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第64話  メイの秘密

 8日目、また街を巡って情報を集めていた俺は、1枚のチラシを手にして思わず足を止めた。


「イングッドのディナーショーだって!?」


 チラシはイングリッドが行うディナーショーを宣伝するためのチラシだった。それが街で配られていたのだ。

 ディナーショーそれ自体は、行動メニューの一つとして誰もが開催可能なものだ。

 だが、ディナーショーはライブだけのイベントと違い、観客はテーブルに座り、食事を楽しみながらパフォーマンスを見る形式だ。座席やテーブルの設置、料理の提供、会場の準備――これらの準備には相当な費用がかかる。


「ディナーショーをこんな早い段階で……」


 普通に考えれば、十分に知名度を上げたクエスト後半で実施するようなイベントだ。

 だが、俺が驚いたのはそれだけではない。さらに驚愕したのは、そのショーのチケット料金だった。チラシに書かれていた金額は、街の普通の食堂で食べる昼食と同じ程度の、驚くほど安価なものだった。



「こんな料金でディナーショーをやったら、儲けなんて絶対に出ないだろ……」


 俺は眉をひそめ、チラシをじっと見つめた。メイたちはすでに多くの資金を使い果たしているはずだ。それなのに、こんな無茶な料金設定でイベントを開催するのは、何かがおかしい。

 ……まさか、スパゲティバリウスを売ったのか?

 いや、昨日のメイの言葉に嘘はなかった。それはありえないだろう。


「……怪しい。メイの奴、俺達が知らないような何かをやってるな」


 その日の夜、俺はメイを応接室に呼び出した。

 クマサンとミコトさんにも声をかけていて、すでに二人は俺と一緒にソファに座ってメイを待ち構えている。

 そこへ、メイがようやく姿を現した。


「お、もう全員揃っているのか」


 メイは何も気にしていない様子でソファに腰を下ろした。


「昨日も呼び出したばかりなのに、今度は一体どうした?」


 まさか自分がこれから問い詰められるとは思ってもいないのだろう。メイの方からそう尋ねてきた。

 自分には後ろ暗いところがないというパフォーマンスだろうか?

 俺は険しい表情で口を開く。


「今回みんなに集まってもらったのは、メイの不正疑惑を確認するためだ」

「不正?」

「メイさんが?」


 クマサンとミコトさんは驚いた顔で一瞬俺を見つめ、すぐにメイへと視線を移した。

 三人の視線を受けたメイは、驚いた素振りも焦った様子も見せず、「やれやれ」とでも言いたげな顔を浮かべた。


「おいおい、ショウ。この私が不正だなんて、ひどい言いがかりじゃないか」

「俺だって仲間を疑うようなことはしたくない。……だけど、メイだけが一人、おかしな行動をしているという事実がある」

「おかしな行動だって?」


 メイは、全く身に覚えがないという表情で肩をすくめてみせた。

 俺は一息つき、再び言葉を紡ぐ。


「ああ。このクエストが始まってすぐに街中にポスターを貼ってのPR活動を始め、さらにその後も高額な宣伝を続けてきた。そして、今回、多大な費用がかかるディナーショーを、食事代も回収できないような安い料金で開催しようとしている。いくら計算しても、初期資金の50万じゃ到底足りない。イングリッドがアルバイトをしている様子もないし、スパゲティバリウスを売ったわけでもないだろう。となると、残念だが……メイが何か不正なバグ技でも使っていると考えるしかないんだ」


 部屋の空気が一気にピリつく。

 俺はメイを真っすぐに見つめた。クマサンとミコトさんも、黙ってメイの反応に注目している。


「私は不正なんてしていないし、バグ技も使ってはいない。ギルドシンボルに誓ってもいい」


 メイの声は静かだが、その響きには確固たる決意が感じられた。胸を張り、真っすぐにこちらを見据えるその瞳には、一片の揺らぎもない。

 「ギルドシンボルに誓う」――その言葉は、この世界で冒険者が最も大切にする信頼の証。神の存在が文化か種族によって異なるこの世界では、ギルドという仲間との絆が何よりも重んじられている。神に背くことよりも、ギルドの名誉を汚すことの方が、冒険者達にとっては重大な裏切りだ。

 だからこそ、その言葉は、生半可な覚悟で言えるようなものではない。


「ショウ、メイがここまで言い切るんだ。さすがに不正はしてないんじゃないのか?」

「はい。私もそう思います」


 メイの言葉を受け、クマサンとミコトさんはすっかりメイの味方へと変わっていた。

 逆に二人は、どこか責めるような視線を俺へと向けてきている。

 ギルドマスターの俺よりメイを信用しているみたいで、俺としてはちょっと寂しい。


「……わかった。メイがそこまで言うのなら、俺も不正はないと信じるよ。疑いをかけたことに対しては謝罪する」


 俺は素直に頭を下げた。

 実のところ、可能性としてはゼロではないと思っていたものの、メイがバグ技のような不正を使ってまで、一人だけ得をするようなプレイをしているとは、俺も本気では思っていなかった。

 みんなを集めたのは、メイを糾弾するためではない。

 俺は本来の目的のために、再び口を開く。


「だけど、メイ。今回の金の使い方は、通常プレイではやっぱり考えられないものだ。不正をしていないというのは信じるが、どうやってその資金を捻出したのか、その説明だけはしてほしい。もし正当な手段があるなら、それを俺達と共有してほしい。すでにクエストは8日も過ぎている。その間、メイだけその方法が使えたのなら、すでに十分なアドバンテージは得ているはずだ。ここで情報を公開しても、メイが有利なのは変わらない」


 そう。俺の本当の目的は、メイが豊富な資金の秘密を明らかにし、バグではなく何か正当なテクニックがあるのなら、それを全員で共有するというものだった。

 俺だけでメイを問い詰め、二人だけで情報を握るという手もあったが、それだと彼女が口を割らない可能性がある。だけど、クマサンとミコトさんを同席させ、3対1の状況を作れば、メイも拒否はしにくくなる。それに、やっぱりクマサンやミコトさんともフェアな勝負がしたい。


「そんな方法があるのか?」

「あるなら私も知りたいです」


 案の定、さっきまでメイの側についたクマサンとミコトさんは、俺の味方となり、再びメイへと顔を向けている。


「メイ、俺達は同じギルドの仲間だ。話してくれるよな?」


 卑怯な聞き方かもしれないが、これも会話のテクニックだ。

 俺はメイをじっと見つめた。


「別に隠すつもりはない」


 メイは逡巡することもなくあっさりとそう言った。

 気合を入れていた俺の方が拍子抜けしそうになるくらいだ。


「教えてくれるのか?」

「ああ。私は単に自分の持っている金を使っただけだ」

「……自分の金?」


 俺は眉をひそめた。理解が追いつかない。

 初期費用として配られたのは50万。だが、メイが使っている金額は、それでは到底足りない。俺が追及したのはその部分だ。なのに自分の金を使っただけだって? それでは答えになってないのではないだろうか?

 俺の疑問を感じ取ったのか、メイは息をつき、まるで教え子に説明するかのように語り始めた。


「自分の金と言っても、クエストで配られた資金のことじゃないぞ。この私、メイとしての所持金のことだ。このクエストの資金は、たとえ残ったとしても、自分の所持金にすることはできないとの説明が最初にあった。だが、逆に自分の所持金をこのクエストに使ってはいけないとは言われてない。このクエストの説明でも確認したが、どこにも書かれてはいなかった。クエストを始めてすぐに、初期資金の50万を超える支出をしようとしたらどうなるのか試してみたいんだ。そしたら、『不足分はプレイヤーの所持金で補うことになるが構わないか?』とシステムに聞かれんだ。つまり、それって自分の所持金を使えるってことだと、気づいたってわけだ」

「な……」


 俺は言葉を失った。

 メイの奴、後のことも考えずに序盤から金を使いまくっていると思ったが、まさか自分の金をクエストのためにつぎ込んでいたなんて……。


「しかし、そんなことをしたら、優勝してクエストの報酬を貰っても、収支で言えばマイナスになるんじゃないのか?」

「別にこのクエストで儲けようとは思っていない。私にはほかで金を稼ぐ方法があるからな。だいたい、インフェルノ戦のときもそうだっただろ?」

「……確かに、そうだった」


 忘れていた。メイは目的のためなら金を惜しまない。それに、メイなら多少の金、鍛冶ですぐに稼ぐことができる。クエストの目的の一つに資金稼ぎを置いている俺とメイでは、クエストへの挑み方が違ってくるんだ……。


「ショウ達だって、私と同じように自分の所持金を使えばいいじゃないか。可愛い、エルシー、カレン、ウェンディのためなら惜しくはないんじゃないか?」


 レイは軽く笑いながら言い放った。

 くっそー!

 確かに、これはバグを利用した不正な技ではない。

 ゲーム内でのインフレを抑えるために、運営側としては、プレイヤーが得た金を回収するシステムが必要になる。店売りの武器や防具、アイテム、宿代などがそれに当たるが、このゲームでは、武器・防具に関しては、ドロップしたものや、鍛冶師が作ったもののほうが、店売りの品より性能が高い。そのため、レベルの高いプレイヤーは、主にプレイヤー間の売買で武器・防具を求める。しかし、プレイヤー間で金が動いているだけでは、ゲーム内の金の総量は変わらず、金の回収はできない。

 そのため、最近になって、プレイヤーから金を回収する要素が、色々なところに盛り込まれてきた。たとえば、移動手段。時間をかければ歩いていけるが、金を出して乗合馬車を使えば、時間を短縮できる。さらに最近では、魔法協会に行けば、別の街の魔法協会まで瞬間移動してもらうことだってできるようになった。もちろん費用は乗合馬車の比ではない。

 このように、金を使わずともゲームを進行するのに問題はないが、金を出せば、より便利に、より効率よく進められるという要素がいくつも実装されてきた。

 今回のクエストも、金を出させられるプレイヤーからは出させようというものなのだろう。六姉妹がみんな魅力的なのも、それにのめり込んだプレイヤーから金を搾り取るためかもしれない。


 俺は悔しさを滲ませながら無言でメイを睨むように見つめた。


「ん? どうした、ショウ? 私が見つけた方法だが、みんなにも教えたぞ。遠慮なく使ってくれて構わない。あ、でも、ショウは私に借金があることを忘れないでくれよな」


 くっ! 勝ち誇ったようなメイの顔がむかつく!

 メイは知っている。俺が金欠だということを。

 そして、所持金に余裕がないのは、クマサンやミコトさんも同じだ。

 情報共有しても、この手が使えるのは、実質メイだけだったんだ。

 それに、所持金投入勝負になったら、どのみち俺達ではメイには及ばない。持っている金の量がそもそも違い過ぎる。

 それがわかってるのだろう。俺だけでなく、クマサンとミコトさんも、悔しそうな、そして少し羨ましそうな目をメイへと向けていた。


「ちょっと煽りすぎたかな? みんなの不評を買わないうちに、私は退散するとしようか。みんなの健闘を祈っているよ。まぁ、最後の勝つのは私のイングリッドだろうけどな」


 そんなことを言い残し、メイは部屋へと戻っていった。

 メイに対する全員のヘイト値が上がったのは言うまでもないだろう。


「強い武器や防具を持つことが強さの証だと言われるのなら、金もまたそうなんだろう。これもまたメイの強さだ。だけど、俺はただ、自分の信じる道を進むだけだ」


 クマサンはそう言って立ち上がった。

 この勝負はメイの勝ちだと諦めている感じではない。

 その姿を見て、俺はクマサンにかけようとした言葉をひっこめた。

 クマサンは自分の戦いをしている。今は俺がどうこういうべき時じゃない。そう感じてしまった。


 クマサンが部屋を出ていくと、今度はミコトさんがゆっくりと立ち上がった。


「確かに、豊富な資金で戦えるメイさんは有利です。でも、まだ勝負は決まっていません」


 彼女はうつむいてはいない。しっかりと前を見ている。

 そして、それは俺も同じだ。

 そう、諦めるのはまだ早い。

 俺達はまだ戦える。メイのように金は使えなくても、ほかの方法で戦うことができる。


「ミコトさん、俺と組まないか?」


 俺はミコトさんに向かって、そう声をかけた。


「え?」

「エルシーとカレン、二人でジョイントライブをしよう。二人でなら費用を折半できるし、知名度も二人分。一人でやるより、ずっと効率がいい。メイが金の力で戦うのなら、俺達は仲間同士の協力で対抗しよう」


 俺はミコトさんに右手を差し出した。緊張で手が汗ばむのを感じながら、彼女の反応を待つ。

 ミコトさんの目が、俺の右手と顔とを交互に見やる。

 本当はクマサンにも声をかけるつもりだった。でも、さっきのクマサンを見て、クマサンのやり方を邪魔しちゃいけない気がした。

 だから、俺が協力者に選ぶのは、ミコトさんだ。

 この手を取ってもらえなければ――また策を練り直す必要がある。

 俺の胸の中を、不安と期待とがぐちゃぐちゃとかきまぜる。


 ミコトさんの答えは――


 不安で震えそうになる右手に、柔らかく、しかし力強い感触が伝わってきた。

 ミコトさんはしっかりと俺の右手を握ってくれていた。


「わかりました。一緒に、メイさんにも、キャサリンさんにも勝ちましょう!」

「ああ!」


 こうして俺はミコトさんという心強い協力者を得たのだった。


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