パーティを組む俺達4人は、キャサリンという共通の敵に立ち向かう同志でありながら、互いにライバルでもあるという関係になった。
これまでは、パーティといえば一緒に行動するのが常識だった。しかし、この先はそれぞれが別行動を取り、選んだパートナーと二人三脚で進んでいくことになる。
俺はみんなと別れ、エルシーと共に彼女の部屋へと移動した。
六姉妹それぞれの部屋は、個別の練習場であり、これからの行動での拠点でもある。
「さて、まずは何をしていくかだな……」
俺は、メニューウィンドウに目を移し、エルシーが可能な行動を確認する。
彼女を吟遊詩人としての成長させるために最も効果的なのは「練習」だ。自室での練習なら、資金を使わずに、歌、演奏、踊りの能力をアップすることができる。練習では、3つの能力をバランスよく鍛えることも、どれかを重点的に伸ばすこともできる。さらに、資金を使い、音楽の先生のところで練習させれば、より高い効果が期待できる。
とはいえ、実力だけあっても知名度がなけば、吟遊詩人総選挙には勝てない。知名度を上げていくことも重要だ。ポスターを作成したり、歌や踊りを記録したマテリアルを販売したり、あるいは街頭でのパフォーマンスやライブを開催してエルシーを売り出していくことも考えられる。会場を借りて入場料を取れば、資金を増やすこともできるが、人気がなければ逆に損失を招くことになるだろう。
資金を潤沢にしたいということならば、音楽活動を捨てて、アルバイトをさせてお金を稼ぐ方法もある。しかしながら、街頭パフォーマンスやライブ活動は、お金を稼ぎつつ、音楽の能力も若干アップする効果があるのに、アルバイトは金を稼ぐことには特化しているが、能力に関する恩恵はなにもない。俺としては、できれば取りたくない行動だった。
「ショウさん、今日は何をしたらいいですか?」
悩んでいる俺を急かすわけではないだろうが、エルシーが問いかけてきた。
彼女のちょっと小生意気な一面が見えた気もするが、基本的には礼儀正しくとても好感が持てる。それだけに、なんとか彼女を勝たせてあげたいという気持ちが強くなる。
「エルシー、今日は1日、自室で練習をしよう。午前と午後はバランスよく、夜は踊りの練習だ」
「わかりました!」
エルシーは、俺の指示に文句一つ言わず、素直に練習を開始した。
彼女への指示は、メニューウィンドウからでも可能だが、俺は敢えて口頭で指示を出した。メニュー越しではどこか機械的で、彼女との繋がりが薄くなりそうに思えたからだ。こうしたやり方のほうが、エルシーとの絆を深められる気がする。たとえそれがゲームのシステム的には意味のないものだとしても。
「序盤は浪費を控え、地道に練習に励むのがセオリーだろうな。実力が伴わないうちに資金を使い過ぎたら、取り返しがつかなくなる。アルバイトなんて論外だ」
俺はそう自分に言い聞かせながら、エルシーの練習風景を見守った。
彼女への行動は、一日の最初に、午前・午後・夜の3つ分指示するが、次の時間帯に変わる前なら変更は可能だ。
しかし、まだ一日目。この方針を変える必要はないように思える。
俺は真剣に練習に取り組むエルシーを見守った。
しかし、ふと不埒な好奇心が顔を出し、俺は彼女のスカートの裾に目を向けてしまった。
彼女が動くたびに、短いスカートがひらひらと舞い、そのたびに白い絶対領域が目に飛び込んでくる。もっとも、見えるのは太ももまでで、下着の類は一切見えなかった。
……姿勢を低くしたら見えるのだろうか?
そんな邪念がよぎり、俺はその場でしゃがでみた。
だが、結果は同じだった。スカートや太もも、黒いニーソックスははっきりと見えるが、それだけだった。
……このまま近づけばどうなるのだろうか?
俺は身を低くしたそのままの姿勢で、彼女に近づいていった。
もちろんこれは純粋な探求心からの行動だ。決して変な気持ちがあったわけではない。
だが、ある地点まで近づいたところで、エルシーは練習を止め、俺を睨みつけた。
「ショウさん、変なことを考えてませんか?」
エルシーの鋭い言葉に、一瞬、震えが走る。俺は慌てて立ち上がると、何事もなかったかのようにその場を離れた。
エルシーは、俺の今の行動を気にした様子も見せずに、練習を再開する。
言っておくが、今のはあくまで実験だ。
青少年の育成に悪影響を及ぼすようなものが見えてしまえば、このゲームの評判を下げることに繋がりかねない。それを確認するために、俺は正義の行動を取ったに過ぎない。
決して下心があったわけではない。
……本当だよ。嘘ついてないよ。だから、クマサンやミコトさんには、どうか内緒にしてくれよな!
そんな余計な行動をしつつも、午前の練習はあっけなく終わり、午後の行動へと移っていった。
ゲーム内の時間は現実の時間よりもずっと早く進んでいくが、今回のクエスト中は時間の流れがさらに速い。
それでも、エルシーをただじっと見ているだけというのは、なんとも手持無沙汰だった。
どうやら、練習中ずっとついている必要はなく、練習をエルシーに任せ、その間、自由に動き回ることもできそうだった。
「ほかのみんなの動きを探るのもアリかもしれないな……」
そう閃いた俺は、エルシーの部屋を出て、廊下を進んでほかの仲間達の様子を窺ってみた。
だが、廊下からでは、部屋の中で何が行われているのか、そもそも中にいるのかどうかさえわからない。
「……仕方ない、外に出てみるか」
俺の足は、六姉妹の家を出て、街の中へと向かった。
街には、不思議なことにプレイヤーキャラクターの姿が一人も見当たらない。
今日はリアルでは休日だ。この新規追加された街に、プレイヤーがゼロということはまず考えられない。
……これは、もしかして専用のフィールドか?
頭の中にその仮説が浮かび上がった。インフェルノとの戦闘のように、このクエスト専用に用意された空間なのだろう。本来の共有ネットワークの街とは切り離され、形はまったく一緒だが、俺達のパーティ用に個別の街が作られているに違いない。
「そんな面倒でサーバーのリソースを使うことを、よくやるよな……」
半ば呆れながら、俺はNPCしかいない街を歩き始め――そしてすぐに気づく。
「おいおい、マジかよ……」
街中の看板や建物の壁、至るところにイングリッドの凛々しい姿が描かれたポスターが貼られているではないか。
「イングリッドを選んだってのはメイだったよな。いきなり資金を使ってこんな大規模なPRを仕掛けてくるとは……」
この大量のイングリッドのポスターを見て、わざわざこのイベント用に、街から切り離したもう一つの街が用意されている理由を理解した。全プレイヤーが共有する街で同じことをやったら、それぞれのプレイヤーが用意したポスターで街が埋め尽くされかねない。景観も損ねるし、そりゃパーティごとに街を用意する必要があると納得してしまう。
「メイの奴、普段から金がありすぎて、さては計画的に使うことに慣れてないな」
メイの行動に驚きはした。だが、街に貼られた大量のポスターを見ても、俺の心に焦りはない。
こんな序盤から知名度を上げても、実力が伴っていなければすぐに見向きもされなくなるだろう。あとで資金が尽きて、肝心な時にPRもできずにアルバイトに明け暮れるイングリッドの姿が今から目に浮かぶ。
「警戒をしていたが、どうやらメイは俺の敵ではなさそうだな」
俺は足を街にある音楽学校へと向けた。
俺は自室での練習を選んだが、序盤から金を使って音楽の先生のもとで学ぶのもありだと思っていた。金を残しつつ地道に能力を磨くのか、金を使ってでも早く能力を上げるのか、正直そこは難しい選択だった。最終的にどちらが正解だったかは、勝負がつくまでわからないだろう。
「俺が選ばなかった方の選択をした奴はいるかな?」
中に入るのを止められることもなく、学校内に入れた俺は、練習場の扉を静かに押し開ける。すると、そこには見慣れた顔があった。
ミコトさんと、そのパートナーであるカレンだ。
カレンは先生の厳しい指導の下、真剣な面持ちで歌の練習に励んでおり、俺に気づく様子もない。
一方、ミコトさんは、何もすることがなく、ただカレンを見守っていたようで、たまたま扉に隠れるようにして覗いていた俺と目が合った。
「あれ? ショウさんじゃないですか。ショウさんもここに練習させに来たんですか?」
気づかれないように偵察するつもりだったが、見つかってしまってはしょうがない。
俺は堂々と姿を現し、ミコトさんへと近づいていく。
「いや、うちのエルシーは自宅で練習中だよ。ミコトさんは、いきなりお金をかけてでもカレンを成長させようってわけか」
「はい! 時間って長いようで短いものなんです! 特に青春なんて、今のこの瞬間を大事にしないといけないと思うんです。だから、この貴重な時間、カレンには大事に使ってもらいたくて、ここに練習に来ました」
無為に青春を過ごし、ニート生活をしている俺の胸には、眩しい笑顔で語るミコトさんの言葉が、痛いほどに刺さった。
このダメージはまずい……。
「が、頑張ってくれ、ミコトさん。俺は、致命傷になる前に退散することにするよ……」
「致命傷? よくわかりませんが、ショウさんも頑張ってくださいね。エルシーさんにもよろしくお伝えください」
「ああ、それじゃあまた……」
俺は逃げるように音楽学校を後にした。
「クマサンの姿は見当たらなかったな。俺と同じように自室で練習しているのだろうか? あるいは、どこかでバイトの可能性もあるか……」
そうやってクマサンのことを考えながら、六姉妹の家へ戻る道を歩いていると、公園に子供達が何人も集まっているのを見つけた。
「何かのイベントだろうか?」
公園に入り、子供達の集団に近寄っていくと、子供達の視線を集めるウェンディと、その奥でしずかに佇んでいるクマサンの姿が見えた。
「子供達相手に何を……」
疑問に思いかけてすぐに理解する。
ウェンディの口から紡がれる一言一言が弾むような響きを持って、俺の耳を刺激してきた。
歌うようであり、語るようであり、不思議な感覚に包まれる。
ウェンディは子供達に物語を聞かせていた。だが、それは単なる語りではなく、朗読と歌とを混ぜ合わせたような独特の世界を作り上げ、子供達を魅了しているようだった。
「ウェンディは歌が得意だったな。パフォーマンスとしては、確かに良いかもしれない。だけど――」
俺はクマサンのこの行動のミスにすでに気づいていた。
ウェンディの周りにいるのは子供ばかり。吟遊詩人総選挙で投票の権利を持っているのは、13歳以上とルールに書いてあった。ここにいる子供達は見たところ、皆その年齢未満だ。
確かに、相手が子供ならシビアな評価を下す大人よりも、客としては集めやすいだろう。能力的に未熟なはずのウェンディでも、こうやって子供達を惹きつけられることも理解できる。
だが、残念ながらこの子達に投票権はない。それに、大人相手の路上パフォーマンスなら、出来によってはおひねりを期待できるが、相手が子供ではそれもかなわない。
「クマサンのことだ、子供達を楽しませたいと思ったのかもしれないが、このクエストにおいてその選択は悪手だ。……でも、クマサンのそういうところ、俺は好きだよ」
ウェンディのミュージカルのような朗読を背中で聞きながら、俺は公園を後にし、エルシーの待つ家へと向かった。