25日目の行動を終え、俺達はまた応接室へと集まった。
メイは前回集まった時よりもさらに重苦しい様子だ。さすがに二度目のスキャンダルが表に出ては、そうなるのも当然だろうけど。
「メイ、またイングリッドのスキャンダルが出たって聞いたぞ。今度は、反社会的組織との繋がりだなんて、一体どういうことだ? バッドイベントルーレットをまた回したわけじゃないんだろ?」
俺の言葉はメイに向けたものだったが、それにクマサンとミコトさんが反応する。
「反社会的組織?」
「ショウさん、なんですかそれ?」
どうやら、今回もキャサリンから情報を得たのは俺だけで、ほかのみんなにはまだ伝わっていないらしい。前回と同様、キャサリンは俺のもとにしか現れていなかったようだ。
「メイとイングリッドが、反社会的組織の人間と一緒にいるところを目撃されていたらしい。それを記事になって、号外として街で配られているんだ」
「本当か?」
「反社会的組織とか、絶対によくないですよ!」
号外の内容を説明すると、二人とも責めるような視線をメイへと向けた。
「……イングリッドの熱愛報道を鎮静化させようと思って、裏の人間と接触をはかったんだが、どうやらそこを見られてしまっていたらしい」
メイの言葉には後悔の色が見えた。
それにしても、本当に「裏社会の方から手を回すことだってできる」なんて言っていたことを実行に移そうとしていたとは……。
成功していれば、イングリッドの熱愛スキャンダルをうまく収められていたかもしれないが、俺達の行動には成否の判定がきっとあるんだろう。そして、失敗してしまうと、場合によってはこのように更なる酷い目に遭うこともあるというわけだ。
「こんなはずじゃなかったんだが……」
「なにやってんだよ、本当に……」
俺は思わず呟いた。
トップを走っていたイングリッドに追いつくチャンスが巡ってきたことに喜びはある。しかし、こういう形で彼女が転落するのを望んでいたわけじゃない。俺が本当に求めていたのは、エルシーが実力と人気で堂々と追いつくことだった。
その場に沈黙が広がった瞬間、ふいに目の前に「25日目終了時点の吟遊詩人総選挙予想順位」のメッセージが現れた。いよいよ、最後の予想順位発表の時間が来たのだ。
20位から順次、順位と名前が表示されていく。
もはやこんな下位にエルシー達の名前が出てくるとは思っていない。
彼女達の名前がないまま、順位発表は次第に上位の方へと移っていく。
『7位 オーロラ』
『6位 アリサ』
俺達が選ばなかった二人の姉妹も、しっかりと上位へと上がってきていた。この二人については、なんとなく気にはなっていたので、ちゃんと順位を伸ばしているのを見ると嬉しくなる。
いよいよトップ5の発表だが、俺達の女の子の名前はまだ出ていない。つまり、これでその四人とキャサリンとで上位を占めることが確定したわけだ。
『5位 ウェンディ』
まずクマサンのウェンディの名前が出てきた。前回、ウェンディは7位だった。声が出ないというバッドイベントを経験しながらも、着実に順位を上げている。
そして、この発表により、前回5位だったエルシーが順位アップしていることが確定した。あとはどこまで上がっているかだ。
心臓が早鐘を打つかのように激しく鼓動する。
まだ名前が出るなよ!
どうかトップ3に――いや、できればトップに立っていてくれ!
『4位 エルシー』
その文字を見た瞬間、二割と嬉しさと八割の悔しさを感じた。
エルシーは4位。順位を一つ上げたものの、トップ3には届かなかった。
3日間の安静が響いたのだろうか? だが、もう捻挫は完全に治った。残り5日間は全力を出せる。4位なら十分に優勝を狙える位置だ。
俺は気を取り直し、上位の順位を確認する。勝つためには、エルシーより上に、誰がどの順位でいるのか、しっかりと把握しておかねばならない。
『3位 イングリッド』
誰も声には出さなかったが、俺達の中に動揺が走った。
前回トップに立っていたイングリッドが、まさかに3位転落とは、驚きだ。
二度のスキャンダルの影響は、思っている以上に大きいのかもしれない。
こうなると、注目は誰が1位かだ。
キャサリンが1位に返り咲くのか、ミコトさんが初めてトップに躍り出るのか――
『2位 キャサリン』
――――!
ここでキャサリンがきた。
それはつまり――
『1位 カレン』
そう、ミコトさんのカレンが、この終盤にきてついにトップに立ったのだ。
「おめでとう、ミコトさん!」
「ありがとうございます」
バッドイベント以降、ミコトさんとは合同イベントを行えていなかったが、彼女とはここまでメイに対抗するため、部分的に協力してきた。そのため、ライバルではありつつも、仲間意識も感じており、俺は素直に称賛の言葉を贈った。
しかし、普段のミコトさんならもっと喜んでいそうなものなのに、意外にも彼女はどこか控えめだった。
もしかして、俺に気を遣っているのだろうか? それとも、イングリッドの例があるように、暫定1位では油断できないと気を引き締めているのだろうか?
「ミコトさん、これで俺達の協力関係も解消だな。今や最大のライバルは、ミコトさんとカレンということになるんだから」
「……そうですよね」
……ふむ。やっぱりいまいち元気がない気がする。
俺との協力関係解消が悲しいとか?
……なんて、そんなわけないよな。きっと別の理由があるはずだ。
「ミコトさん、何か気になることでもあるの?」
俺は気になって尋ねた。
ミコトさんは少し間を置いて、ため息交じりに口を開く。
「いえ、カレンとの喧嘩状態がまだ解決できていなくて……」
「――――!?」
驚きの告白だった。メイと同じように、ミコトさんもまだあのバッドイベントを引きずっていたとは……。
「そんな状態なのにトップに立ったんだ……。凄いね」
「カレンはちゃんと私の言う通りには行動をしてくれているので……。でも、冷戦状態というか、なんというか……どうもぎくしゃくしていて……。私は前のような何でも言い合える友達みたいな関係に戻りたいんですけど……」
寂しそうなミコトさんの顔を見て、元気がないように見える理由が、カレンとの喧嘩にあるのだとようやく気づいた。
このゲームをやっていても、ほかのプレイヤーからミコトさんの悪い噂のようなものは聞いたことがない。話をする人はみんなミコトさんのことを褒めていた。そのくらい人あたりのいいミコトさんだけに、一番信頼関係を築かない相手との今の関係に心を痛めているのだろう。
だが、こればかりは俺も助けようがない。
「エルシーさんの足の怪我の方はどうなんですか?」
落ち込んだ状態でも、俺のパートナーのことを気にしてくれているのか、ミコトさんはそんなことを聞いてきてくれた。
「3日間安静にしてたから、もう完全に治ったよ! あっ、クマサンのところのウェンディはどう? もう声が出るようになった?」
「ああ、心配ない。声が出せない代わりに、楽器の演奏を子供達に聞かせていたら、いつの間にか声を出して歌っていたよ。今のウェンディは、前以上に歌えることの喜びを知って、歌に深みが出ている」
なるほど……。
クマサンの言葉自体が深いじゃないか。
少なくとも、カレンを追いかけるエルシーとウェンディは万全というわけだ。これはまだまだ順位はどうなるかわからないぞ。
……そういえば、メイのやつがさっきから大人しいな。3位という順位にショックを受けているのだろうか? 3位でも俺やクマサンよりもまだ上にいるのだが……。
俺はメイの様子を窺った。
「……イングリッドの上にいるのは、カレンとキャサリンの二人だけ。この二人さえいなくなれば、イングリッドが1位だ。やりたくはなかったが、裏の世界の組織に頼めば、総選挙に出ている女の子を拉致監禁して、その間行動不能にすることができる。そうしている間に、イングリッドがアピールをしまくれば再び私のイングリッドが1位に……」
おいおい。なんだかとんでもない独り言が聞こえてきたぞ。
黒い噂が流れた直後だというのに、全然懲りてないのか?
そんなメイに、俺は何か声をかけようとしたが、その前に、ミコトさんの方から、聞いたこともないような早口の言葉が聞こえてきた。
「これはゲーム内のクエストです。ですから、当然何をやっても自由ですし、現実の罪に問われるようなこともありません。ですので、メイさんが何をなさろうとも、私がどうこういう権利はありません。ええ、そんなことはわかっています。ただ、メイさん。今後、戦闘において、なぜかメイさんへの回復が遅れたり、回復し忘れたりといったミスが起こり得るかもしれませんが、許してくださいね。私も人間ですから、そういうミスをすることもあります。たまたまメイさんばかりにそんなミスが集中するかもしれませんが、偶然が偏ることもありますからね。しょうがないですよね」
あっ、これ、ミコトさん、ガチでキレかけてるな。
ミコトさんって怒るとこんな感じになるんだ。
ある意味、怒鳴られるよりいやかもしれない。
「え、あ、違う! ミコト、冗談だ、冗談!」
「いえ、別に、するなと言っているわけではありません。システム的に認められているのなら、プレイヤーにはあらゆる行動が認められていますから。それに私達はこのクエストではライバル同士です。どうして、私に止める権利がありましょうか」
「だから、冗談だって! 私がそんな卑怯なことをすると思うか!?」
なぜだろう。普通にやりそうな気がする。
そう感じたからこそ、ミコトさんもこんなふうに切れているんだろう。
ただ、少なくとも4位の俺は、このやりとりにおいては完全に部外者だった。部外者の立場で見る、キレているミコトさんと、焦りながら弁解して宥めるメイというのは、非常に新鮮で興味深いものがあった。
結局最後にはメイの言葉を聞き入れてミコトさんはいつものミコトさんに戻っていたが、そこに至る二人のやり取りは、二人には申し訳ないが、ちょっとおもしろかった。