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第63話  それぞれのイベント

 全員が揃ったところで、クマサンが口を開く。


「どうしたんだ、ショウ? 急にみんなを集めて?」

「ショウのことだ、何か企んでいるんだろ?」


 メイの鋭い指摘にギクリとするが、顔に出すのはなんとか耐えた。


「もしかして、私達の顔を見たかったとかですか?」


 一方で、ミコトさんは、メイと違ってとても可愛いことを言ってくれていた。

 ああ、もう本当の理由はそれでいいよ――と思ったりもしたが、エルシーを勝たせるためにはそうも言っていられない。

 俺は軽く咳払いして、視線を三人に向け直した。


「みんなの顔を見られたのは嬉しいが、今回みんなに集まってもらった目的はほかにある。今日のグッドイベントルーレット、みんなも回したよな?」


 俺の言葉に三人は黙って頷いた。


「現在予想順位1位のキャサリンを倒すためには、俺達は彼女にないもの、六姉妹の絆、そしてパーティの連携が重要になってくると思うんだ。そこで、今日のルーレットで何を引いたか、それぞれ教え合ってはどうかと思うんだ」


 俺の言葉に、ミコトさんは「なるほど」といったふうに頷き、クマサンは表情を変えず、メイはこちらを値踏みするような目で見てきた。


「もちろん、これは強制じゃない。自分の情報は仲間が相手でも隠しておきたいという人は、部屋に戻ってくれて構わない。その場合、俺の提案に賛同してくれた人だけで情報交換を行おうと思う」


 俺は敢えてずるい言い方をした。「仲間が相手でも隠しておきたい」と表現することで、もしここで席を立てば、まるで「自分は仲間相手にも秘密を持つ人間だ」と認めることになりかねない。さらに、全員が揃わなくても提案を実行するという意思を示すことで、「自分以外が情報共有をし、取り残されるのでは?」という不安を煽ることもできる。

 さて、それでも席を立つ人はいるかな?

 俺はみんなの反応を待った。


「俺は構わない」

「私もです」

「……私もいいぞ」


 クマサンは迷う素振りもなく、ミコトさんも笑顔で、メイはしばし逡巡してから了承してくれた。

 みんなどこまで考えてのことかわからないが、思惑通りの展開に胸を撫で下ろす。


「ありがとう、みんな。じゃあ、まずは言い出しっぺの俺から話すよ。俺が今回のイベントで手に入れたのは『メロディア大音楽劇場使用チケット』だ。このチケットを使えば、選挙当日までの好きな時に、大音楽劇場でライブを開催できる」


 俺は正直に情報を出した。姑息な手を使うのなら、ここで本当のことを言わず、嘘の情報を出しておくという手もあった。大音楽劇場ではなく中音楽劇場とか、本当のことに似せた嘘情報ならバレる可能性は低くなる。だけど、この三人を相手にして、そこまでして勝ちたいかと問われれば、素直に首を縦には振れない。俺の提案に乗ってくれた誠意には誠意で応え、その上で勝ちたい。

 それに、この引き当てたチケットに、みんなに驚いたり、羨ましく思われたりしたいという願望も多少あった。人気順位予想でエルシーが最下位だったこともあり、ギルドマスターとしては少しでも名誉挽回をしておきたい。


 しかし、俺の期待に反して、みんなは特段びっくりした様子も見せず、「なるほど」といった感じで頷いている。

 ……あれ? もしかして、俺が手に入れたものって、そこまでたいしたものじゃなかったりする?


「当日のイベントだけじゃなくて、そういう後から使えるアイテムが手に入ることもあるんですね」


 ミコトさんが感心したように呟いた。

 彼女の言い方に、俺は少し引っかかった。今の言い方だと、彼女は俺のように何かアイテムを手に入れたのではないことになる。


「そういうミコトさんはどうだったの?」

「私の場合、いつも練習で通っている音楽学校の先生から連絡があったんです。今日、メロディア大音楽劇場で予定されている音楽イベントで、前座の吟遊詩人が急に怪我をして出演できなくなったので、代わりに出てくれないかって。どうやら、学校での練習を見ていて、先生がカレンに注目してくれていたみたいなんです」

「――――!? それで、ミコトさんはどうしたの?」


 俺は思わず身を乗り出して尋ねた。あまりに俺に起こった淡泊なイベントと違いすぎて、その後の展開が気になってしょうがない。


「びっくりはしましたけど、せっかくのチャンスなので、もちろん引き受けました。劇場は満員で、何千人ものお客さんを前にカレンも緊張していたみたいでしたが、いざステージに上がったら、会場の熱気で緊張なんて吹き飛んだのか、最高のパフォーマンスを見せてくれました。お客さん達も盛り上がってくれて……私、感動しました!」


 言葉の端々に、ミコトさんがカレンと共に体験した喜びがしっかりと感じられる。だが、俺の心は複雑な感情に満たされていた。


 ……なんてこった。

 ミコトさんとカレンが、俺より先に大音楽劇場を経験してしまうとは……。


 心の中で湧き上がる焦りを抑え、俺はふぅと一息つく。


 だが、冷静になれ。カレンが大音楽劇場のステージに立ったとはいえ、それは前座でしかない。俺には、エルシーをメインとして大音楽劇場を使うチャンスがある。そう考えれば、俺の方が有利ではないだろうか?

 ……とはいえ、頭の片隅に引っかかるのは、カレンがメインパフォーマーのおかげで満員の観客の前に立てたという事実だ。数千人もの前で演じる機会を得ること自体が、すでに大きなアドバンテージだろう。それに比べて俺とエルシーは、劇場を使う権利があるだけで、集客力が伴わない。この差をどう埋めるか……。

 俺とミコトさん、どちらのグッドイベントが得なのか、現時点ではまだ判断ができないだろう。

 そんな考えに没頭していると、クマサンの声が耳に届いた。


「ミコトはずいぶん派手なイベントだったんだな」


 感心したようにクマサンが声をかけると、ミコトさんは嬉しそうに頷いた。


「はい、とても楽しかったです! クマサンの方はどうだったんですか?」

「俺の場合は、いつも公園でウェンディが子供達相手に歌ったりしていたから、孤児院の子供とも顔見知りになっていたんだが、今日はその子が頼みに来たんだ。今日は孤児院のシスターの誕生日だから、ウェンディの歌をシスターへの誕生日プレゼントとして贈りたいって」

「わぁ! 凄くいい話じゃないですか!」


 ミコトさんは目を輝かせていた。

 しかし、どうして吟遊詩人総選挙なんていうクエストのルーレットイベントで、そんな感動話が展開されるんだよ……。普通に1イベントとして実装すればいいのに……。

 単にチケットがもらえただけの俺に比べて、みんなにはもっと心に響くようなイベントが起こっていたようで、なんだか悔しくなってくる。

 ……でも、クマサンの場合、俺のような使用権という利益を得るわけでもないし、ミコトさんのように経験値を得て知名度を上げる機会になったわけでもない。話としては、いい話だが、総選挙のことを考えれば、ハズレの部類のイベントになるではないだろうか?


「それで、クマサンはどうしたんですか? クマサンのことだから、孤児院に行ってあげたんですよね?」

「ああ。孤児院ではささやかながら子供達の手によるシスターの誕生会が開かれていたよ。その中でウェンディがお祝いの歌を贈ったら、シスターは涙ぐんで喜んでくれたよ」


 いい話過ぎてこっちまで泣けてきそうだ。感動こそ、一番の報酬ってやつだろうか。

 そういうのもありだろう。

 クエストってやつは、金や経験値のためだけにやっているわけではない。

 そこでの経験、それこそが一番価値という考え方もある。


「良かったですね。シスターさんが喜んでくれたのなら、子供達も嬉しかったでしょうね」

「ああ。あの時の子供達の顔は忘れられない。それに、孤児院を支援しているこの街の有力貴族もたまたま孤児院の様子を見に寄ってくれていたみたいで、誕生会の後、その貴族に声をかけられたんだ」


 ……ん?

 報酬は心の感動だ、って展開だと思っていたら、何やら様子が変わってきたぞ。


「それで、その貴族は何を言ってきたんですか?」

「どうやら、ウェンディの歌にいたく感動してくれたみたいで、今度その貴族が開くパーティでもウェンディの歌を披露することになったんだ」

「わぁ、凄いじゃないですか!」


 そのパターンかっ!

 特にメリットのない感動イベントと見せておいて、実は貴族とのコネクションとパフォーマンス披露の場を得るイベントとは!

 しかし、俺の淡泊なイベントとのこの中身の差は一体何なんだ!?

 俺はいくばくかの悔しさを胸に抱きつつ、それでもクマサンに声をかける。仲間の行為が認められたことに関しては、嬉しく思わないわけではない。


「よかったね、クマサン。いつも公園で子供達を相手に歌ったりしていたことが、花開いたって感じだね」

「んー、でも、俺はシスターが喜んでくれたことと、何より子供達の笑顔が見られたことが一番嬉しいけどな」


 そう言ってクマサンは笑った。

 なんだか人間的に負けた気がした。

 俺はこの世界の住人、ショウとして過ごしているはずだが、心のどこかでゲーム的な感覚を引きずっていた。しかし、クマサンは違う。クマサンはこの世界で生きる人々の幸福を、自分の喜びとして感じている。


「……クマサンは凄いな」

「ん? 何がだ?」

「いや、こっちの話だ」


 仲間達からはまだまだ学ぶことがある。

 俺は一人頷くと、視線をメイの方へ移した。


「それで、メイはどうだったんだ? みんなの話を聞いておいて、自分のことは秘密にしておくなんてことはないよな?」

「当たり前だろ。ここに残った以上、隠すつもりなんてないさ。もっとも、私の場合、クマサンやミコトのような手の込んだイベントがあったわけじゃないけどな」


 ということは、俺のようなシンプルに何かを貰えるだけのイベントってことかな?

 仲間ができたようで、ちょっと嬉しくなる。


「メイも俺みたいなチケットが貰えたとか?」

「いや、私の場合は楽器だ」

「楽器?」

「ああ、イングリッドが街に来た行商から古びたリュートを買って帰って来たんだが、それがスパゲティバリウスだって判明したんだ」

「スパゲティバリウス? パスタの一種か?」


 初めて聞いた言葉に、思わず聞き返す。


「違う、違う。伝説的名工スパゲティバリが作った弦楽器のことを、スパゲティバリウスと呼ぶんだ。現存するものは極めて少なく、その価値は計り知れない」


 メイの説明で、スパゲティバリウスが、ストラディバリウスをもじったものだとようやく理解した。そして、理解すると、メイが得たものの大きさに驚愕する。現実世界でならストラディバリウスが数億円で取引きされるという話を聞いたことがある。この世界のスパゲティバリウスが、現実世界のステラディバリウスと同等の価値があるとすれば……。


「……ちなみに、それって売ったらいくらくらいになるんだ?」

「1000万を下回るようなことはないらしい」

「――――!?」


 なんてこった!?

 俺達が初期資金50万でやっている中、1000万だって!? そんなの圧倒的じゃないか!

 もしかしてメイが最初から資金をガンガンつぎ込んでいたのも、こういうイベントがあることを見越してだったのか!? 一人だけネット情報を見ては不公平だから見てないと言っていたが、実は陰で見ていたとしたら、ありえる話だ。


「……まさか、メイ、こうなることを読んでいたのか?」

「はぁ? そんなわけないだろ」


 ……どうやらそういうわけではないようだ。嘘をついてる感じでもない。

 なんか疑ってごめん。

 だけど、メイの有利は変わらない。


「そのスパゲティバリウスを売れば、尽きかけていた資金の問題はこれで完全になくなるってわけだ。今回のイベント、一番得をしたのはメイのようだな」


 俺は羨ましがるようにメイに視線を向けたが、彼女は小さく笑って首を横に振った。


「何を言っている。私はスパゲティバリウスを売るつもりはないよ。スパゲティバリウスを使っているとなれば、イングリッドの知名度はますます上がる。それになにより、楽器はミュージシャンにとって命とも言うべきものだ。最強とも言える楽器が手に入ったのに、自ら手放すなんてあり得ないさ」


 なんと……。

 メイは手に入れたスパゲティバリウスをそのまま楽器として利用するというのか。


「でも、それじゃあ資金の問題は残ったままだぞ……」

「それに関しては、私は最初から心配していない」


 メイは余裕の笑みを浮かべていた。とても強がりには見えない。

 そうだ、スパゲティバリウスを手に入れる前からメイはこんな感じだった。

 きっと、メイはまだ秘策を隠し持っている。だからこそ、スパゲティバリウスの情報も問題なく俺達に明かしたのだろう。


 前座とはいえ、メロディア大音楽劇場でのパフォーマンスという経験を積み、知名度も上げたミコトさんのカレン。

 子供達を笑顔にしつつ、貴族との繋がりを作ったクマサンのウェンディ。

 そして、予想順位6位と上位につけ、スパゲティバリウスという最強の武器を手に入れた上、何やらまだ秘策を隠し持っていそうなメイのイングリッド。

 今回の情報交換でわかったのは、俺とエルシーが思っている以上に厳しい状況に置かれているということだった。

 このまま手をこまねいていては負ける。俺達はそろそろ何か手を打たなければならない状況に追い込まれてしまった。


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