1位イングリッドの表示を見て、俺達の視線は自然とメイへと向いた。
メイは、まるでこの瞬間を待ち構えていたかのように、勝ち誇った笑みを浮かべている。まさに憎たらしいほどの表情だ。
「ふっふっふ。呆気なかったな。早くもトップに立ってしまうとは」
「くそっ……ほとんど金の力なのに……」
「資金力もプレイヤーの能力のうちだよ」
メイは、俺の皮肉をさらりと受け流し、まったく気にも留めていない。彼女は1位という結果に、何の後ろめたさも感じていないようだった。
この手の心理的揺さぶりは、メイに通用しないのだと実感させられる。
「キャサリンは私が倒しておくから、あんた達はのんびりパートナーとの日々を過ごすといいさ」
「いいえ、まだわかりません! 明日は21日目。またイベントがあります!」
「そうだ! ミコトさんの言う通りだ。イベント次第では、まだどう転ぶかわからないぞ!」
そう、俺達にはまだ希望がある。一発逆転できるようなアイテムが手に入ったり、そういったイベントが起こったりすれば、イングリッドに追いつくのはまだ可能なはずだ。
「ふふ、果たしてそうかな?」
「なに?」
希望を捨てていない俺達に対して、メイはなおも余裕のある強者の笑みを浮かべていた。
「確かに、運が良ければ私より有利なアイテムやイベントを引き当てることができるかもしれない。そうなれば追いつかれることだってあるだろう。でも、そこから先、残り10日間でまた引き離すだけの話だ。圧倒的な財力、圧倒的な知名度、圧倒的なコネクション、それらを持っている私とイングリッドは、たとえ一時的に差を詰められたとしても、最終的には必ず勝つのさ!」
「くぅ……」
なんという強敵悪役ムーブ!
メイには、多少のイベントの効果の差くらいどうとでもなるという確かな自信がみなぎっていた。
ギルドメンバーとしてメイのことは頼もしく思っていたが、敵に回すと厄介なことこのうえない。
俺達はメイに対して何も言い返すことができず、ただ黙り込んでしまった。
そして、翌21日目。三度目のイベント発生の日がやってきた。
7日目のようなイベントルーレットか、14日目のデートイベントあるいはキャサリンイベントのようなものか。
俺は固唾をのんで今回のイベントが始まるのを待った。
バッドイベントルーレット
ふいにそんなメッセージが表示され、何か文字が書かれているであろうルーレットが回り始めた。
「今回もルーレットか!」
俺は高速で縦回転するルーレットを凝視し、書かれている文字を読み取ろうと集中する。
7日目は安易に止めてしまった気がする。もっと目を慣らし、気合を込めてルーレットを止めるべきだった。その方がきっと当たりを引ける可能性が上がるに違いない。
「スパゲティバリウスを超えるアイテムか、あるいは、エルシーの超強力パワーアップイベントが来れば……」
と、そこで、ルーレットの方に気を向け過ぎていた俺は、「バッドイベント」の文字にようやく気づく。
「……ちょっと待て。バッドイベントルーレットだって?」
てっきり7日目のイベントが再びやってきたと思いこんでいたが、あの時は「グッドイベントルーレット」だった。
「……もしかして、これを止めれば、絶対に何かバッドイベントが発生するってことか?」
安易にルーレットを止めなくて良かった――と思ったが、結局止めなければならないのなら一緒だった。
もしかしたら、ルーレットをキャンセルする方法がないかと、色々試してみたが状況は変わらない。
「このままルーレットが消えるまでじっと待ってれば……いや、それも危険だ」
万が一、自動で最悪なイベントに止まったら後悔しきれない。
「どうせバッドイベントを引くのなら、せめて自分の手で引いてやる!」
俺は決心してルーレットを止めた。
肉眼で見切れぬ速さで回っていたルーレットは、次第にゆっくりになっていき、そして――
足の故障
止まったルーレットに書かれていたのは、そんな文字だった。
見ただけで、どんなバッドなことが起こるのか容易に想像がつく。
「いたっ!」
さっきまで部屋の中を、何かするでもなくうろうろと歩いていたエルシーが、急にうずくまって右足をさすり出した。
「エルシー!?」
「すみません、ショウさん。練習していたら足を捻ってしまって……」
いやいや、あなた練習してなかったよね。そもそもまだ今日は練習の指示も出してないよね。――そんなモヤモヤが心の中に湧いてこないわけではなかったが、このバッドイベントを引いてしまったのは俺の責任だ。ここでエルシーを責めるのは筋違いというものだ。
「大丈夫か?」
「ただの捻挫だと思います。このくらい大したことないです」
言葉は頼もしいが、顔からは明らかに痛みを我慢しているのが見て取れた。
さすがに「はい、そうですか」と言うわけにはいかない。
「とにかく、魔法医に診てもらおう。話はそれからだ」
「……わかりました」
エルシーは渋々ながらも頷いた。
ちなみに、魔法医とは、医者と魔導士を掛け合わせて職業で、医学的な知識と回復魔法の両方を使いこなす専門家だ。彼らはたいていどの街にも一人はいる。
プレイヤーキャラクターも、自然回復しないタイプの「状態異常」を食らった場合、自分の持っているスキルやアイテムで回復できなければこの魔法医に治療してもらうことになる。レベルが上がってくれば、サブ職業でも回復できるようになるが、低レベルの頃にはよく世話になったものだ。
そんな思い出話はともかく、俺はエルシーをこの街の魔法医のもとへと連れて行った。
診断の結果は、エルシーの言ったとおり捻挫だった。
捻挫なら魔法で治療してもらえば解決だ――と安心したのも束の間、「捻挫は魔法では治せない」と魔法医に言われてしまった。
そういえば、以前別のクエストで、村人の病気を治すというものがあったが、その時も「毒」や「麻痺」のような状態異常は魔法で治せるが、一般的な病気は魔法では治せないとの説明があった。怪我の場合も同じように魔法が効くものとそうでないものがあるということなのだろう。
結局、魔法医からは三日間の安静を命じられ、俺はエルシーと共に屋敷に戻ってきた。
さて、困った。
クエストは終盤戦に差し掛かっている。この大事な時期に、三日間も動けないのは痛い。
エルシーは屋敷に戻ってきてからも「大丈夫です! やれます!」と強がっているが、その言葉を簡単に鵜呑みにするわけにはいかない。
さすがに今日はこのまま何もせず安静にするとして、明日からどうするか……。
案1 今日合わせて三日間、何もせず安静にする
案2 足に負担がかからない歌や楽器練習などを選んで行う
案3 エルシーの言うことを信じ、通常通りの行動を続ける
考えられるのは、この三つの選択肢だった。
これは勝負を分ける選択になるかもしれない。
「さて、どうしたものか……」
俺が頭を抱えて思案していると、突然、部屋の扉が勢いよく開いた。
慌てて、目を向けると、血相を変えたキャサリンが肩で大きく息をしている。
てっきりエルシーの捻挫でイベントは終わりだと思っていただけに、ここでの彼女の登場は完全に予想外だ。
「キャサリン!? そんなに慌てて一体どうしたんだ!?」
「どうしたもこうしたもないわよ! 二人ともこれを見なさい!」
キャサリンが俺とエルシーの前に一枚の紙を突き付けた。
どうやらそれは、街で配られている号外のようだ。
言われるままに、その紙に目をやった。
『スクープ! イングリッド、深夜の密会デート』
号外にはそんな文字が躍っていた。