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第71話 それぞれのバッドイベント

 キャサリンが持ってきた号外の見出しに衝撃を受けつつ、俺はその内容を確認する。

 どうやら、イングリッドが深夜に貴族の息子と一緒に海辺を歩いているところを記者に見られていたようだ。投影魔法によりその光景まで記録されている。

 もしエルシーのこんな記事を見たらと、俺だったらその貴族の息子とやらに嫉妬してしまうだろう。きっとメイもショックを受けているに違いない。

 とはいえ、彼女達はNPCだとしても、この世界では一人の人間だ。恋だってするだろう。


「びっくりはしたけど、まあ、恋人がいたっておかしくはないよな。エルシーは知ってたの?」

「いえ、私も全く知りませんでした」

「ちょっとあなた達、何呑気なことを言っているのよ!」


 号外の内容に驚きはしたが、俺もエルシーもまだ冷静だった。しかし、キャサリンの様子は違った。彼女は焦ったように声を張り上げていた。


「別に恋愛が禁止されているわけでもないんだろ?」

「それはそうだけど、これでも私達吟遊詩人は人気商売なの! 恋愛スキャンダルは命取りよ! しかも、吟遊詩人総選挙の投票日も近いこの時期に、このニュース! 致命的なことになりかねないわ!」


 まるで現実世界のアイドルのような話だった。だが、この世界での吟遊詩人や踊り子は、いわばアイドルのようなもの。そう考えればキャサリンの言うことも理解できる。

 もしかすると、このスキャンダルは、メイが引いてしまったバッドイベントなのかもしれない。いや、むしろそう考えるのが自然だろう。

 エルシーの捻挫も困った事態だが、イングリッドの問題はそれ以上かもしれない。


「これって、投票結果にも影響してくるよな?」

「当たり前でしょ!」


 現状トップのイングリッドが落ちてくるのなら、俺達が優勝できる可能性が出てくる。それ自体はラッキーなことだが、メイのことを考えると、なかなかに複雑だ。

 それにしても、わざわざキャサリンが教えに来てくれるなんて、これもイベントのうちか? それとも、アイテム「キャサリンとの絆」の影響だったりする?


「キャサリン、教えてくれてありがとうな」

「べ、別にあなたの顔が見たくて来たわけじゃないんだからね! 近くまで来たから、ついで寄っただけなんだから!」


 なんだろう、急にキャサリンの顔が赤くなったぞ。

 ……もしかしてキャサリンとのフラグが立っているとか?

 いやいや、これは恋愛クエストではなく、どちらかといえば育成クエストだ。さすがにそんなわけはないだろう。


「とにかく、エルシー、あなた達も気をつけなさいよ! 私が勝った時に、言い訳なんてされたらたまったもんじゃないわ!」


 キャサリンはそんな言葉を残し、まるで嵐のようにその場を去っていった。

 その勢いのまま扉が閉まる音が響き、残された空気だけが彼女の焦燥感を物語っている。

 キャサリンが憎まれ役を買って出たのも、六姉妹を本気にさせるためだ。こんなスキャンダルでイングリッドが躓いているのは見ていられなかったのだろう。

 そういう意味では、エルシーの足の怪我に気づかれなかったのは幸運だったかもしれない。気づかれていたら、キャサリンに何を言われていたかわかったもんじゃない。


「エルシーの足も心配だけど、メイのやつ、大丈夫かな……」


 その日の行動終了後、俺はまた応接室に皆を呼び集めた。

 普段ならもう少しリラックスした雰囲気が漂うのに、今日は明らかに重苦しい。

 全員、何かしらのバッドイベントに遭遇しているはずだから、当然といえば当然なんだろうけど。


「全員しけたツラしてるな」


 そう言うメイが一番悲痛な顔をしていた。


「強がってるけど大丈夫か? イングリッドのスキャンダルで、心中穏やかじゃないだろうに」

「――――!?」


 メイが露骨にびっくりした顔で俺を見てくる。


「どうしてショウがそれを知っているんだよ!?」


 メイは俺がその情報を知っているとは思っていなかったようだ。

 チラリとクマサンとミコトさんの方を見たが、二人とも同じように驚いたような顔をしている。

 どうやらキャサリンから情報を得ていたのは俺だけのようだ。やっぱりキャサリンイベントを経験したからだろうか?

 隠す理由もないので、俺は正直に事情を話す。


「キャサリンが教えてくれたんだよ。イングリッドが貴族の息子と深夜の密会デートをしてたっていう号外が配られてるって」

「そうなんですか?」

「それはちょっとまずそうだな」


 ミコトさんとクマサンの視線も、メイへと向く。

 彼女は狼狽えながら口を開く。


「そんなに広まっているとは……」


 メイは肩を落として話し始める。


「ショウの言う通りだ。バッドイベントルーレットを止めたら、出てきたのは『スキャンダル』だった。どうやら、私の知らないところで、深夜に貴族の息子と会っていたみたいなんだ。二人は幼なじみで、別に付き合っているとかそういう関係ではないみたいなんだが、練習やイベントばかりの毎日でどうにも息が詰まってたみたいで……。その息抜きとして会って話を聞いてもらったりしていたらしい」

「そうなのか。でも、事実はそうでも、噂を聞いた人はそうは思わないだろうな」


 クマサンが低い声で言った。その一言が、場の空気をさらに重くする。芸能界について一番詳しいのは間違いなくクマサンだろう。それだけに、言葉の重みが違う。


「そういえば、メイは前のイベントで、イングリッドのデートの誘いを断って練習を優先させていたよな。そりゃ息も詰まるだろうな」

「うっ……」


 俺が軽く言ったつもりの一言が、思いのほかメイにダメージを与えてしまったようだ。

 いつもならすぐに言い返してきそうな彼女が、何も言わずにうつむいてしまった。

 デートを断ったら必ずスキャンダルイベントが起こるなんてことはさすがにないだろう。でも、ここまで真剣にゲームをやってくると、無関係とも思えない。メイも同じように考え、後悔しているのかもしれない。


「せっかく暫定トップに立ったのに、これじゃイングリッド、かなりやばいんじゃないのか?」

「……確かに放っておくとまずいだろうな。けど、私には金とコネクションがある。このくらいのスキャンダル、もみ消すことだってできるはずだ。その気になれば、裏社会の方から手を回すことだってできるんだから……」


 メイは何やら怖いことを言っていた。

 おいおい、あんまり強引なことはするなよ。


「けど、そういうショウ達だって、何かバッドイベントが起こったんだろ? そっちは大丈夫なのかよ」


 俺がイングリッドのスキャンダルを知ったのは、これまでキャサリンとの好感度を上げていたおかげだろう。そういう意味では、こちらのバッドイベントをメイに教える義理はない。だけど、メイが追い詰められているのを見て、隠す気にはなれなかった。


「エルシーは、足を捻挫してしまった。魔法医に三日間は安静にするように言われている」

「ただの捻挫かよ……。ずいぶん私のバッドイベントと質が違うじゃないか」


 メイが納得できない様子で口をとがらせた。


「ウェンディは声が出なくなった」


 俺の情報を聞いて、クマサンも自らウェンディを襲っている悲劇を告白してくれた。

 ウェンディのバッドイベントは、エルシーと似ている。しかも、ダンスの得意なエルシーが足、歌の得意なウェンディが声と、お互い一番イヤな部分にダメージを受けた点も共通している。

 メイがトラブっている今がチャンスなのに、俺もクマサンもなかなかうまくいかないものだ。


「ミコトは何が起こった?」


 メイが尋ねると、ミコトさんはため息をつき、肩を落としながら静かに答えた。


「みなさんも大変だったんですね。私は……カレンと喧嘩中です。」


 俺達の中で一番仲の良さそうだったミコトさんとカレンが喧嘩中とは意外だった。

 まぁ、バッドイベントによるものなら、強制的なものだろうから、避けようがないのだろうが。


「急にカレンが反抗的になって……私の方もそれに対して意地を張ってしまって……」


 ミコトさんは見たことがないくらい落ち込んで見えた。カレンにかける愛情が深かっただけにショックが大きいのだろう。


 俺達四人はそれぞれに問題を抱えながら、クエストの終盤戦に挑んでいくことになってしまった。


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