「みんな、ありがとう……。動画を見た人達が俺の料理スキルをバグだとか言ってたから、てっきり……」
みんなの優しさに触れ、胸の奥に溜まっていた不安を吐露すると、クマサンとミコトさんはきっぱりと首を振った。
「あれはバグじゃない。スキルが発動する相手としない相手が明確に分かれていた。あれは、意図して設定されていたものだ」
「そうですよ! バグだったら発動条件がもっと曖昧だったり、同じ敵でも使えたり使えなかったりとか、そういういい加減さがあるはずです! あんなにしっかり検証したんですから、バグなわけないですよ!」
スキル検証に何度も付き合ってくれた二人は、バグだとは微塵も思っていないようだった。自分のスキルを信じ切れなかったことが、恥ずかしく思えてくるほどだ。
「たとえバグだったとしても、そんなのどうでもいいじゃないか。料理スキルがなくてもショウはショウだろ?」
メイが軽やかに笑いながら言った。彼女は俺達が料理スキルを検証していた時、まだギルドに加入していなかった。そういう意味では、彼女にはクマサン達ほどの確信はないのだろう。だけど、メイのスタンスは、それはそれで心にくるものがある。たとえ料理スキルが使えなくなっても、俺との付き合いはかわらない――彼女はそう言ってくれているのだ。
「……ありがとな。バグ騒ぎになったのは想定外だったけど……でも、動画をアップしてよかったよ。みんなのこともっと好きになれた」
素直な気持ちを口にすると、ミコトさんは顔を赤らめ、恥ずかしそうに目を逸らした。クマサンもメイも、どこか照れたような表情を浮かべている。
気恥しさが伝染したのか、思わず俺も頬が熱くなった。
「もう、何を言ってるんですか……」
ミコトさんが小さく呟く。その表情があまりに愛らしく、頬の熱は顔中が広がっていった。
照れくさくなってきた俺は、話を動画へと戻す。
「動画のおかげで、みんなの格好良いところ、たくさんの人に知ってもらえたのもよかったよ」
俺の言葉にミコトさんが大きく頷いた。
「そうですね。クマサンが優秀なタンクだって評判になってますよ」
「ミコトだってそうだろ。ヒーラーとしてべた褒めだったぞ」
クマサンがやや照れくさそうにミコトさんに言い返す。寡黙な獣人というキャラクターがどうも万人受けしないようで、クマサンはその実力のわりにイマイチ周りから評価されず、パーティへのお誘いも少なかった。しかし、動画で正しく実力が伝わってようで、俺も嬉しい限りだ。
また、ミコトさんは元々人気のある人だけど、その外見や性格に注目されることが多く、肝心のプレイヤーとしての実力が見逃されているように感じていた。でも、これからはその腕前も正当に認められ、益々人気が高まることだろう。
照れくさそうに互いを褒め合う二人の姿を見ていると、自然と笑みが浮かんでくる。
そんな中、メイがくすくすと笑いながら口を挟んだ。
「ミコトの場合、変なファンがつきそうだけどな。ストーカーには気をつけろよ」
「そういうメイさんだって、『思い切りなじられたい』ってコメントがたくさんありましたよ。そっち系のコメントは、私より多かったんじゃないですか?」
「うげっ……マジかよ……」
ミコトさんからの鋭い反撃に、メイは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。
その様子に、俺は思わず吹き出してしまう。
そうか……俺が見逃していただけで、メイへのそういうコメントもあったのか。ミコトさんに敬語で罵られたい人と、メイにきつくなじられたい人、この二つは似ているようできっと相容れない。きっとその筋では、両者で人気を競い合っているのだろう。
その手の趣味のない俺にはよくわからないが……。
「ゲーム内容だけじゃなくてクマーヤへのコメントもたくさんもらえて、俺は嬉しかったよ。ミコトさんが描いてくれたクマーヤの可愛さを、たくさんに人に知ってもらえたんだから」
料理動画でもクマーヤを褒めてくれる声はあったけど、そもそも再生数が少なすぎてほとんど人目につかないままだった。それをずっと申し訳なく思っていただけに、クマーヤの存在を多くの人に知ってもらえたことに、俺はほっとしていた。
「ありがとうございます! あんなに可愛く動くクマーヤを見て、私も感動しました! でも、それもクマサンの声があったからこそです。声がクマサンじゃなかったら、クマーヤはあそこまで印象に残らなかったと思います」
「確かに、あの声はよかったな。あの声がリアルのクマサンの声なんだろ? 普段クマキャラで渋い声にしているのがもったいくらいだ。前に声優やってた熊野彩っていただろ? あの声に似ていて、私はすごく好きだな」
メイが感慨深そうに言った瞬間、俺だけじゃなく、ミコトさんもクマサンもハッとしたような顔で一斉に彼女を見つめた。
……そういえば、メイには、クマサンが実は女性だということは話してあるが、熊野彩だということはまだ伝えていないんだった。
とはいえ、それを話すかどうかはクマサン自身が決めることだ。彼女の秘密を、俺達が勝手に明かしていいわけがない。
どうするのかと思って横目でクマサンを窺うと――
「……熊野彩本人なんだ」
恥ずかしそうにクマサンは真実を告白した。
だが、その真実を告げられたメイは、どうもよくわかっていなさそうな顔を浮かべている。
「ん? 何がだ?」
「……だから、私が熊野彩……本人です」
告白している本人も緊張しているのか、言葉が敬語になっていた。
「はぁ!? マジか!?」
メイは驚きのあまり大きな声を上げたが、その表情には、信じられないという気持ちと、信じたいという期待が入り混じっていた。
それも無理はない。現実世界で名を馳せた声優と、こんな形で出会うなんて、普通は思ってもいない。
だが、過去にオンラインゲームでは、某アイドルグループの中で誰が一番好きかとゲームの中で聞かれ、素直に答えたところ、私がその子だと言われ、事実本当にそのアイドル本人だったという嘘みたいなことも起こっている。
中学生が妄想のようにも思えるが、オンラインゲームにおけるこんな出会いはファンタジーではないのだ。
「メイ、嘘のようだけど、本当のことなんだ。俺は実際に会ってるし」
「会ってるのかよ!? ――っていうか、ショウは知ってたのかよ!? ……ミコトは?」
「すみません、私も知ってました。まだ会ったことはないですけど」
ミコトさんが申し訳なさげにペコリと頭を下げた。
「ちぇっ。知らなかったのは私だけかよ。まぁ、どうせ私は所詮ギルドに後入りしたメンバーだしな」
メイは子供のように拗ねた顔をして肩をすくめた。メイのキャラ自体は童顔なのに、こういう子供じみた顔や態度は滅多に見せない。それだけに、演技ではなく本心から拗ねているのかもしれない。
「いや、俺やミコトさんも、クマサンの正体を知ったのは偶然みたいなもんなんだよ。クマサンから直接話されたわけじゃない。……だから、そういう意味では、クマサンが自分の意思で伝えたのは、メイが初めてなんじゃないかな」
そう言ってクマサンに視線を向けると、クマサンはコクリと頷いた。
「ゲームの中で自分から熊野彩だって告白したのは、メイが初めて。……メイなら、伝えても大丈夫だって、心から思えたから」
クマサンの言葉は、まっすぐな気持ちを映し出していた。拗ねていたメイの顔が、照れたように赤くなっていく。
「……いや、別に一人だけ知らなかったからって、拗ねてるわけじゃないし。ただ、ちょっとびっくりしただけだし」
自分から「拗ねてるわけじゃない」と言い出す時点で、拗ねていたことを認めているようなものだったが、せっかく機嫌を直したメイの心を再び逆撫でしてしまうのも馬鹿らしい。だから、俺はただ微笑んで、何も言わずにおくことにした。
これでクマサン=熊野彩という秘密は、このギルドではみんなが知っている事実となった。
メイへの秘密がなくなりすっきりしたのか、クマサンは嬉しそうにメイとの話を続ける。
「メイの曲も凄くよかった。あの曲、好きだ」
「私もです! 曲をダウンロードしたいから曲名教えてってコメントもありましたよね」
そうなのだ。動画のコメントの中には、メイの曲を褒めるものもたくさんあった。
褒められることになれていないのか、クマサンやメイの言葉に、メイはどこか居心地悪そうな表情を浮かべている。だけど、その目が嬉しそうに笑っているのを俺は見逃さなかった。
自分の作ったものを褒められて、気分がよくならないクリエイターなんていないのだ。
その後も、ミコトさんが提案していた素材集めの計画はそっちのけで、俺達は動画について語り合い、結局、この日は鍛冶場から一歩も出ることなくログアウトの時間を迎えた。
翌日からは予定通り、4人で素材の採集や素材を落とすモンスター討伐に繰り出した。アップデータで新イベントに人が流れていることもあり、ほかのプレイヤーにはほとんど遭遇することなく、ギルドメンバーだけの特別な時間をたっぷり楽しむことができた。
経験値は微々たるものだったが、笑い声が絶えず、素材は山ほど手に入ったし、ギルドの絆も一層深まっていくのを肌で感じた。
そして、俺の頭を悩ませたバグ疑惑についてだが――それは思いのほかあっさりと片付いてしまった。
しばらくして、運営のQ&Aにひっそりと、こんな内容が追加されたのだ。
Q.料理スキルが戦闘中に使えることがありますが、これは不具合ですか?
A.いいえ。仕様です。
運営としては、公式リリースとしてバグか使用か発表するほどでもない、想定通りの機能だったということだ。
このことが広まると、ネット上でもゲーム内でも、あの騒ぎが嘘のように収まってしまった。
結局、俺達の騒動はただの取り越し苦労だったというわけだ。
最初にバグだとか言い出した奴、出てきやがれ!
文句の一つでも言ってやりたいとこだよ!