料理スキルのバグ騒動が落ち着き、俺達はギルドの拠点である三つ星食堂(ギルド名ではなく店の方)へメインの活動場所を戻していた。
今日も、店の一角に新設した個室スペースに集まっている。まだメイは来ていないため、今ここにいるのは俺とクマサン、そしてミコトさんという古参のメンバーだけだ。
実は、余計な混乱をもたらしたあのバグ騒ぎだが、実はマイナス面だけでなく、プラスの効果もあったんだ。
その一つが、俺の名が知られるようになり、この店を利用してくれるプレイヤーの数が増えたこと。以前なら、店の食堂のテーブルでギルドメンバーと話していても、客なんて滅多に来ないから周りを気にする必要もなかったが、今だと人がいない方が珍しくなり、内輪話をするのも難しくなってしまった。そのため、急遽この個室スペースを設けることにしたのだ。ここに入れば、外には声も漏れず、内緒話も心置きなくできるのだから、便利この上ない。
設置費用はかかったが、インフェルノ討伐で思った以上の報酬を得たので、資金面の心配はない。
「まさかショウさんの店に、個室ができるとは思っていませんでした」
「確かに」
……おい。二人ともなにげにひどいこと言ってないか? 嫌味とかじゃなく、笑顔で悪気なく言っている様子なのが、余計に心にくるぞ。
「でも、ショウさんまで個室に入っていていいんですか? キッチンに誰もいなくなってますけど?」
「それは大丈夫。カウンターに行けば、店主不在でも作り置きしてある料理を勝手に買えるようになってるから」
いちいち注文を受けてから料理を作るしかできないシステムなら、俺はこの店に縛りつけられることになる。だから、店主不在でも商品を売れるシステムがあるのは当然のことなのだが、生産職じゃない人は意外と知らないことなのかな?
「そうなんですね。私はいつもショウさんに目の前で作ってもらってましたので、気づきませんでした」
ミコトさんの言葉を聞いて、ふと昔を思い出す。ギルド結成前の暇だった頃は、店に張り付いて客が来るたびに料理を振舞っていた。
今となってはそれも懐かしい記憶だが、もしミコトさんが俺のいない時に店に来ていれば、作り置きの料理が買えることはわかっていたはずだ。
もしかして、俺が店にいないとわかると、そのまま帰ってしまっていたのだろうか?
いやいや、まさか。
それじゃあまるで、料理が目的じゃなく、俺に会うのが目的みたいじゃないか。きっと、ミコトさんが来店するタイミングと、俺が店にいるタイミングとが重なっていただけだろう。
「俺は作り置きじゃなくて、ショウが目の前で作ってくれた料理がいい」
「はいはい。クマサンの料理はちゃんとその場で作るから心配しなくていいよ」
クマサンが俺のハンバーグに特別な思い入れを持っているのは知っている。俺としても、クマサンが相手なら、目の前で作りたいし、目の前で食べてほしい。
「……私だって」
ふと、隣でミコトさんが小さな声で何か呟いたのが聞こえた。
「ん? ミコトさん、今、何か言った?」
「……なんでもないです」
ミコトさんはプイと横を向いてしまった。頬を膨らませたその姿は、少し拗ねたように見える。彼女のこんな表情は珍しい。どうやら、俺は知らない間に彼女の機嫌を損ねてしまったらしい。
……ふむ? この短い間に一体何があったのだろうか?
理由はわからないが、ここはご機嫌をとっておくべきだろう。
「そういえば、ミコトさんはヒーラーとして、クマサンはタンクとして、評価が鰻登りだよね。ギルドマスターとして、俺も鼻が高いよ」
動画を公開した時から、メンバーそれぞれのプレイに対する評価のコメントが寄せられていたが、最近になってさらにその評価が上がっているのだ。
それというのも、ネット上でインフェルノに関する情報が広まる中、その討伐がいかに困難であるかが多くのプレイヤーに知られてきたからだ。攻略情報を参考にしても、挑戦者達は返り討ちにあってばかりいるらしい。
料理スキルを使っていた俺は、そのことに気づいていなかったが、インフェルノの防御力はかなり高く、最大の弱点である頭部を狙わないと大きなダメージを与えることは難しい。さらに、魔法防御力も高く、最も有効な属性である氷の魔法攻撃で攻めても、魔法は部位の判定が行われないため、そこまで有効ダメージにならない。
ちなみに、俺達が前に倒した「猛き猪」は、インフェルノ以上の防御力を見せていたが、あいつの場合、魔法抵抗力が低いので、大人数で魔法攻撃を仕掛けたり、デバフを重ねて防御力を下げたりするという攻略法が存在していた。しかし、インフェルノにはそれが通じない。デバフも効きにくく、効いても効果が薄いため、そういった攻略法も通用しないらしい。
さらに、インフェルノは残りの体力が少なくなった時だけでなく、戦闘が一定時間を超えると、あの各種ブレスを吐きまくる地獄モードに突入することがわかってきた。そのため、長期戦で地道に削っていくという方法も取れないらしい。
……そういった情報を見るたびに、よく勝てたものだと今更ながらに思う。
ちなみに、現在、最も効果的とされる戦術は、狩人やレンジャー、スナイパーなどの遠距離物理攻撃が得意な職業のプレイヤーを4人揃え、全員がサブ職業を回復職にするというものだ。
これにより、4人それぞれが離れた位置から頭部を狙い、一人にターゲットを絞らせず、それぞれのプレイヤーの間を行ったり来たりさせることで、相手の攻撃を受けずにこちらの攻撃をし続けることができる。タンクやヒーラーを入れる代わりに、アタッカーを4人揃えるので火力面でも申し分ない。万一ダメージを受けた場合は、全員で回復し合ってフォローする。
ただし、この方法は、全員が頭部を狙えるだけの極めて高いプレイヤースキルが求められる。なにしろ、タンクを置かないため、インフェルノがずっとダメージを与えたプレイヤーめがけて動きまくるため、頭部に狙いを定めるのが非常に難しい。
そのため、理論上は最適解とされるこの戦術も、実行できるプレイヤーはほんの一握りに限られているのが現状だ。
なお、この問題点を解決するため、次善の策として考えられたのが、タンク、ヒーラー、遠距離物理アタッカー×2という組み合わせだ。こちらの場合、タンクによってインフェルノの動きが固定されるため、頭部を狙う難易度がだいぶ下がる。ただし、アタッカーの数が半分に減るため、与えるダメージが少なくなり、戦闘時間が長引くという問題が発生する。さらに、ダメージがアタッカー二人に集中するため、タンクがヘイトを維持できず、アタッカーが標的になって壊滅する危険性が常につきまとう。
また、遠距離物理アタッカー4人の代わりに、魔法アタッカーを4人揃える戦術も有効とされている。魔法攻撃ならば部位判定がないため、頭部を狙うプレイヤースキルは必要ない。しかし、その分ダメージが物理アタッカーに比べて低く、戦闘が長期化するリスクがある。その上、魔法アタッカーは防御力が低く、万一インフェルノの攻撃を受けると、致命傷になりかねない。さらに、物理アタッカーの場合、戦士のような普段近接アタッカーも武器を持ち替えることで遠距離アタッカーになれるが、魔法アタッカーはメイン職業が攻撃系魔法職しか務められない。サブ職業を攻撃系魔法職にしても火力が不足するのだ。そのため、魔法アタッカーを4人揃えることが難しい上、そもそもそれ以外の職業のプレイヤーではこの戦術は取れない。メイのように、大金をつぎ込んで魔法スクロールを用意すれば、魔法アタッカーの代替も可能だが、そんな金を惜しまないプレイができるプレイヤーは稀だ。それに、万一攻略に失敗すれば、使ったアイテムは無駄に消えるだけ。確実に勝てるのならまだしも、負ける可能性が高い現状でそんなプレイができる者はまずいない。
そんなわけで、ネットに上がっているインフェルノ攻略動画は、そのほとんどが今上げた3つのパーティのどれかだった。
それゆえ、俺達のように職業構成がイレギュラーではあるが、近距離物理アタッカーを入れたある意味正攻法とも言える攻略動画は、バグ疑惑が晴れた今、ますます高く評価されている。
しかも、俺達はインフェルノの情報がまだない初見の状態で挑み、サーバー内で一番最初にインフェルノを倒し「1stドラゴンスレイヤー」の称号を手にしている。インフェルノの攻略動画はほかにもあるが、これを成し遂げているのは俺達だけだ。それがどれほどの偉業であったか、今になって理解が深まっている。
「インフェルノの攻撃力は桁違いで、タンクがターゲットを取り続けられないって言われているのに、クマサンはずっと固定し続けてた。他のプレイヤーからも『あんなタンクはほかにいない』って絶賛されてるよ」
「……ミコトがしっかり回復してくれたおかげだ」
「ミコトさんも、回復のヘイトでインフェルノターゲットを取ってしまって戦線が崩壊するって話がいくつも挙がっているのに、クマサンを死なせることも自分にターゲット向かわせることもなく、支え続けてくれた。神ヒーラーって言われてるよ」
「……それはクマサンがしっかりヘイトを稼いでターゲットを取り続けてくれたからですよ」
二人は互いの功績を静かに讃え合い、自らの手柄を誇示することはしなかった。そんな二人の奥ゆかしくて仲間想いなところが、俺はとっても好きだ。
「二人とも、パーティの誘いが益々増えてるんじゃない?」
「……ええ。特にインフェルノ討伐へのお誘いは多いですね」
「俺もだ。こんなに誘いがくるのは初めてだ」
二人が信頼に値するタンクとヒーラーであることは、今回の動画を通して証明された。アタッカー4人構成ではタンクもヒーラーも不要だが、アタッカー2人構成で挑むのなら、これほど信頼できる味方はいないと、自信を持って断言できる。
でも、二人がそうやってほかのパーティのお手伝いに行くようになると、寂しくなってしまうだろうなぁ。
そんな俺の思いを察知したのか、安心させるような顔でミコトさんが俺を見てきた。
「まあ、今は全部お誘いは断ってますけどね。このギルドで行動したいですから」
「俺も断っている。俺はこのギルドのタンクだからな」
ミコトさん……、クマサン……。
俺を泣かせようとしているのか?
二人の言葉に胸が温かくなった。
「でも、評価し直されているのは私達だけじゃないですよ。メイさんだって、本業とは違うところで有名になってますからね」
そうなのだ。アイテムを惜しみなく使うその金持ちプレイで視聴者をあっと言わせていたメイだが、その経済力や鍛冶師の腕とはまた違った形で脚光を浴びていた。
それは、あの尻尾攻撃――テイルスマッシュの予備動作を見切ったことだ。
インフェルノ戦において、近接アタッカーが不遇な立場にあるは、頭部を狙えないことと、もう一つ、このテイルスマッシュの厄介さに起因している。大ダメージの上、食らうたびに強制ダウン時間が伸びていく。近接殺しとも言えるその性能のせいで、インフェルノ戦で近接アタッカーが歓迎されない部分は大きい。
しかし、メイは戦闘の中でその予備動作を発見し、俺に的確に伝えてくれた。インフェルノの目の動きから尻尾攻撃の予備動作を見抜いた最初の人物として、今やメイの名は多くのプレイヤーの間で知れ渡っている。
もっとも、予備動作を知っていても、戦闘の最中にそれを確実に見極めるのは困難なようで、「戦闘しながらインフェルノの目の動きなんて細かいところまで見ていられない」という声が多数上がっている。
しかし、そうなると、インフェルノの予備動作である目の動きに気づいて以降、一度もそれを見逃さず、俺に伝えてくれたメイって、とてつもないことをやってのけたことになる。
俺の仲間は本当に凄い。
「けど、それを言うならショウだって、すっかり有名人じゃないか。料理スキルがバグじゃないことがわかって、アタッカーとしての料理人ショウがちゃんと評価されてきたからな」
クマサンが、なぜか自分が褒められた時よりも嬉しそうな顔で俺に笑いかけてきた。
そう。実は、この前までバグ利用者として叩かれるんじゃないかと怯えていたのに、今や俺もアタッカーとして注目の存在になっていたりするのだ。