やる気を取り戻し、街へと呼び込みに駆けていくメイを見送り、俺は次の会場へと向かった。
俺がやってきたのは、予想順位第2位のキャサリンのステージだ。パーティメンバーにはもちろん勝ちたいが、クエスト的に一番勝たないといけない相手は、ほかの誰でもない、キャサリンその人だ。
街の中心に近い場所にある野外ステージに到着すると、ちょうどキャサリンがハープの演奏を終えたところだった。ハープの最後の一音の余韻が会場を包む中、ステージ上のキャサリンを見つめると、向こうもこちらを見ているような気がした。キャサリンのステージに集まった観客は、エルシーやウェンディに負けないくらい多い。これだけの観客の中から、俺を見つけられたとは思えない。俺の気のせいだろうと思っていたら、キャサリンは俺の方に視線を向けたまま、ウィンクしてきた。
「……もしかして、俺に向けて?」
一瞬そんなふうに考えてしまい、すぐに首を振る。
いやいや、そんなわけがない。
つい自意識過剰になってしまう俺は、きっと単純なんだろう。
キャサリンにとって俺は、エルシーのプロデューサーに過ぎない。俺に関心があるとすれば、それは俺がどうエルシーを導くかという、そういう視点でだ。どう考えてもウィンクしてもらうような関係ではない。
その証拠に、キャサリンはとっととステージを離れ、控室テントへと戻っていってしまった。
ステージには誰もいなくなったが、観客は誰もその場を離れようとしない。休憩時間になってもその場に観客を留めておくほどの魅力が、彼女にはあるということだ。
残り5日を切った時点で、このキャサリンの上に立っていたのはミコトさんのカレンだけ。俺とエルシーはまだキャサリンに負けている。
「カレンに勝つ前に、まずキャサリンに勝たないとな」
そう思いを新たにし、俺はキャサリンのステージに背を向けた。
できることならキャサリンのパフォーマンスを見ておきたかったが、休憩時間中も待っているほどの余裕は俺にはない。予想順位1位のカレンのステージがまだ見られていない。それに、一人にしているエルシーのことも気になる。時間は有効に使わねばならない。
だが、そうやってこの会場から離れようとした俺の後ろから声がかかった。
「なによ、もう帰るつもり?」
聞き覚えるある声に振り返ると、青いドレスのような衣装を纏い、息を切らしたキャサリンが立っていた。先ほどステージに立っていた彼女の姿そのままだ。露出の多い衣装からは、腕や脚、そして引き締まった腹が覗き、その肌には玉のような汗が浮かんでいる。その汗が、彼女のパフォーマンスがいかに激しいものだったか物語っていた。
「エルシーのライバル達の偵察が俺の仕事だからな。まだ、ほかに行かないといけないところがある」
「……なによ、私のステージだけ見にきたわけじゃないのね」
「…………」
ちょっと拗ねたような顔でそんなことを言われてしまい、俺は言葉に詰まる。
え、なに、この反応?
あなたNPCだよね?
俺を混乱させるクエストの罠なのか?
このままキャサリンルート突入――なんて妄想が浮かんでくるが、俺は頭を振ってそんな妄想をかき消す。
「観客の様子を見れば、君が凄いパフォーマンスを見せているのはわかる。でも、エルシーも負けてはいないぞ! 選挙当日を楽しみにしていてくれ!」
キャサリンは、嬉しそうでいてどこか名残惜しそうな笑みを浮かべた。
「そう、では楽しみにしておくわ。……私は次の曲の準備があるから戻るわね」
「ああ、頑張れよ」
ライバルを応援するような言葉が自然と口をついて出てしまった。
キャサリンは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔で頷き、控室テントの方へと駆けて行った。
「俺ものんびりはしていられないな。ライブは一日あるとはいえ、実時間ではそこまで長くない。ミコトさんのとこの様子を見に行かないとな」
俺は街の中心に位置する、この街最大の野外音楽場へと向かった。そこがカレンに与えられたステージだ。
カレンの会場の偵察を最後にしたのは、ほかの会場のことを気にせずに彼女のステージをじっくり見るためだ。目下最大のライバルは、間違いなくミコトさんのカレン。彼女達を倒さないと、俺達に優勝はない。そのためには、まず敵を知ることが大事だ。
そう考え、意気込んで会場へ来てみたのだが――
「なんだこりゃ?」
常設ステージの上には誰もおらず、観客の姿も見当たらない。
休憩中という雰囲気でもない。カレンほどの吟遊詩人なら、休憩中でもキャサリンのステージのように、周辺に観客が残っているはずだ。
俺はこの異様な事態の理由を探るべく、控室テントへと向かった。
だが、テントの周りにも誰もおらず、これが本当にライブ当日なのかと疑いたくなるほどの静寂に包まれていた。
「何か狙いがあって、ライブ会場を変更したのだろうか?」
この野外音楽場は、客観的に見れば、今回の全20会場の中でも、立地、設備等どの面においても最高の施設だ。そこを敢えて変える理由は思いつかないが、俺には考えも及ばない秘策があっても不思議ではない。
「ミコトさん、いる? 中に入るよ?」
この状況でテントの中に誰かいるとは思えなかったが、俺はそう声をかけてから中へと足を踏み入れた。
「やっぱり誰もいなよな――って、ミコトさん!?」
最初、本当に誰もいないように見えた。それほどに肩を落として一人椅子に座っているミコトさんは、存在感が薄かった。いつも元気で朗らかな彼女とは大違いの様子に、自分の目を疑ったほどだ。
「どうしたんだよ、ミコトさん!?」
テント内にはミコトさんだけでカレンの姿がない。だが、それ以上に今のミコトさんの様子が気になって仕方がない。ただ事ではない何かがあったのは間違いないだろう。
「……あ、ショウさん」
ミコトさんはようやく俺に気づいたように顔を上げた。
その顔はずいぶんとやつれて見える。このVRシステムでは、ヘッドギア着用者の感情がそのままキャラクターの表情にも反映される仕組みになっている。その顔を見るだけで、何か相当ショックなことがあったのだと容易に想像がつく。
「ミコトさん、ライブもせずにどうしたんだよ! ほかのみんなは全力でライブ中だよ! だいたい、カレンはどこへ行ったの!?」
「あははは……喧嘩して、カレンに出ていかれちゃいました。……私、プロデューサー失格ですね」
「――――!?」
泣きそうな顔で笑うミコトさんに、俺はすぐに声をかけてあげられなかった。