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第54話 雑談 ~料理スキル~

 クマサンの言葉に、俺は少し胸を張る。


「まあね」


 動画を公開した直後、料理スキルはバグではないかと疑われ、一時は大きな論争を巻き起こした。しかし、運営からそれが「仕様」だと明言されたことで、状況は一変。プレイヤー達の間で、料理スキルは新たな戦術として注目を集めることになったのだ。


「バグじゃないってわかった途端、みんな掌を返したかのようにサブ職業を料理人に変えて、さっそく試してましたよね」

「そうだな。戦闘職だけでなく、非戦闘職のプレイヤーまで料理人を試してたな」

「非戦闘職でも、あれだけのダメージを出せるのなら、これまでの常識が覆っちゃいますからね」


 そうなのだ。二人の言うように、公式のQ&Aに料理スキルが「仕様」だと掲載されて以降、プレイヤー達は競うように料理スキルと研究と実験を始めた。料理スキルは、簡単に高火力を生み出す夢のような技に見えた。非戦闘職でもこれを駆使すれば、強敵とも渡り合えるかもしれない。戦闘職のプレイヤーにとっては、たいしてダメージを与えられず苦労しているインフェルノへの切り札になるのではないかと期待された。


 その結果、ネット上には有志達がこぞって集めたデータと分析結果が次々と公開された。中には、俺も知らなかったような情報まで詳しく記されており、その緻密な検証に思わず感心せずにはいられなかった。俺達がギルドでやっていた検証など、比べ物にならないほどの精度と情報量だったのだ。


 だが、現実はそう甘くなかった。期待に胸を膨らませていたプレイヤー達は、厳しい現実を突きつけられることになる。


「けど、実際に試してみた結果、サブ職業を料理人にしても、そんなにダメージは出せないってことがわかったんだよな」


 クマサンの言葉に、ミコトさんが頷く。


「そうなんですよね。料理スキルのダメージは、スキルレベルの影響が大きいってわかって、サブ職業じゃレベルが低すぎて、期待したほどのダメージが出せないんですってね」

「ああ。その上、通常の攻撃は、キャラクターステータスの『力』に依存するのに、料理スキルの場合は『器用度』でダメージ計算がされる。攻撃系戦闘職のプレイヤーはたいてい『力』に、レベルアップ時のボーナスポイントを振っているから、ステータスの面でもダメージが出しづらいときてる」


 二人の言葉に俺は心の中で頷く。

 結局、料理スキルを戦闘で最大限に活かすには、スキルレベルを上げるのはもちろん、ステータスもボーナスポイントをすべて「器用度」に振るという特化型の育成が求められる。

 これまで真面目に料理人としてそんな育成をしてきた人間がどれだけいるだろうか?

 でも、俺は地道に料理人としてのレベルを上げ、料理に必要な器用度をひたすら上げてきた。そんな俺だからこそ、こうして「料理人アタッカー」として認知されるに至ったのだ。


 だが、インフェルノ戦であの圧倒的なダメージを叩き出せたのは、実は俺の力だけでというわけではない


「確かにクマサンの言う通り、スキルレベルとステータスは重要だ。でも、もう一つ、料理スキルのダメージには大事な要素がある」


 俺はアイテムボックス内のとあるアイテムを実体化させ、右手に握る。


「これだよ。『メイメッサー』、この包丁がなかったら、あんなダメージは出せなかった」


 有志による検証の結果、料理スキルのダメージ計算には武器(包丁)の切れ味が重要なファクターだということだった。通常の武器では「切れ味」は主にクリティカル率に影響し、ダメージに大きく影響するのは武器の「攻撃力」の数値だった。しかし、料理スキルを使用する際には、「攻撃力」ではなく、この「切れ味」の数値がダメージ計算に直接関与しているらしい。

 とはいえ、店で売られている高級包丁の切れ味は20に過ぎず、それでは俺が動画で見せたようなダメージにはとても及ばない。そのため、ネットでは「一体どんな包丁を使っているんだ?」と騒ぎになったほどだ。


 そこで、別サーバーの有名な鍛冶師――前にミコトさんが包丁の情報を見つけてきた時の例の鍛冶師――が、レア素材で作った特殊な包丁のデータを公開した。切れ味は70と、とんでも数値だった。その包丁を使えば、俺が見せたようなダメージも出るだろうと多くのプレイヤーが納得し、騒ぎは収束した。

 だが、俺が手にしている「メイメッサー」は、同じレシピで作られていながら、その特殊包丁すら凌駕する逸品だった。メイが魂を込めて作り上げ、自ら最高傑作と称したこの包丁の切れ味は、脅威の100! 高級包丁の5倍という途方もない数値だった。もちろん、単純に5倍のダメージになるわけではないが、その差は圧倒的だ。


「ネットでは、俺のことを最強の料理人アタッカーとか呼ぶ人もいるけど、実際はこの『メイメッサー』のおかげなんだよな。こいつを握っていると、不思議とメイと一緒に戦っているみたいな気持ちになるんだ。……恥ずかしいから、メイ本人には絶対そんなこと言わないけどな」


 俺は微笑みを浮かべ、メイメッサーの刃をそっと撫でた。これは、俺にとって単なる武器ではない。戦友であり、メイの想いが込められた特別な存在だ。


「……ちょっと妬けちゃいますね」

「そうだな。メイには内緒にしておこう」


 ミコトとクマサンは、二人だけでひそひそ話をしていた。

 俺はというと、メイメッサーに見惚れていたので、二人の会話は耳に入ってこなかったが、彼女たちのことだ、陰口や悪口ではないだろうし、気にする必要もないだろう。

 そんなことより、今は伝えたいことがある。できれば、メイが来てから話そうと思っていたのだが、そろそろ我慢の限界だった。


「ところで、二人とも、動画の再生数見た?」


 俺のにやけた顔に反応したのか、ミコトさんも嬉しそうに微笑む。


「ええ! もちろんですよ!」


 一方で、クマサンは首をかしげた。


「ん? 再生数がどうかしたのか?」

「もう! クマサンは再生数、気にしてないんですか!?」

「実は、ついに10万回超えちゃったんだよ!」


 ミコトさんは関心の薄いクマサンにちょっとお怒り気味だったが、俺はそんな彼女の様子を気にせず、ニュースを披露した。

 俺達の投稿動画だが、バグ疑惑の話が広まると、再生数は落ちるどころかむしろさらに伸びていたのだ。これが、もしそのままバグ認定されていればただの炎上で終わっていたところだが、公式で仕様認定されたおかげで、結果的には動画の良い宣伝となっていた。

 人間万事塞翁が馬、いやぁ、何が良い方向に転ぶのかわからないものだ。


「もうそんなに回っていたのか」

「もう、クマサンだって当事者なんですよ!」

「……自分のプレイ動画にはそれほど関心がなくてな」

「それは私も同じですけど、それよりクマーヤですよ! 私達のクマーヤがこんなにも多くの人に見てもらえたんだと思うと、私は嬉しくてたまらないです」


 ミコトさんは拳をぎゅっと握りしめ、クマサンに熱弁を振るっていた。

 その気持ちは、俺にもよくわかる。

 あのインフェルノ討伐というインパクトのある動画内容にもかかわらず、寄せられるコメントは、今やゲームの話題よりも「クマーヤ」に関するものの方が多いくらいだ。しかも、その人気は、俺達の動画の枠を超え、まだその数は多くないものの、ファンアートや二次創作にまで広がりを見せていた。


「そういえば、この前イラスト投稿サイトで、クマーヤのファンアートを見かけたんだ。俺の知らないうちによくぞここまで成長したものだと、感激して震えが走ったよ」

「え、本当ですか!? どこのサイトか教えてもらえます? 私も見たいです!」


 ミコトさんは身を乗り出して目を輝かせた。クマーヤのデザイン担当である彼女にとって、自分が生み出したキャラクターがほかの人に描かれるのは特別な喜びなのだろう。その表情はまるで、自分の子供が褒められたときの母親を思わせる。


「了解。メールでURLを送っておくよ」

「はい、お願いします!」


 その嬉しそうな様子を見て、俺も心が温かくなる。

 ミコトさんにとって、クマーヤはただのキャラクターではなく、自分が命を吹き込んだ子供のような存在なのだ。もしミコトさんがクマーヤの母親なら、俺は……父親か? いや、声を担当しているクマサンが父親だろう? だとすれば、加工しているだけの俺は育ての親? いや、下手をするとただのベビーシッターかもしれなぞ……。

 この話は親権問題に発展するかもしれないから、これ以上考えるのはやめておこう。


「そういえば、動画のコメントには、次の動画を期待するものも多かったですけど、ショウさん、次のアイデアはあるんですか?」


 うっ。ミコトさんに痛いところを突かれてしまった。

 実際、あの動画には、そういった声も多く寄せられている。動画投稿には頻度も重要だから、この勢いを保ったまま次の動画を出さなければ、せっかくのクマーヤ人気が尻すぼみになりかねない。

 だけど、正直、インフェルノ討伐を超えるインパクトのある企画なんて、そう簡単に思いつくものではない。中には、クマーヤの生配信を希望する声もあったりしたが、さすがに見にきてくれる人がいるとは思えない……。いや、今ならそれなりにいるか? いや、でも、生配信なんて、何を喋るんだ?

 俺がそうやって悩んでいると――


「どうしたんだ、ショウ? 包丁を握ってそんな困った顔をして。もしかして、ギルドメンバーと一緒に心中をはかろうっていうのか? 悪いが、私は遠慮しておくから、やるなら三人だけでやってくれよな」


 不意に聞こえた声に、ハッとして振り向くと、そこにはメイが立っていた。

 個室への入室設定は、入ったときにギルドメンバー可にしてあるので、メイは問題なく入ってこられたのだ。


「あっ、メイさん! もう、来るのが遅いですよー」

「すまないな。ちょっとリアルで野暮用があってな」


 メイは頭を掻きながら軽く頭を下げた。

 別に集合時間の約束をしていたわけでもないので、謝る必要なんてないのだが、メイは意外と律儀なのだ。


「三人でクマーヤの動画の話をしていたんだ。再生数が10万超えたとか、ファンアートが投稿されてたとか、次の動画どうするかとか」

「10万回を超えたのは、私も見たよ。ここまで伸びるとは思ってなかったから、正直驚いている。でも、動画のことも大事だが、ゲームのことをもっと楽しまないか? せっかくアップデートされたのに、バグ騒動でそれどころじゃなかっただろう?」


 確かにメイの言う通りだった。

 アップデートの目玉であるドラゴン討伐は真っ先に試したものの、その後は騒動の影響で新しい要素をほとんど楽しんでいなかった。次の動画を考えるのも大事だが、ゲームそのものを楽しむのはもっと重要なことだ。


「……確かにメイの言う通りだな。俺につき合わせて、みんなも新要素に全然触れられてないももんな」

「それは気にしていませんけど……でも、ゲームを楽しみたいっていうのはありますね」

「俺も賛成だ」

「よしよし、みんな素直でよろしい。では、私から一つ提案がある。今回のアップデートで追加された『パーティ競争型クエスト』ってのをやってみないか?」


 メイは満足そう頷きながら、新たしいクエストの提案をしてきたが、彼女のいう「パーティ競争型クエスト」というのは、聞いたことのないものだった。

 俺とクマサンとミコトさんは、思わず顔を見合わせた。


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