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第74話 27日目のイベント

 翌26日目を順調に過ごした俺とエルシーは27日目を迎えた。

 今日は4度目のイベントが発生する日だ。

 これまでの流れを見ると、グッドイベントルーレット、デートイベント、バッドイベントルーレットと続いてきたから、次は何が来るのか――期待と不安が入り混じる。順番的には再びデートイベントが来てもおかしくない。前回はキャサリンルートに入ってしまったから、もしまたデートイベントなら、今度こそエルシーとのイベントを進めたい。そんな思いが頭の中を巡っていた。


 あと、エルシーが俺の方に近づいてくる。

 彼女の赤いツインテールが軽やかに揺れ、ふわりと甘い香りが漂ってくるような気がした。

 まさか、本当にデートイベントが来たのか!?


 緊張による唾を飲み込み、俺は真剣な眼差しで彼女を見つめる。

 エルシーは少し恥ずかしそうに目を伏せ、その小さくて可愛らしい口をそっと開く。


「……ショウさん、ごめんなさい。通知が来ていたのに、渡すのを忘れてました」


 彼女は一枚の紙を差し出してきた。

 その紙を見るまでもなく、システムメッセージが表示される。


  27日目は丸一日ライブイベントが行われます。

  20人の吟遊詩人それぞれに会場が割り当てられています。

  観客は自由に各会場を巡り、吟遊詩人のパフォーマンスを見定めます。

  なお、ライブは全会場一斉にスタートするので、開始時間にご注意ください。


「……ライブイベントだって?」


 突然の情報に、まだ頭が整理できていない。

 目の端にはライブ開始までの残り時間が表示され、刻々と減っていっている。

 カウントダウンに焦りつつも、俺は冷静に考えを巡らせる。


 20人の吟遊詩人がそれぞれ別の会場で同時にパフォーマンスを行う……つまり、街全体が巨大なライブ会場になるってことだ。一日中続けるとなると、パフォーマンスの構成や、途中での休憩も計画的に組み立てないといけない。それになにより、開始時間までの時間が限られている。


「ああ、もう! なんでこんな大事なことを当日に知らされるんだよ!」


 思わず不満を口にすると、隣でエルシーが、舌を出していたずらっ子ぼく笑いながら頭に拳を当てる。


「てへ♪ ごめんね♪」


 くぅ……可愛い! こんなの見せられたら、エルシーを怒る気にもなれない。

 そもそも、これはエルシーのせいではないだろう。運営側が設定したもので、おそらく全プレイヤーが同じような状況になっているはずだ。25日目にみんなに会ったとき、誰もこのイベントについての話をしなかったし、何か隠している様子もなかった。これは、運営のサプライズで、俺達全員に突然知らされたと考えるのが妥当だ。


「とにかくエルシー、まずは会場に行くぞ!」

「はいっ!」


 俺達に用意されたのは、海の近くにある公園だった。全吟遊詩人の会場はマップで確認できるようになっており、前回の予想順位が高い子ほど、街の中心に近く、大きな会場を与えられているようだ。エルシーの会場は街の中心からは少し外れた場所がだが、人通りが多く、広々としたスペースに美しい海の景色が広がる。エルシーのダンスパフォーマンスを披露するには、理想的な場所と言える。


 目的の公園に到着すると、すでに特設ステージが用意されていた。現実世界なら、ステージを設営するには数日かかるだろうに、このゲームの世界では、あっという間に出来上がってしまう。こういう部分は、ゲームならではの利点だ。


 ライブ開始時間までは、まだ多少の余裕があった。

 ステージ横には控室用テントも用意されており、俺とエルシーは一旦そこに入り、パフォーマンスの準備を整える。

 ここでいう準備とは、ダンスのみ、歌のみ、楽器のみ、ダンスと歌の組み合わせ、歌と演奏の組み合わせなど具体的なパフォーマンス内容を考えたり、その際の衣装を決めたりすることを指す。路上パフォーマンスや音楽劇場でのライブでもやることは同じだったが、今回は一日の長丁場。飽きさせないために、どのタイミングで盛り上げ、どこで落ち着かせるか、メリハリも重要になってくる。


「ここは、俺のプロデューサーとしての腕の見せ所だな」


 俺はエルシーが一番輝けるようなプログラムを練り上げる。エルシーの強みはダンスだが、それだけに頼るわけにはいかない。途中に歌や楽器の演奏を加え、観客を飽きさせず、エルシーの多彩な魅力を感じてもらうための構成を考える。



 しかし、ある意味、これこそプロデューサーの腕の見せ所だ。

 俺はエルシーが一番輝くプログラムを考えていく。


 …………。


 残り時間は着実に減っていく。焦りがないと言えば嘘になるが、俺の頭はクリアだった。エルシーとはここまで二人で積み上げてきたものがある。その成果をどう表現するか――それだけを考えていれば迷うことはなかった。


「よし、できた!」


 ライブ開始まであとわずかというところで、俺は一日のパフォーマンスプログラムを完成させた。エルシーが最も得意とするダンスを中心に、曲ごとに異なる魅力を引き出すためのバリエーションを組み込み、観客を飽きさせない流れを意識した。衣装もそれに合わせて選び抜き、エルシーの様々な魅力を見せてもらえるようにしたつもりだ。


 そして、いよいよカウントダウンがゼロを迎え、街中の20箇所で同時にライブがスタートする。


「エルシー、オープニングでこの周辺の観客を全部引き寄せるぞ!」

「任せてください、ショウさん!」


 ステージに音楽が流れ出し、重厚なサウンドが会場全体を包み込む。

 資金を使えばパフォーマンスごとに、バックバンドやバッグダンサー、コーラスをステージに追加できるシステムになっていた。俺は、オープニングパフォーマンスに、躊躇いなくバックバンドを追加した。

 これなら、エルシーは踊りだけに集中できる。


 エルシーはステージ中央に向かって一直線に駆け出し、軽やかに跳び上がる。その動きは、まるで空を切り裂く鳥のように美しく、観客の視線は瞬時に彼女へと引き寄せられた。跳躍のたびに彼女の赤いツインテールが揺れ、そのパッションが会場全体を包み込む。人々は片時も目を離せない――エルシーの圧倒的な存在感に心を奪われているのだ。

 観客達の興奮は、エルシーの一つ一つの動きに連動するかのように高まっていく。次々と押し寄せるように集まってくる人々の熱気が、ステージを益々熱くさせていく。


「エルシー、やっぱり君は最高だ!」


 ここまでずっとエルシーのことを見てきた。その中でも、今日のエルシーは一番輝いている。


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