ミコトさんが肩を落としたまま、動かない姿を目の前に、俺は言葉を失っていた。だが、このまま放っておくことはできない。俺はなんとか口を開く。
「それで、カレンはどこに行ったの?」
「……わかりません」
ミコトさんは静かに首を振り、絞り出すように答えた。
……これは困ったぞ。カレンに出ていかれたショックで、探しにも行けていないようだ。
でも、こんな大事なライブイベントの日に、どうしたこんなことになってるんだ?
「21日イベントで喧嘩したって言ってた後も、ミコトさんとカレンだけはうまくやっていたんじゃなかったのか?」
バッドイベントで捻挫をしたエルシーはイベント日を合わせて3日間棒に振るというデメリットを負うとになった。でも、ミコトさんのカレンに関しては、そういった要素もなく、それ以降も街頭パフォーマンスやライブをやっていた姿を見かけていただけに、そこが不思議でならない。
「……そのつもりだったんですけどね。カレンの気持ちを考えて、今までとは違って適度に距離を取って、カレンに嫌われないように振舞ってきたんですけど、やっぱり私はダメですね。今日、この会場に来て、いよいよライブが始まるって時に、『ミコトはうわべだけで、私に本気でぶつかろうとしてない!』って言われちゃいました。きっとカレンは私のこと嫌いになったんです。そのまま走って会場から飛び出して行っちゃったし……」
ただでさえ落としていた肩を、ミコトさんはさらに落とした。
これはあくまで俺の想像だが、ミコトさんのバッドイベント――喧嘩イベントは、うまく仲直りできなかった場合、どこかの段階で女の子が怒って屋敷を飛び出して行ってしまうイベントだったのだろう。プレイヤーはその子を探して宥めるのに時間を使ってしまうのがプレイヤーが負うデメリットといったとろか。
とはいえ、普通なら20箇所同時ライブの27日のライブとそのバッドイベントは重ならないはず。バッドイベントの発生が21日だから、普通にやってれば多分2、3日で、家出イベントに発展するはずが、ミコトさんの立ち回りがうますぎてカレンのヘイトがなかなか溜まらず、状況的には最悪といえる27日まできてしまい、ここでついに爆発した。そんなところだろうか。
「ミコトさん、今から探して仲直りすれば、終了時間までには少しはライブができる。すぐに探しに行こう!」
俺は力なく座っているミコトさんの手を握り、引っ張っていこうとしたが、ミコトさんの手には力が入っておらず、椅子から立ち上がろうともしない。
どうしたんだ!? あまりにもミコトさんらしくないぞ!?
「ミコトさん、こんなところにいても何も解決しないよ!」
「……カレンの言うとおりなんです。私はうわべだけで、本当の自分を隠している、卑怯な人間なんです」
……これは、もしかしてカレンの言葉がミコトさんの心にクリティカルヒットしてしまったのか? それとも、ミコトさんは誰よりもカレンと仲良くしていただけに、反抗されたことが大きなショックだったのか?
カレンの言葉は、プレイヤーの行動タイプにあわせて放たれた、プログラムによるものだ。キャラになりきってロールプレイするのはゲームを楽しむ上で重要だが、ある程度の割り切りは大事だ。ミコトさんもそのあたりはわかっているはずだし、そういうことを器用にできる人のはずなんだが……今回ばかりは心の中のトラウマのようなものに刺さってしまったのかもしれない。
こういうときは、「所詮ゲームなんだから」という慰めはかえって逆効果になりかねない。
しかし、一体どうすれば……。
「ミコトさんは卑怯な人間なんかじゃないよ。そんなことは俺が一番よくわかってるから」
それは俺の正直な気持ちだった。俺が知っているのはゲームの中でのミコトさんだけだが、それだけでも彼女が信頼にたる人だということくらいはわかる。
だが、完全にブルー入っているミコトさんには、俺の言葉は届かないようで――
「ショウさんは本当の私のことを知らないから、そんなふうに思うんですよ。カレンはきっと本当の私のことを見抜いていたんです。だからあんなことを……。ショウさんだって、私のことをゲームの中のミコトとしてしか知らないですよね。本当の私のことを知ったら、カレンみたいにきっと離れていくんです……」
その言葉に、俺は少しだけイラッとした。ゲームの中の俺達が本当の自分じゃないって、そんなことを言われると、まるでこの世界での俺達のやり取りが偽物みたいじゃないか。俺はこのキャラクターだって、自分の一部だと思っている。だからこそ、リアルを知らなくたって、ミコトさんを信頼しているんだ。
「ミコトさん、それは違うよ! 今までこの世界で一緒に過ごしてきたミコトさんだって、本当のミコトさんだ! ミコトさんの本当の私っていうのがどういうことなのかわからないけど、たとえばリアルのミコトさんが、今目の前のミコトさんと全然違っていても、それも含めて俺はミコトさんだと思うし、だからこそ、離れたりなんかしない!」
「……うそです。そんなわけないです」
ああ、もう! 今日のミコトさんは一体どうしたっていうんだよ! ダウナー入っちゃってる上に、妙に頑固だし!
いつまでもそんな態度続けられると、こっちも興奮してきちゃうじゃないか!
「うそじゃないよ! だいたい、俺なんて仕事辞めた引きこもりニートゲーマーなんだぞ! ミコトさんはそれを知って、俺との付き合い変えるのか!?」
……あ。
勢い任せに、恥ずかしいリアルの自分をさらけ出してしまった。
ミコトさんが無職の引きこもりニートであったとしても、俺はこれまで通りに彼女と接する自信がある。だからこそそこまで言えたのだが、ほかの人も同じように考えるとは限らない。これでもし「ショウさんがそんな人だとは思いませんでした。私、このギルドをやめます」なんて言われてしまった日には、さすがの俺もマジで落ち込む。
俺は急に冷静になり、恐る恐るミコトさんの表情を窺う。
ミコトさんは驚いた顔を少し見せたが、すぐに今日初めて笑顔を見せて笑い出した。
「ぷっ……ふふふふ。ショウさんって、引きこもりニートゲーマーだったんですね。確かに平日の昼間も普通にゲームしてますもんね」
……これは呆れられてバカにされているのだろうか?
本当にギルド脱退パターンか?
焦る俺だったが、握ったままだったミコトさんの手に、温かい力が込められた。
「確かにショウさんの言う通りです。ショウさんが引きこもりニートでも、私にとってショウさんはショウさんです。何も変わりません。ショウさんもそうなんですよね。私がどんな私でも、変わらずにいてくれる――そう信じていいんですよね?」
「そんなの当たり前だろ!」
俺の即答に、ミコトさんの表情がぱっと明るくなった。
「……はい!」
落ち込んでいたミコトさんが、勢いよく立ち上がった。さっきまでの沈んだ姿は消え、そこにはいつものミコトさんが戻ってきていた。
「カレンを探しにいきます」
「俺も手伝うよ」
「いいんですか?」
「これでもギルドマスターだからな」
「ありがとうございます」
頭を下げる代わりとでもいうように、ミコトさんの手が俺の手をさらにぎゅっと握ってきた。