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第79話 吟遊詩人総選挙当日

 30日目、ついにクエスト最終日が訪れた。

 今日はもう行動の選択はない。

 特設会場のステージで、20人の吟遊詩人全員が順番に最後のパフォーマンスを披露し、その後投票が行われ、夜には結果が判明する。

 もう俺にできることは、エルシーを信じ、そのパフォーマンスを見守ることだけだ。


 なお、パフォーマンスの順番は、前回の予想順位の1位からとなっている。普通なら低い順位の者からステージに上がり、1位は最後に出そうなものだが、ここでは違うようだ。後に出る者の方が、上位の吟遊詩人のパフォーマンスを見た上で、自分の内容を変更できるため、逆転のチャンスを残すためなのかもしれない。


 ステージではすでに1番目のカレンがパフォーマンスを披露している。

 出番を待つ吟遊詩人達は控室で自分達の順番に備えて準備をしているが、俺達プロデューサーはステージ袖で全吟遊詩人のパフォーマンスを見ることになっている。

 カレンは得意の歌を中心に、時に楽器演奏を交え、時にダンスを交え、詰めかけた大勢の観客を前に、トップバッターのプレッシャーを微塵も感じていないかのように、生き生きとここまで培ってきたものを見せつけている。


「カレン、頑張って!」


 袖で見守るミコトさんが、彼女だけが得ていた応援の特技をしたようだ。ただでさえ魅力的だったカレンの歌声が、さらに激しく心を揺さぶってくる。

 そうか。俺はただ見守ることしかできないが、ミコトさんにはこれがあったんだ。

 雨降って地固まるとはよく言ったもので、喧嘩騒動以降二人の絆は間違いなく以前より強固なものになっている。

 27日のライブイベントで、ほかの吟遊詩人達が評価を大きく上げている中、途中からしかライブができなかったカレンはその恩恵をあまり受けられていないはずだ。そこが予想順位1位だったカレンを崩すスキとなると考えていたが、この様子だと本当に逆転可能なのかと不安がよぎる。


「カレンの歌はやっぱりすごいわ。あの娘の声は、聞く人の心をまっすぐに元気づけるの」


 ステージ脇でカレンを見つめる俺の横には、なぜか次のパフォーマーであるキャサリンが立っている。今のは、そのキャサリンの発言だ。彼女はステージ上のカレンを見つめているが、その声から不安の色は微塵も感じられなかった。


「六姉妹が本気でこの総選挙に挑むのが君の望みだったもんな」

「ええ。あなたには感謝しているわ。あなたのお仲間にもね」

「彼女達の本気が見られて、君としては満足ってわけか。たとえ自分が優勝できなくなったとしても」


 自分を犠牲にしてでも彼女達の誰かを勝たせたい――それがキャサリンの望みなら、カレンの歌を聴いても彼女が怯む理由などないだろう。最初から勝つつもりがないのなら、恐れることなど何もないはずだから。

 だが、キャサリンは俺に顔を向け、不敵な笑みを浮かべた。


「あら、誰が優勝できないですって?」

「え?」

「正解が一つと、間違いが一つよ。正解は、あの娘達の本気が見られて満足してるってこと。間違いは私が優勝する気がないと思っていること。私の目的はね、本気になった彼女達のさらに上を行き、私が優勝することよ。いいこと、私の演技をそこでよく見ていなさいね」


 キャサリンはそう言うと、優雅な足取りでステージへと向かった。

 気がつけば、いつの間にかカレンのステージは終了していたようだ。

 キャサリンが舞台へ出るのと同時に、カレンが袖へと引っ込んできた。


「カレン、すごかったよ!」

「ありがとう、ミコト!」


 戻ってくるなり、カレンはミコトさんに駆け寄り、感極まったようにその胸に飛び込む。

 ミコトさんはそんなカレンを優しく抱きしめ、あと俺の方に視線を送ってきた。

 俺は一瞬、女の子同士の抱擁シーンを見つめていることを責められるのかと焦ったが――


「ショウさんのおかげです。本当にありがとうございました」


 どうやらそういうわけではなかったようだ。

 感謝の言葉に胸の奥が温かくなる。

 今のミコトさんとカレンを見ていると、自分のやったことは間違いじゃなかったと思える。たとえそれが敵に塩を送ることになっていたとしても。


 そうこうしている内に、ステージからハープの優美な音色とキャサリンの澄んだ歌声が聞こえてきた。

 そういえば、彼女のステージをまともに見るのはこれが初めてだ。20箇所同時ライブの時は、休憩に入るタイミングで彼女の会場に到着したから、歌も演奏もダンスもほとんど見られていない。


「さて、お手並み拝見といくか」


 ステージ上のキャサリンへと視線を向けると、俺の意識は自然とキャサリンだけに集中していった。彼女の歌声とハープの調べが、まるで世界を支配するかのように響き渡る。観客達の歓声が確かに存在するはずなのに、それすら耳に届かない。俺の心は、彼女のパフォーマンスだけに引き込まれてしまっていた。

 カレンの歌や演奏は「明るく元気」を体現していたが、キャサリンのそれ「美しく妖艶」といったところか。これはカレンにも、イングリッドにもウェンディにも、そしてエルシーにもない魅力だ。

 元々の目的である「キャサリンに勝つ」ということが、簡単なハードルでないことを今更ながらに実感させられる。

 カレンにあれだけ熱狂していた観客達が、いまやキャサリンに魅せられている。


 やがて、パフォーマンスを終えてキャサリンがステージ袖に戻ってきた。

 悔しいが王者の風格のようなものが漂っているように感じられる。


「私のパフォーマンスはどうだったかしら?」

「……正直、ここまでだとは思っていなかった」

「正直なのね。それなら、もし私が優勝したら……私のプロデューサーになってみない?」


 一瞬彼女なりの冗談かと思った。

 だが、キャサリンの瞳は真剣そのもので、手が微かに震えているように見えた。

 ここで茶化すような返答をしてはいけない――それだけは直感で理解する。


「優勝するのは、うちのエルシーだ。だから、残念だけどそのお誘いは、そもそも前提が成立しないよ」

「そう……では、私が優勝した後、また改めて答えを聞かせてもらうことにするわ」


 そう言い残しキャサリンは控室へと戻っていった。

 俺は自分に言い聞かせるように心の中で呟く。

 大丈夫、俺のエルシーは負けない。


 …………。

 ……負けないよね?


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