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第51話 騒動の後のログイン

 不安な気持ちを抱えながら、俺はヘッドデスプレイを装着し、アナザーワールド・オンラインにログインした。

 不正なバグ利用と見なされていれば、アカウント停止でログインできなかったり、ログイン時に警告が表示されたりするだろうと覚悟していたが、何の障害もなく、いつも通り無事ログインを果たし、目の前には前回ログアウトした北の砦の風景が広がった。


「昨日動画上げたばかりなんだし、さすがにそこまで運営の対応が早いわけないか」


 ひとまずログインできたことに安堵したものの、ログインイコール料理スキル問題が解決したわけじゃないと気づき、再び気持ちが沈む。


「……とりあえず、自分の店に戻るとするか」


 もし料理スキルが修正され、アタッカーとして働けなくなるなら、俺の生きる道は、料理を作ることしかない。料理人だから当たり前だといえばそれまでなのだが……。そう考えると、俺がアタッカーをやっていたあの時間は、夢のようなものだったのかもしれない。


「……いい夢を見させてもらったぜ」


 などと一人で哀愁を込めて呟いていると、ミコトさんからボイスチャットの申請が飛び込んできた。

 昨日話したばかりなのに、どこか懐かしさを覚えながら、俺は申請の許可をする。


『ショウさん、今どこにいますか?』


 こちらから何か言う前にミコトさんの慌てたような声が耳に響く。


「北の砦だよ。今ログインしたばかりで、これから王都の店に戻ろうと思ってる」

『王都はダメです!』

「ダメって?」

『ショウさんの店の周り、凄い数の人が集まっていて、今戻ったら大変なことになると思います』

「それって……」

『はい、インフェルノ戦の動画の影響です。1stドラゴンスレイヤーの称号や、ショウさんのスキルのことが話題になっていて……私達、特にショウさんは注目されてますので……』


 ミコトさんも動画が騒ぎになっていることを知っているようだった。前の料理動画がほとんど見向きもされなかったから、今回の動画がここまで大事になるとは予想していなかった。それだけに、仲間達に迷惑をかけてしまったのではないかと、罪悪感に苛まれる。


「……ごめん」

『いえ、ショウさんが謝るようなことではありませんよ。むしろ、あんな戦いができたことに感謝してます。それより、今はひとまず人目につかない場所に集まろうということで、前にメイさんの鍛冶師クエストで訪れたイオニア村の鍛冶場に集合しています。メイさんもここにいて、クマサンにもこっちに向かってもらってます。ショウさんも、こっちに来てもらえますか?』


 イオニア村は、その立地からして「ついでに寄る」という言葉とは縁遠い、辺境の地に位置している。狩りを行うための拠点としても適しておらず、プレイヤーが集まる目的も特にない場所だ。鍛冶師クエスト以外にもいくつかこの村で発生するイベントはあるが、その数は決して多くはなく、集まるプレイヤーの数でいえばワーストを争うような町や村だ。しかも、その村の鍛冶場なら、鍛冶師クエスト以外ではまず立ち寄ることもない。隠れて集まるとしたら、これほどベストな場所はないかもしれない。


「わかった。俺もすぐに向かうよ」

『はい、待ってますね』


 ボイスチャットを終え、俺は深く息をはいた。緊張で強張った肩が、少しだけ重さを増した気がする。

 ミコトさんがギルドメンバーを集めているということは、今後のギルドについて話し合うということだろう。バグの疑惑が晴れるまで、ギルドを活動停止にする可能性もある。……いや、それで済めば良い方かもしれない。最悪の場合、ギルドそのものを解散する話が出てくるかもしれないし、俺だけ抜けてくれと言われる可能性だってあり得る。

 そんな暗澹たる思いを胸に抱えながら、北の砦の宿泊所を出ると、プレイヤーの姿を認めて咄嗟に柱の陰に身を隠した。

 前はイオニア村に負けないくらい過疎っている場所だったこの北の砦だが、今はインフェルノ討伐クエストの中心地であり、竜退治に挑もうとするパーティが集まってきている。

 俺はスキルのバグ問題に加え、「1stドラゴンスレイヤー」の肩書を持つ存在だ。もしもこれからインフェルノと戦うとしている彼らに見つかれば、余計な騒ぎになるのは目に見えている。こんなところで見つかるわけにはいかなかった。


「ログアウトした時はヒーローになった気分だったのに、ログインして犯罪者の気持ちを味わうことになるとは思わなかったよ」


 苦笑混じりにそんな愚痴をこぼしながら、俺は人目を避けるように砦の影を縫って移動し、ひっそりと砦の外へ出た。

 そして、できるだけほかのプレイヤーと遭遇しないルートを選びながら、辺境の村イオニアを目指した。




 俺がイオニア村の鍛冶場についた時、そこには既に三人の姿があった。クマサンも到着していて、俺が最後だった。

 すでに揃っている3人を前に、俺は頭を下げる。


「……ごめん」

「大丈夫ですよ。クマサンもさっき来られたばかりですから」


 俺としては、一連の騒動について迷惑をかけたことへの謝罪のつもりだったが、ミコトさんは俺が遅れてきたことに対する謝意と受け取ったようだ。

 それ勘違いをただそうかとも思ったが、彼女の朗らかな微笑みを見ると、その気が失せてしまう。


「私達、すっかり有名人になってしまいましたね。フレンドからメッセージが山のように届いて、ちょっと困惑しちゃいました。一緒にドラゴンのクエストに来てって誘いもたくさんあって……。とりあえず受信拒否状態したので、今は落ち着いてますけどね」


 ミコトさんならフレンドの数は相当なものだろう。しかも、あのプレイを見れば、彼女を誘いたいと誰でも思うはずだ。ミコトさんはすでにインフェルノと戦う「聖域の赤焔竜」クエストをクリアしているため、彼女自身がクエストを受注することはできないが、未クリアのプレイヤーのパーティメンバーとしてなら、何度でも戦える。クリア報酬は一度きりだが、インフェルノを倒す経験値は当然入るし、ドロップアイテムへのロット権もある。クリアしたプレイヤーでも、再びインフェルノと戦うメリットはある。

 そういえば、俺はチャットメッセージを受信拒否にまだしていなかったなと思い、メッセージを確認したら片手で数えられるほどしか届いていなかった。バグを指摘する誹謗中傷メッセージはなかったが、一緒に戦ってほしいというお誘いもなかった。

 ……どうやら、俺は受信拒否設定する必要はなさそうだ。

 それにしても、困ったことになっているはずのミコトさんの表情は、どこか嬉しそうに見える。

 ……いやいや、そんなわけないよな。きっと俺の気のせいだろう。


「私は元から有名人だから、いまさら騒がれたところでたいして変わらないけどな。ただ、『1stドラゴンスレイヤー』の称号見たさに、店に押しかけてくる奴らが鬱陶しくて、ここに避難してきただけだ」


 ミコトの隣でメイが肩をすくめていた。

 そんなメイにミコトが尋ねる。


「メイさんにもパーティへのお誘いはありませんでしたか?」


 巫女のミコトさんと違い、メイは鍛冶師だ。俺と同じで戦闘職ではない。彼女も俺と同じでそんな誘いなんてくるわけないよな、と思っていたのだが――


「私にもあったよ。『アイテム代全部そっちがもちなら行ってやる』って返したら、それ以降ピタリとなくなったけどな」


 メイはおかしそうに笑っていた。

 でも、メイにも誘いはあったんだ……。

 くそっ! メイは俺と同じ側だと思ってたのに!


 クマサンはどうだったのだろうかとチラリと視線を向けると、俺の意図を察したのか、少し申し訳なさそうに口を開く。


「俺の方にも誘いは結構きている」


 ……人気がないのは俺だけだった。

 人間性の問題ではなく、きっとバグ問題のせいだと自分に言い聞かせる。

 だいたい、今はそんなことよりもっと大事なことがあった。


「ミコトさん、それより、俺達をここに呼び集めた件だけど……」


 俺は自らそのことについて切り出した。

 きっとミコトさんからは言いづらいだろう。現時点では俺がギルドマスターだ。ならば、たとえ俺をギルドから追い出す話し合いだとしても、マスターの責任として自分から言い出すのが筋だろう。

 俺は真剣な眼差しをミコトさんへと向けた。


「はい、そのことですけど、私達の拠点の三つ星食堂が、今は野次馬で溢れてますので、落ち着くまでここを中心に活動しませんか? ここは効率のいい狩場からは遠くてレベル上げには向きませんが、珍しい素材を集めるには悪くない場所なんです。新規追加のクエストができないのは残念ですけど、じろじろ見られるのってあんまり気持ちよくないですし、どうでしょうか?」


 その提案を聞いた瞬間、俺はしばし言葉を失った。てっきりもっと深刻な話だと身構えていたのだが、予想外の内容に肩の力が抜ける。


「……ミコトさんがみんなを集めたのって、そういう話をするためだったの?」

「はい、そうですよ?」

「ギルドの活動停止とか、解散とか、俺の追放とか、そういう話じゃないの?」


 自分でも何を言っているのかわからなくなってきたが、胸の中の不安を吐き出さずにはいられなかった。

 だが俺の言葉にミコトさんは目を見開き、怒ったような顔する。


「はあ!? なんですか、それ!? ショウさんは解散したいんですか!?」

「いや、したくないよ!」

「ですよね。……もう、びっくりするようなことを言わないでくださいよ!」


 ミコトさんはどうやら本当に俺が想定していたような話をする気など全くなかったようだ。

 クマサンとメイの方にも視線を向けたが、「何を言っているんだ?」と言いたげな顔をしている。


 ……そうだった。この三人はそういう連中だった。

 そんなことは一番俺がわかってたはずなのに……。


 俺の心の中で、強くみんなに誓う。どんな困難が訪れようと、みんなのことを信じ続けると。


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