「やっぱりこの四人が残ったな」
強がる言葉のわりに、メイの顔には安堵の色が浮かんでいた。やはり恋愛スキャンダルと黒い噂のコンボに、苦しい思いをしていたのだ。しかし、その逆境を乗り越え、彼女はここまで挽回してきた。
「カレンが1位のまま逃げ切らせてもらいます」
ミコトさんの表情は、緊張感があるものの生き生きとしていた。カレンと喧嘩してふさぎ込んでいたあの時の彼女とはまるで別人だ。
もしかしたら最大のライバルを俺自身が蘇らせてしまったのかもしれない。だけど、あのままくすぶっている彼女に勝ったところで、何の意味もない。それに、ミコトさんに曇り顔は似合わない。彼女は笑っている時が一番可愛い。
「俺はウェンディを信じている」
クマサンは落ち着いているように見えた。イングリッドやカレンと違って、ウェンディはここまで大きく跳ねることもなく、逆に大きく落ち込むこともなく、エルシーの後ろの順位の後ろに粘り強く食らいついてきている。まるで耐え続けるクマサンのプレイスタイルのようで、油断はできない。ダークホースと思っていては逆にしてやられる。クマサンこそが、最も強力なライバルになり得るかもしれない。
三人の様子を見届け、俺は再び司会者の声に耳を傾ける。
「第4位――イングリッド」
最初に名を呼ばれたのは、メイのイングリッドだった。
「ここまでかっ!」
そう叫んでメイは天を仰いだ。
だが、彼女は俯いていない。負けてもなお上を見ている。
きっとそれは、メイなりにやれることはやりきったからだろう。
「ごめんな、イングリッド。私が足を引っ張った」
「そんなことない! お姉ちゃんがいてくれたからここまで来られた!」
メイをお姉ちゃんと呼ぶイングリッドに一瞬驚いたが、そういえばメイは呼び名を「お姉ちゃん」に設定していたんだと思い出す。
メイはそんなイングリッドの頭をそっと撫でる。その姿は本当の姉のように俺の目には映った。
その姿を見て、ふと考えてしまう。もしイングリッドの恋愛スキャンダルが出たときに、メイがその火消に動かず噂が消えるのをじっと待っていれば、きっとイングリッドの順位は今と違ったものになっていただろう、と。
ふと、イングリッドを撫でるメイと目があった。
何を見てるんだと怒られるのかと思ったが、メイは柔らかく目を細め、俺に向かって呟く。
「ショウ、私のぶんも頑張れよ」
その一言が胸に染みた。
今さら俺に頑張れることはなにもない。
でも、メイのその言葉は、彼女から力をもらえたようで、嬉しかった。
「いよいよここからはトップ3の発表です!」
司会の声が会場に響き渡り、客席からは歓声が爆発した。
いよいよ、残る吟遊詩人は3人のみ。
緊張が張り詰める中、次に呼ばれる名前にすべてがかかっている。
「第3位――」
誰の名前が呼ばれるのか。
いよいよエルシーの名前が呼ばれてしまうかもしれない。
その予感に喉が渇くのを感じながら、俺は息を止めた。
俺、ミコトさん、クマサン――ここで消えるのは誰だ?
「――カレン」
――――!
驚きで心臓が大きく跳ねる。
前回の予想順位では1位だったカレンが、ここで3位になるとは!
正直、この結果は少し予想外だ。
カレンこそが恐らく最後に優勝を争う相手だと思っていたから。
27日目の同時ライブ、そこで途中からしかライブを始められなかった影響がやはり大きかったのだろう。それに、カレンは最後まで大音楽劇場でライブをすることができなかった。そのため、盛り返すのにも限界があったのかもしれない。
きっと落ち込んでいる――そう思ってミコトさんの方を見れば、ミコトさんとカレンは健闘を称え合うように抱き合っていた。
「ごめん、ミコト!」
「私にとってはカレンが一番だったよ」
ミコトさんに落ち込んだ様子はない。その言葉は強がりでもなく、心からの言葉に聞こえた。彼女の腕の中のカレンも、ミコトさんの表情と言葉で安心したのか、彼女らしい明るさを取り戻している。
そんな二人をいつまでも見ているのは失礼だと思い、俺は目を逸らすが――
「ショウさん」
ミコトさんに呼びかけられては再び目を向けるしかない。
再び視線をミコトさん達へと向けた。
「ショウさんのおかげで最後まで戦うことができました。本当にありがとうございました」
「ありがとうね」
ミコトさんだけでなくカレンにまで礼を言われてしまった。
なんだかこそばゆい。
「カレンのパフォーマンスは本当にすごかったよ」
カレンは一番の年下らしい無邪気な笑顔で応えてくれた。
ミコトさんはまっすぐな瞳を俺へと向けている。彼女の視線は、「後を託します」と言っているかのようだった。
……ふう。
これでますます負けられなくなった。
俺は最後に残ったクマサンへと目を向ける。
よく見ればクマサンとウェンディも、俺とエルシーのように二人で手を繋いでいた。
「最後にはショウとの戦いになると思ってた」
それはクマサンの意外な言葉だった。
エルシーは一度だって予想順位1位にはなっていない。なのにクマサンは俺とエルシーが最後まで残ると思っていたということになる。
俺の方は、例のスキャンダルまではイングリッドが、その後はカレンが最後に争うライバルだと思っていただけに、何と返していいか言葉に一瞬言葉に詰まる。
「……クマサンにそう思ってもらってたのは光栄だよ。でも、俺達って予想順位では1回も1位になってないし、最高順位は4位だよ?」
「それでもショウなら最後になんとかすると思ってた」
ずいぶんと信頼してもらっていたようで……。
俺の何を見てそう思ったのかまったくわからないが、ずいぶんと評価されていたようで気恥しい。
「クマサンの期待に応えられたようでよかったよ」
「でも、最後に勝つのはうちのウェンディだ」
「…………」
なんだクマサンのこの自信は?
確かにウェンディは、子供の人気は高いだろう。
でも、それは投票には影響しない。子供に投票権はないのだから。
だとすると、貴族とのパイプか?
エルシーは貴族との繋がりは特に築けていない。ほかに貴族と強い繋がりがあったイングリッドは、例の黒い噂で貴族の指示を失った。その結果、貴族票をウェンディが総取りする可能性はある。
だけど、貴族も一般市民も票の重さに差はない。貴族の人数比率は決して多くはなく、貴族票をすべて取られたとしても、全体としては大きな影響はでない。
その点、エルシーは男性、特に結婚前の比較的若い男性の人気が高く、それ以外の層の受けも悪くない。
総合的に考えれば、エルシーの方が有利なはずだ!
俺達は固唾をのんで結果発表を待つ。
「それでは、いよいよ第2位の発表ですが、ここは1位と2位一緒に発表いたします」
司会の言葉が会場を駆け巡り、観衆がざわつく。
俺は発表方法の変更に少し戸惑いながらも、彼らの判断は正しいと思った。
第2位が決まった瞬間、第1位も自動的に判明する。1位がわかっている中で発表されても確かにイマイチ盛り上がれない。だったら、一気に発表してしまう方がいいだろう。
頼む!
1位はエルシーであってくれ!
「それでは発表します! 第1位は――」
繋いでいたエルシーの手に力がこもるのを感じた。
緊張が頂点に達している彼女を勇気づけるように、俺はその手をさらに強く握り返す。大丈夫、勝つのは俺達だ――そう安心させるように。
「――ウェンディ! そして第2位はエルシー」
――――!?
え?
え?
えぇぇぇぇぇ!?
呆然としたまま手から力が抜け、俺とエルシーの手が離れた。