではない。結果にかかわらず、一人1回しか経験できないたぐいのクエストだ。
エルシーを優勝させられなかった悔しさ、それは俺がこのゲームをやり続ける限り、いや、いつか辞める日が来ても、きっと心の中に残るだろう。
だけど、それでも俺はエルシーがナンバー1の吟遊詩人だと思う。
だって、悔しさよりもさらに強く、エルシーの魅力が溢れたあのパフォーマンスが、俺の心には残っているんだから。