9日目にポスターを作成し、エルシーの知名度を上げておく。そして翌10日目、エルシーとカレンのジョイントライブを開催することになった。
現実世界なら、会場手配、スタッフの確保、告知、さらには二人揃っての練習時間など、多くの問題があり、こんな簡単に実施できるわけがない。しかし、これがゲームの良さだ。すべてが迅速かつ効率的に進む。
なお、ライブ会場として選んだのは、メロディア小音楽劇場。俺は大音楽劇場の使用権を持っているが、今のエルシーとカレンのジョイントライブで使うには、さすがにキャパシティが大きすぎる。それに、今回は費用をミコトさんと折半できる。ここで無料使用のチケットを使うのはさすがにもったいない。
「二人ともいいパフォーマンスをしていますね。お客さんも満員ですし、ジョイントライブは成功ですね」
ステージ袖で見守るミコトさんの言葉に俺は頷く。
10日目の午後、ステージではカレンの歌声に合わせてエルシーが軽やかにダンスを披露している。
ミコトさんの言うとおり、会場の席はすべて埋まっており、小音楽劇場とはいえ、この光景を見ると胸が熱くなる。
俺はエルシーの知名度があまり高くないのをわかっているので、前日にポスターPRで知名度を上げる作戦に出たのだが、客席を埋めるだけならその必要はなかったかもしれない。
7日目のイベントで、カレンは大音楽劇場で前座を務め、その影響で彼女の知名度は飛躍的に上がっていたのだ。
客席では、ペンライトのように、光る魔光石が観客達によって振られている。吟遊詩人それぞれのイメージカラーの色の魔光石で応援する習慣がこの世界にはある。エルシーの色は赤、カレンの色はオレンジとなっているが、会場の多くを占めているのはオレンジ色の光だった。つまり、観客の多くがカレン目当てで足を運んだということだ。
とはいえ、ここまで自室での引きこもり練習を主にしてきたエルシーに知名度がないのは、俺も重々承知している。集まった観客も、カレン目当ての方が多いであろうことも想定内だった。
だが、俺の目論見は、集まった観客相手にエルシーのパフォーマンスを見せ、ここでカレン派の観客達の心を逆にエルシーが鷲掴みにしてしまうというものだった。
――だが、現実はそう甘くはない。
「……エルシーはいいダンスをしている。今までで一番輝いて見える。……でも、カレンの歌は、それ以上に観客を魅了しているじゃないか」
ゲーム故の残酷さだろうか。観客の反応がゲージとして視覚化される。エルシーのパフォーマンスで観客の好感度は確実に上がっている。それでも、カレンはその上を行く。彼女の歌声が観客を強く惹きつけているのが、視覚情報ではっかりとわかる。
「カレンはずっと練習を頑張ってきましたから!」
俺の呟きを自分にかけられたものだと思ったのだろう。ミコトさんがそんなことを言ってきた。
「……エルシーだってずっと頑張ってきたんだよ」
今度はミコトさんに聞こえないように独りごちた。
エルシーとカレン、二人ともここまで練習メインでやってきたのは同じだ。だが、エルシーが自室で一人、黙々と練習を重ねてきた。一方、カレンは音楽学校で専門家の指導を受けながら磨きをかけてきた。それが二人の差を生んだに違いない。金をかけて、より良い環境で研鑽を積んできたカレンの成長は目覚ましかった。
「エルシーがカレンに負けたわけじゃない。……俺がミスをしただけだ」
俺の呟きは、ライブの音にかき消されて、誰にも聞かれることはなかった。
10日目の行動終了後、俺達はまた応接室に集まった。
今日は二度目の予想順位発表の日だ。
ミコトさんを誘って半ば強引に今日ジョインライブを開催したのも、この発表に間に合わせるためだった。二回連続最下位になったら、さすがにモチベーションが崩壊しかねない。ただ、そのジョイントライブは、ミコトさんのカレンを後押しするような形になってしまったが……。
「ショウさん、順位がどう変わっているか楽しみですね!」
ミコトさんは期待に満ちた声で話しかけてきた。
ジョイントライブでうまく俺を出し抜いたとか思っているなら、その言葉や表情にきっと嫌味な部分が出てくるんだろうが、ミコトさんからはそんな想いは欠片ほども感じられなかった。
カレンの知名度を利用してエルシーを上手く引き立たせようなんて思っていた自分が恥ずかしくなる。
「少しはメイのイングリッドとの差を縮められるといいんだけどね」
「カレンもエルシーさんも頑張ってましたから、きっと大丈夫ですよ」
そんな俺達の会話を聞きつけたメイが、薄く笑いながらこちらを見てきた。
「まだ私のイングッドに勝つつもりなのかい? この前のイベントルーレットで、クマサンが貴族との繋がりを作ってきそうだったから、私はディナーショーにこの街の貴族を無料招待して、そっち方面の攻略も始めている。優勝を諦めて2位狙いに切り替えた方がいいんじゃないのかい?」
メイがあれからも変わらず金のかかる行動を続けていたのは把握していた。だが、貴族まで取り込もうとしているとは思っていなかった。……恐ろしい女だ。
まるで黒幕プロデューサーのような立ち回りで、キャサリンよりもメイの方がラスボスなんじゃないかと思えてきた。
「俺は別に貴族との繋がりを作りたいわけじゃないんだが……」
クマサンは何か言いたそうだったが、俺達の目の前には「10日目終了時点の吟遊詩人総選挙予想順位」のメッセージが表示され、全員が押し黙る。
この瞬間の緊張感は半端ない。
最下位だけはいやだ!
俺は祈るような気持ちで発表を待つ。
『20位 トーニャ』
エルシーの名前でなかったことに、まずはほっと胸を撫で下ろす。
なんとか2回連続最下位は免れた。
『19位 テオドラ』
『18位 ツィーナ』
『17位 チェルシー』
順位が発表されるたびに鼓動が速くなる。
前回はいきなりエルシーの名前が出てきたから、このドキドキを感じる間もなかった。
しかし、この緊張ずずっと続く感じは、心臓に良くないかもしれない。妙な汗が背中を伝う。
『16位 ウェンディ』
俺達の中で最初に出てきたのは、エルシーではなく、クマサンが担当しているウェンディの名前だった。
俺はびっくりしてクマサンの方を見つめる。
クマサンはその思いをはっきりとは顔に出してはいなかった。でも、付き合いの長い俺にはわかる。そこに悔しさが滲んでいることが。
エルシーが俺達の中で最下位じゃなかったという安心感に浸る間もなく、順位発表は続いていく。
『15位 オーロラ』
『14位 アリサ』
『13位 タチアナ』
『12位 ソフィーリア』
ほかの六姉妹の名前は出てきたが、エルシーの名前はまだ出てこなかった。
おいおい、これってトップ10入りあるんじゃないのか!?
発表前は最下位になるのではないかという不安に怯えていたのに、ここにきて欲が出てきた。
握った拳に力が入る。
『11位 エルシー』
期待した矢先、エルシーの名前が呼ばれてしまい、思わず肩の力が抜けそうになった。
だが、落ち込む必要はない。
前回20位から11位なんて大躍進だ。一気に9つも順位を上げたことになる。次も同じように9つ上げたら2位だぞ。
……まぁ、そんな簡単にいかないのはわかってるけどね。
「エルシーさん、頑張ってましたもんね」
ミコトさんが笑顔で声をかけてくれた。
俺ではなくエルシーを褒められたことが、なんだか嬉しい。
『10位 セレナ』
『9位 スカーレット』
発表はベスト10に入っていた。イングリッドはもちろん、カレンの名前もまだ出てこない。
発表を待つミコトさんを見れば、いつもと違って緊張で強張った顔をしていた。
『8位 カレン』
カレンの名前が出ると、ミコトさんの表情が一気に緩んだ。
喜び八割、悔しさ二割といったところだろうか。
カレンは前回19位、それと比べれば大躍進だ。それでも、ここまで来たら、もっと上を望む気持ちもあったのだろう。
「カレンの実力がちゃんと評価された証だね」
「ありがとうございます!」
さっきエルシーを褒めてくれたことへのお返しだ。
負けたことへの悔しさをあるが、同じステージに立った仲間でもある。
しかし、これでメイは今回も俺達の中でトップということが確定した。
予想はしていたことだが、さすがというしかない。
当のメイは、こんなところでイングリッドの名前が出るわけないという自信からか、緊張もしていない様子だった。
『7位 シェリー』
『6位 サンドラ』
イングリッドの名前はまだ呼ばれない。前回は6位だったが、今回はさらに順位を上げていることになる。
『5位 コニー』
『4位 ケイト』
残すはトップ3。
まさか10日目の時点でイングリッドがトップってことはないよな!?
それだと、キャサリンじゃなくてイングリッドとメイがラスボスってことになるぞ!?
『3位 イングリッド』
さすがにそんなことはなかった。
チラリとメイに目を向ければ、悔しけに舌打ちしていた。
メイは本当に1位を狙っていたのかもしれない。
『2位 クリス』
『1位 キャサリン』
10日目のすべての予想順位が出そろった。
エルシーが順位を上げたのは喜ばしい。
だが、メイのイングリッドとの差が縮まったとは思えない。
人気がある方が集客力も挙がり、あらゆる行動が有利になる。しかも、メイは資金の心配をする必要もない。これからさらに攻勢を強めてくるはずだ。
そして、そのメイよりもさらに高みにいるキャサリン。
残り日数は20日間。
果たして逆転の手段は残されているのだろうか?