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第67話 キャサリン

 走り去っていったエルシーと目の前のキャサリン。エルシーのプロデューサーとして、どちらを優先すべきか、もちろん理性ではわかっている。すぐにでもエルシーを追いかけ、彼女を慰めるべきだ。

 だけど、俺は走り出しかけた足を止め、キャサリンの方へと近づいた。

 プロデューサーとしては失格かもしれない。でも、今のキャサリンは、見た目は全然違うのに、あの日の夜に見た熊野彩さんと同じように見えて、なぜか放っておけなかった。


「どうしてそんな辛そうな顔してまで、あんなことを言うんだい?」


 キャサリンがただエルシーをいじめて喜ぶような人なら、俺は躊躇いなくエルシーを追いかけていただろう。でも、目の前の女の子はそうじゃない――そう感じてしまったら、もう無視はできなかった。


「なによ、あなた! エルシーのプロデューサーでしょ? 早くあの子を追いかけなさいよ!」

「そうしたいのはやまやまなんだけど、泣いている女の子を放っておけるほど薄情ではなくてね」

「誰が泣いてるのよ!? よく見てみなさい! 涙なんて流れてないでしょ!?」

「でも、心が泣いているじゃないか」

「――ばっかじゃないの?」


 ひどい……。

 改めて考えると自分でもキザに思えるけど、口から勝手に出ていたんだからしょうがない。

 でも、改めてキャサリンに顔を向けると、彼女の顔はさっきまでよりずっと柔らかくなっていた。


「昔は君もエルシー達六姉妹と仲良くしてたんだよね? 彼女達と何かあったの?」


 それほど答えを期待していたわけではなかったが、彼女は意外にも素直に口を開いてくれた。


「……あの六人は甘すぎるのよ。そして、優しすぎる。みんな才能があるのに、六人全員がほかの姉妹に気を遣って、本気で一番を目指そうとしないのよ。全員が母親のような一流の吟遊詩人になりたいって思ってるくせに」


 彼女の言葉は厳しいが、そこには一抹の苛立ちと同時に、切ない思いが隠されている気が下。

 キャサリンがディーヴァを目指しているのなら、六姉妹が本気を出せないのは彼女にとって好都合のはず。でも、今の彼女の言いようは、それを決して喜んではない。それよりも、むしろ――


「もしかして、自分が憎まれ役になってでも、あの六人を本気にさせようとしてたのか?」

「……あなたみたいなへっぽこプロデューサーに見抜かれるとはね。いつまでもエルシーを育てられない三流だと思ってたいたけど……人を見る目だけはあるみたいね」


 俺は褒められているのだろうか? それとも、けなされているのだろうか?

 でも、今の彼女の表情を見る限り、きっと後者ではないのだろう。


「……あの六姉妹は本当に才能があるのよ。私とは違って、ね。六人全員が、私も憧れたあの彼女達のお母様の才能を受け継いでいるわ。でも、彼女達は、それぞれがほかの姉妹の邪魔にならないようにって、今度の吟遊詩人総選挙に出ないとか言っていたのよ。六人そろってホントにバカなんだから……」

「もしかして、君はわざと彼女達を怒らせるようなことを言って、エルシー達が吟遊詩人総選挙に出るように仕向けたのか?」

「……ええ、そうよ。六人ともやる気になったようで、それぞれプロデューサーをつけてまで今回の選挙に挑むって言うから、様子を見に行ったりもしたわ」


 なるほど、クエスト開始してすぐにキャサリンがやってきた時のことか。六姉妹の本気具合と、彼女達のプロデューサーがどんな人間か確かめに来たというわけだ。

 不器用な娘だけど、本心が見えてくるとその不器用さが可愛らしく思えてくる。


「俺達は、彼女のプロデューサーとして君のお眼鏡にかないましたかね?」

「……正直、余計に心配になったわ。形だけで本気でディーヴァになる気なんてないんじゃないかとも思ったし」


 ……これは手厳しい。

 でも、たしかに音楽経験もないただの冒険者を雇っているんだもんなぁ。これが吟遊詩人専用クエストとかだったら、プロデューサーは全員吟遊詩人になるんだろうけど、職業制限のない汎用クエストだもんなぁ。


「予想順位を見ても、いつまでも私を追い越しそうにないし」


 はい、おっしゃる通りだ。

 それは本当に俺の責任とも言える。

 先ほどからの厳しい指摘の波に、俺は目を合わしていられず、だんだんと下を向いていってしまう。


「でも、どうやら大丈夫そうね」

「――え?」


 驚いて顔を上げると、キャサリンは真摯な瞳で俺を見つめていた。


「エルシーのこと、これからもよろしくお願いね」


 理由はよくわからない。でも、キャサリンは俺のことをエルシーのプロデューサーとして認めてくれているようだった。


「……言われるまでもないよ。キャサリン、君には悪いけど、俺はエルシーを必ず優勝させてみせる」


 挑むように告げると、キャサリンは唇の端をどこか楽しげに少しだけ吊り上げた。


「言っておくけど、私は強いわよ。子供の時に、六姉妹の歌と演奏を聞いて心が震えた。そして、それと同時に自分との圧倒的な才能の差を感じたわ。でも、それからの努力なら、私は誰にも負けてはいない。いいこと、全力でかかってきなさいよ!」

「ああ、もちろんだ!」


 どちらからというわけでもなく、俺とキャサリンは右の拳を掲げ、グータッチを交わした。

 思わぬ形になったが、キャサリンの想いを知ることができた。そして、彼女がいかに六姉妹のことを想ってくれているのかも。

 キャサリンに勝たなくてはいけない理由、そして勝ちたい理由が一つ増えてしまった。


 その後、俺は急いで六姉妹の屋敷に戻り、エルシーをなんとか宥め、ご機嫌を取ることに成功した。

 キャサリンの本心を話そうかとも思ったが、エルシーは「絶対キャサリンには負けない!」と以前よりも気合いが入っていたので、今は黙っておくことにした。


 14日目のイベントは、7日目のようにクエスト攻略に有効なアイテムが手に入るわけではなかったが、それでも、エルシーにとって、そして俺にとって重要なものとなったと思う。

 なお、後で確認すると、イベント用アイテムとして「キャサリンとの絆」なアイテムがいつの間にか手に入っていた。使用方法や効果などの説明もなく、謎アイテムだ。

 みんなも同じようにイベントをこなして手に入れてるのだろうか?

 明日は3回目の予想順位発表だし、聞いてみるとするか。


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