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第59話 呼び名

「全員別々の子を選んだみたいですね」


 ミコトさんがホッとしたように呟いた。彼女だけでない、俺達全員が同じ気持ちだっただろう。

 ミコトさんが選んだカレンの、真面目で一生懸命な感じは、彼女に通ずる部分がある。似た者同士ということで、彼女がカレンを選んだのは理解できる。

 クマサンが選んだウェンディに関しては、今さらながら、ウェンディが誰に似ているのか気づいた。それはクマサン――ゲーム内の獣人のクマサンではなくリアルの熊野彩さんの方――だ。実は、俺は最後までウェンディにしようかと迷っていた。だけど、クマサンが彼女を選んだのなら、それでよかったと思える。俺よりもクマサンの方が、彼女を導いていくのに応しいと思う。

 一番意外だったのは、メイがイングリッドを選んだことだった。自身のアバターを、女の子キャラにしながら、メイの容姿は地味な方だった。髪の色こそ緑色と目を引くが、髪型、顔の各パーツ、スタイル、どれも派手さのないものを選択している。その彼女がギャルっぽい派手さを持つイングリッドを選ぶとは思わなかった。ミコトさんやクマサンと違い、自分にないものを求めたのだろうか?

 まぁ、それはともかく、俺が選んだのはエルシーだった。

 何が決めてかといえば――ツンテールと黒ニーソだ。

 どっちも好きなんだから、こればっかりはしょうがない。


「……ショウさんはそういう子が好みなんですね」


 ミコトさんが誰に言うでもなく、そんなことを呟いていた。

 ここですぐに「違う」と言えないのは、それが事実だからだろうか……。

 俺は気まずくて、聞こえないフリをしてしまう。


「それじゃあ、被りもなかったし、これで決定ってことでいいよな?」


 丁度いいところでメイがそんなことを言ってくれたので、俺はミコトさんに追及される前にメイの言葉に乗ることにした。


「そうだな。それじゃあ、それぞれ選んだ子に挨拶をしよう」


 ミコトさんの視線を避けて、俺がエルシーの前に進み出ると、それに倣うように、メイ、クマサン、最後にミコトさんとそれぞれ選んだ女の子の前に立った。

 ミコトさんの視線が、俺から外れ、カレンの方に向いていることを確認し、改めてまっすぐエルシーと向かい合う。


「俺はショウ。君が『吟遊詩人総選挙』に勝てるように全力でサポートするつもりだ。これからよろしく頼む」

「はい! 私、頑張るので、よろしくお願いします!」


 エルシーは両手の握りこぶしを揺らしながら、笑顔で応えてくれた。

 うーん、可愛い!

 これは、プレイヤー達が、それぞれのキャラの熱心なファンになってもおかしくないだろう。


 横目で見れば、ほかの三人も無事に挨拶を終えたようだ。これで正式にそれぞれの担当者が成立したのだろう。それを見計らったかのように、長女のアリサが俺達の方に向きを変えて口を開く。


「みなさん、妹達をよろしくお願いします。私とオーロラは、ほかにサポートしてくださるかたに心当たりがありますので、心配しないでください。これからはライバルとしてお互い切磋琢磨し、頑張っていきましょう」


 選ばれなかった女の子達がどうなるのか気になっていたが、どうやら彼女達はコンピューターが操作するライバルとなるようだ。選ばれなかったことにショックを受けるような展開でなかったことに一安心した。ライバルとなってしまうので油断はできないが、それでも、あのキャサリンとかいう子よりは、はるかに応援できる存在だ。


 俺がそんなことを考えながら一人でうんうんと頷いていると、エルシーが俺の肩を軽くつんつんと指で突いてきた。その柔らかなタッチに、意識が彼女に引き戻される。


「ん? どうかしたの?」

「これから、私はショウさんのことを何て呼んだらいいですか?」


 エルシーに聞かれて、一瞬戸惑う。

 何て呼んだらいいって、なにこれ?

 混乱しかけたが、すぐにシステムメッセージが表示された。


  エルシーがあなたを呼ぶ「呼び名」を選んでください。

  一度選んだ「呼び名」は変更不可能となりますのでご注意ください。


 メッセージの下には、ずらりと「呼び名」の候補が並んでいた。


「『プロデューサー』、『マネージャー』、『先生』、『コーチ』、なるほど色々あるんだな。……でも、『提督』ってこれは何だ?」


 吟遊詩人として育てていくという設定に沿った呼び名が上がっているのかと思えば、明らかに関係のないものや、やたらと個性的な選択肢まで用意されていた。

 今までもNPCはこちら名前をしっかりと音声で呼んでくれてはいたが、今回のように呼んでもらえる名前を、プレイヤーが選べるというのは初めてだった。呼び名なんて総選挙の勝敗には全く関係しない要素だが、これからそれで呼んでもらえるとなると、慎重に選ばざるを得ない。


「『お兄ちゃん』なんてのもあるのか……」


 その文字を見つけた瞬間、胸が高鳴った。

 俺には妹はいない。そのせいでか、妹に「お兄ちゃん」と呼んでもらえることに憧れみたいなものがあった。これまでも、これからも、もうそんな機会は永遠に訪れないと思っていた。だが、ここで「お兄ちゃん」を選べば、血の繋がりはないし、リアルの人間でもないが、もう一つの現実とも言えるこの世界の中で、可愛い女の子に「お兄ちゃん」と呼んでもらえるのだ……。

 俺の指が伸び、「お兄ちゃん」の文字に触れそうになったところで、俺に残っていた理性の部分が最後の一押しを直前で留めた。


「……待てよ。これは一人用ゲームじゃない。俺は今、パーティでプレイしているんだった……」


 これがオフラインゲームだったら、きっと俺は「お兄ちゃん」という呼び名を選んでいただろう。だが、今の俺は、仲間と共に今回のクエストに挑んでいる。そうなれば、今後このクエストを進めていけば、三人の前でエルシーにお兄ちゃん呼びされる場面が絶対に出てくるはずだ。そんな時、そんな俺を見て、三人は一体どう思うだろうか……。

 ミコトさんの冷たい視線、メイのニヤニヤした表情、クマサンの無言の視線――それらが脳裏をよぎり、俺は「お兄ちゃん」の呼び名を選ぶことを諦めた。


 ――結局、俺が選んだのは「ショウさん」という、極めて普通の呼び名だった。


「ショウさん、これからよろしくお願いしますね。あっ、これ、『吟遊詩人総選挙』に挑むための軍資金です」


 エルシーが何かを差し出すポーズをすると、またシステムメッセージが表示された。


  クエスト用資金50万を手に入れました。

  この資金を元に、エルシーを成長させてください。

  エルシーの行動で資金を増やすことも可能です。

  なお、この資金は最終的に残ってもプレイヤーの所持金とはなりません。


 なるほど、この資金をどう使うのかも、俺達の腕の見せどころというわけだ。

 残った資金がプレイヤーの所持金にならないというのも、考えれば当然のことだ。女の子達のために資金を使わず、自分の懐を潤すプレイヤーが出ないようにするためだろう。


「ほう、ショウは呼び名を『ショウさん』にしたのか。てっきり『お兄ちゃん』とか呼ばせるのかと思っていたぞ」


 メイがこちらに顔を向けてニヤリと笑う。どうやら彼女は既にイングリッドとのやり取りを終え、俺とエルシーとのやりとりを聞いていらしい。

 まるで俺の心を見透かしたかのようなその一言に、冷たい汗が背中を伝う。


「ショウはそういう男じゃないよ」

「そうですよね。クマサンの言う通りです。ショウさんは女の子に『お兄ちゃん』なんて呼ばせて喜ぶような人じゃないですよ」


 クマサンとミコトさんの信頼に満ちた言葉を聞き、俺は密かに胸を撫で下ろした。あの瞬間、「お兄ちゃん」を選ばなくて本当に良かった……。


「それで、みんなは何て呼んでもらうようにしたんだ?」


 実は「お兄ちゃん」を選びかけていたことに気づかれる前に、話の矛先を変えようと、俺はみんなに尋ねてみた。


「私は『お姉ちゃん』にしたぞ」


 即答したのはメイだった。

 俺をあんなふうにからかっておきながら、メイは「お姉ちゃん」呼びを選んでやがった。くそっ! 女同士だと許される雰囲気があるのはなぜなんだ!


「私は友達みたいに『ミコト』って呼んでもらうようにしました」

「私は『マネージャー』にした」


 それぞれの呼び名を告白し合い、俺達の間に笑顔が広がる。

 だが、俺達はパーティの仲間ではあるが、ここからはライバルに変わる。

 ディーヴァに選ばれる女の子はたった一人。つまり、勝者は一人だけなんだ。


「ここからはそれぞれ分かれて勝負の始まりだな。あのキャサリンに勝つというのは最重要事項だけど、みんなも同じくライバルだ。みんなには悪いけど、俺はエルシーを勝たせてみせる」

「ふふ、望むところだ。もっとも、勝つのは私のイングリッドだけどな」

「私とカレンも負けませんから!」

「俺はウェンディを信じる」


 誰もが自分達の勝利を信じて疑わない顔をしていた。

 それでこそ、俺が尊敬する仲間達だ。


 こうして、俺達の戦いが幕を開けた。ディーヴァへの道は決して平坦ではない――それぞれが自分の選んだ女の子を信じ、そして競い合う。この瞬間から、友情はライバル意識へと変わり、俺達は新たな戦いへと踏み出していった。


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